ホーム>コラム
  • ホーム
  • 活動案内
  • コラム
  • 機関誌
  • 代表紹介
  • 法人概要
  • お問い合わせ

コラム

古事記は科学に立脚した世界最高の哲学書

kojiki001.jpg

kojiki002.jpgkijiki003.jpg

会社経営者、社員研修のすすめ

「5対95則」をベースにした

「こんな会社っていいね」研修のお知らせ

詳しくは活動案内をご覧ください。

第2回「ビジネス人間学」講座のご案内

樫野紀元による「ビジネス人間学講座」

ningengaku2.JPG 第2回ビジネス人間学講座のご案内です。

人によって違いますが、心の癖とでも言うものを持っています。私達は意識無意識の中で様々な判断と選択を繰り返しながら、日々生活を送っています。

 特にビジネスシーンにおいては、この判断と選択が成果、評価、報酬など様々な有形無形に反映され来ます。原因があり結果があります。

 また、原因と結果だけではなく原因+縁=結果

的に言われる事があります。性はこの縁をトリガーとして様々な結果となって現れるのではないでしょうか。

 ビジネス人間学講座を是非、「縁」として頂いて、ビジネスにも実生活にも最良の「果」を得て頂ければ幸いです。

予約なしで、ご参加頂けます!

活動案内をご覧下さい!

 

塾頭代行 徳地良行

「政治のリーダーを選ぶ目をもとう」

「政治のリーダーを選ぶ目をもとう」

樫野紀元

「そのなすところを視(み)、その由(よ)るところを観(み)、その安んずるところを察すれば、人いずくんぞかくさんや」(「論語」為政編)

 (その人がやっていることに注意し、その言動がどんな価値観や知識にもとづいているかを確かめ、その人がどんなことで心が安らかになるかがわかれば、その人がどのような人であるか、が明らかにわかります。到底、かくせるものではありません)

 特に、政治のリーダーがどのような人であるか、よく見極める必要があります。

 具体の例はあえてお話しいたしませんが、政治のリーダーが君子であれば、市民は安心して仕事に励み、豊かな生活を送る希望を持てるようになります。一方、リーダーが小人であれば、世に悪がはびこり、市民はすっきりしない不幸な日々を送るようになります。

 (君子は、人格が立派で尊敬される人。小人は、徳や器量が無い人)  リーダーが、正しい心をもって筋を通し、理想をもって市民を導けば、必ず賛同者が増え、よりよい社会をつくることができるのです。

 私たちは、国や自治体のリーダーには、必ず君子を選ぶ要があります。

 そのために、一般市民である私たちは、いつも、今ご紹介した「論語」のこの言葉を参照する要があります。

 一つの例ですが、先日報道された、某自治体のリーダーであった人(元知事)の記者会見での話と地方議会での証言は、自分にとって都合が悪いと自らが感じたであろうところについては、それは役人や専門家、議会が決めたこと、記憶がないなど、責任のがれや自己弁護が多いという印象でした。おまけに、時々声を荒げ、傲慢ともとれる言もありました。

 「小人は諸(これ)を人に求む」(小人は自分の失敗などを人のせいにする)、「小人は驕(おご)りて泰(やす)らかならず」(小人は傲慢で思い上っていて、ゆったりしていない)、「小人は文(かざ)る」(小人は言い訳する)(以上「論語」より)

 なすところをみれば(記者会見での話と議会での証言に限り)、その元リーダーは、まさに「論語」で示される小人、と思われてもしかたがありません。

(「論語」に興味をお持ちの方は、樫野紀元著「心を元気にする論語」青春新書をご参照いただけましたら幸いです)

「階層や序列をつくるのは人間の性(さが)」

「階層や序列をつくるのは人間の性(さが)」

樫野紀元

 私たちは、家族、会社や学校、地域社会、国という階層に属しています。また、会社を例にすると、社長、役員、部・課長、係長、一般の社員というような階層があります。

 階層が上位であるほど、力があります。序列は力の大きさによって決まります。序列が上であるほど、概して収入が多いです。また、何らかの会合の際、席順は、参加者の地位や職責をもとに決められます。

 そして人は、自分が属する会社組織などで、より上の地位を求める傾向があります。

 宇宙には何億もある銀河団、個々の銀河、その銀河の中にあるいくつもの恒星、その恒星が引き連れている惑星、惑星が引き連れている衛星、という階層があります。恒星は惑星より力があり、惑星は衛星より力があります。

 会社組織をはじめ、社会のいろいろなところで階層がつくられているのは、私たちがいる社会が宇宙の縮小版(相似象)であるからです。

 自分が属する会社組織などで、より上の地位に就きたいと思うのは、ごく自然のことかもしれません。

 ところで、「論語」には次の言葉があります。

 「富と貴(たっと)きは是(これ)人の欲するところ也。その道をもってしからずんばこれを得ても処(お)らざる也」

 (たいてい、人は、財をため高い地位に就きたいと思うものです。しかし、人の道を踏み外すようなやり方で富を得、高い地位に就いたのであれば、その富や地位は自分のものにはなりません。いつか失うことになります)

 いつも、誠実に真摯に、他人の怨みをかうことなく、正々と仕事に取組むことです。思いやりをもって他の人と接することです。より上の地位は、そのうち、向こうからやってきます。

 堂々と仕事をした結果それなりの地位に就いた人を、その地位から外そうと邪に考える人がいるとします。その邪な考えをもった人が会合を仕切って、意図的に席順を下げるなどの手段をとって、その地位にいる人を貶めることがあります。

 そんなとき、貶められて嫌な思いをしても、しずかにその場をやり過ごすのが君子です。

 いたずらに上位の席順を求める人、人を貶めるために席順を下げる人、などは二流の人です。こんなとき地位や席順などにこだわらないのが君子なのです。

音楽も「5対95則」-歌は心で歌う-

樫野紀元tyosakuken.gif

イラスト 加藤深雪


○カラオケでいい点を取る人は歌がうまい?

 カラオケの点数は、音程やリズム、声の大きさ、こぶしの有無などによって良くも悪くもなります。これらをきちんと歌って点数が良いと、うまいね、と歓声をあげたりします。

 でも、カラオケの点数は必ずしも歌唱力を評価するものではありません。そこには、歌う心を評価する仕組みが入っていないからです。いくら音程などを正しく歌っても、心がこもっていないと、聴く人に感銘を与えることはできません。その人は歌がうまい、とは言えないのです。

 実は、音楽も「5対95則」です。音程やリズムなど音楽の技術は5,演じる心が95なのです。歌の場合、気分がいいとき、鼻歌が出ますね。たとえ音楽の技術に沿っていなくても、そばで聴いていて心地よいものです。森繁久弥さんが歌う船頭小唄など、聴いてしみじみしますね。それは、そこに歌の心があるからです。

 もちろん、ある程度、音程やリズムなど音楽の基礎技術がないと聴くに堪えないでしょう。でも音楽はあくまでも心なのです。

 さらに言えば、心が清らかな人の歌は、耳にとても心地よく、感銘を与えます。よこしまな人の声はどこかいやらしく、聴いていて不快になります。

 指揮、歌、楽器の演奏も同様です。品格がある人の音楽は格調が高いです。がさつな人や自己中心的な人の音楽は心が落ち着きません。

○心を込めて歌うには、まず曲想をつかむ

 歌には歌詞があります。歌を作るときは、まず歌詞があり、その歌詞に合う曲を作る、というのが一般です。

 心を込めて歌うには、何よりも、その歌の曲想をつかむことが必要です。歌詞にどのようなメッセージが込められているか、そのメッセージがどのようなメロディラインに載っているか、そして、その歌のどの部分でそれを強調しているか、をつかむことが必要なのです。これが、曲想をつかむ、ということです。

○音楽に親しむ

 学生時代、東大の音楽仲間とよくつき合っていました(今でもつき合っています)。東大には、東京芸大の指揮科を出た若い人が来て、助言してくれていました。

 学生の頃、N響のコンサートマスターであった海野義雄さんのソロリサイタルによく行ったものです。熟達した技術と彼の人間力が奏でる音に、私は完全に魅せられていたのです。

 また、母の幼な友だちの、当時日本を代表するソプラノ歌手中澤桂さんのオペラやソロリサイタルに、頻繁に行っておりました。当時私は中目黒に住んでいましたが、家が近かったこともあって、中澤さんはよくたずねて来られました。そんな折り、歌のお話をよくうかがっておりました。中澤さんの練習場にも出入りさせていただきましたが、その厳しさを目の当たりにして、私は脂汗を流したことを覚えています。

 その後、縁あって、日本フィルハーモニー協会合唱団に入り、合唱指揮の灰谷先生から歌の指導を受けることになりました。おかげをもって、私は日フィル協会合唱団の団員として、日比谷公会堂、東京文化会館、新宿厚生年金会館、渋谷公会堂などに、幾度も出演させていただきました。

 オケや合唱をまとめ、音を紡ぎ出すのは指揮者です。日フィル育ての親である渡邊暁雄先生は、悠揚せまらざる雰囲気の、人を温かく包み込む大きなお人柄で、先生のオケや合唱の指揮とご指導に私は深く感銘を受けました。日フィルが当代一流のオーケストラであるのは、渡邊先生のご指導による、とつくづく思ったものです。

 渡邊先生が二千人を超える客席を背景に指揮をされる姿は、今でも、はっきり覚えています。その姿は、東大の工学部一号館の教室で、窓外の木々や緑色の板(黒板)を背景に講義をされる色白の優しい松下清夫先生の姿と、よく重なりました。

○ドリーム合唱団

 紀元塾で「人間学」の講座が始まった翌年、私は事務局の吉田さんと、ドリームという合唱団を結成しました。そこで私は、渡邊先生や灰谷先生から習ったことを活かすつもりでした。

 ドリームの皆さん、おしなべて、お孫さんがいる方々です。それに、練習の場(檸檬)は、ドリームの皆さんにとって、心楽しく談笑するサロンでもあるのです。ドリームの皆さん全員が心から楽しんで練習できることが一番です。皆さんが楽しいと、私も癒されます。

 初代の伴奏を務めていただいた国立音大のピアノ科出身の渡邊先生と相談して、音楽の基礎技術の練習はほどほどにし、心を込めて、を中心にしました。これなら全員が楽しく練習に臨めます。

 このことは、さきほどのカラオケの点数を上げる話と似ています。カラオケの点数をことさら上げようとすると(音楽の技術を高めようとすると)、一般には、ついそちらに気が向いてしまって、歌に心を込めることが希薄になるのです。

 歌に限らず、音楽の本質は心から楽しく演じ、心から楽しく聴くところにあります。音楽の技術を高めると、表面的には、うまい、という印象を聴く人に与えるかもしれません。しかし、実際には、心を込めて楽しく歌う方が、よほど聴く人に感銘を与えるのです。

 それに、ドリームの皆さんは人柄がよいからでしょう。聴いていて心地よいのです。これは必ず生かさなければなりません。

○合唱の練習

 練習は次の手順によることにしました。これは、どの合唱団でも、どの曲にも適用できる普遍性ある練習法です。

 (1)まず、曲想を理解してもらう。歌の流れを知ってもらう。さびの部分を知ってもらう。

 (2)次に、呼吸で歌のエキスをつかんでもらう。(このことは、コールユーブンゲンに載っています)極端にいうと、宇宙との相互息づかいを意識し、宇宙の波動との共振を試みるのです。ドリームの場合、私が「人間学」を標榜する以上、こうしたことを取り入れないと特徴が出てきません。

 (3)そして、ある程度歌になじんだら、幾度もフレーズの練習を繰り返し、フレーズごとにインバイト(フレーズ内での演出)を試みる。

 (4)最後に、聴く人の呼吸に合わせるように間(音符と音符との間)をとる練習をする。これも「人間学」の一環です。

 呼吸のあり方は、とても重要です。このことは歌だけではありません。オーケストラの指揮でもこれが一つの基本になるようです。ヘルヴェルト・フォン・カラヤンや小澤征爾といった一流の指揮者は、呼吸のあり方をとても大切にしているといいます。これによって、音楽の神髄、そして(宇宙ともかかわる)潤いと深みを感じ取れるよう、演奏する者の心と聴く人の心を整えて繋いでいるのです。

○ドリームの場合は、より自由に

 もちろん、音楽の基礎技術を身につけることは、歌の練習の基本ではあります。ドリームでは、より高齢(失礼!)の方、初心の方も含めて全員が、楽しんで参加できるよう、音の高低や強弱、リズムなどは、可能な限り自由なテンポやリズムで対応(ルバート)することにしました。

 これは、歌に心を込める上でも、とても効果的なやり方です。

 ちなみに、世界的に有名なイヴリー・ギトリスというヴァイオリニストは、そんな弾き方は音楽の基本にないなどと指摘されるくらい、リズムを自由に(ルバート)演奏しています。高齢になってなお、彼の演奏は聴く人に大きな感銘を与えています。

 世界的に活躍している多くの指揮者をはじめ、今人気の若い指揮者トゥガン・ソヒエフも、同様に、自由なスタイルで指揮をしています。

 実際、指揮者によっては、このやり方によって格調の高さを醸し出すこともできるのです。

 さて一般に、合唱団の人たちは、一人ひとり声の質が違います。発声にも個人差があります。しかし団員の心が一つになったとき、その歌はすごいパワーを発します。

 ドリームでも、そのパワーを少しでも出せるようにするのが私の役割でした。練習のときは、幾度もフレーズを繰り返す緊張もあれば、冗談を言い合って笑うことも多く(緊張と緩和を交互に)、楽しくやらせていただきました。

 そして練習では、「夢路より」の他、斉唱の歌何曲にも、下の音をつけました。

 二代目の伴奏者栗岡先生は、私のこのやり方をとてもよく理解してくださいました。栗岡先生は、単に私のやり方をそのまま肯定するというのではなく、練習の開始時も練習中も、適宜、意見交換し、またいろいろ助言をくださいました(楽譜にはメモがたくさん書き込まれました)。

○ドリームのステージ

 ステージに立つのも練習の一環です。吉田さんや栗岡先生と相談して、ドリームは幾度か演奏会に臨みました。

 庄和町でのライブや学士会館での会が思い出されます。いずれも好評でした。昨年七月の学士会館での会では、ドリームの歌が終わったとき、聴いていた大勢の人たちが、もう終わり? と名残惜しそうにしていました。

  昨年末は、春日部のふれあいキューブでクリスマス曲と日本の名曲を歌いました。上階にいる人たちが身を乗り出すように聴いてくれていましたし、涙して聴いていた人がいたくらいでした。

 本年四月から、また渡邊先生にご指導をいただくことになりました。私は仕事の関係で、しばらくの間、合唱の練習にうかがえませんでしたが、またドリームの皆さんとお会いする日を楽しみにしております。                      (おわり)

東京講座「生きることの意味」を聴いた人たちの感想

                                         事務局より

  2月に開講した東京講座、「生きることの意味」を聴いた皆様からの感想文をいくつか

 ご紹介させていただきます。

○とても興味深い話を聴かせていただきました。深い話なので、もっと長い時間、

 お話を聴けるとうれしいです。子どもたちにも教えられるような形を知りたい。

 学校の教職員にも。

○「5対95則」とても興味深く、納得しました。ありがとうございました。

○「5対95則」、うなずけることがあります。5が輝くように、95を大切にしたいと思

 います。

○子孫に禍根を残さぬよう、最期まで、運命を切りひらく力をもたねば、と思い

 ました。

○本日は、ありがとうございました。興味深く拝聴させていただきました。うなずく

 とばかりでした。生活の中に生かすことが大切だと再確認させていただきました。

○今回で二回目ですが、お話を聴くと、その都度「あっそうか?!」と思うところがあ

 り、とても勉強になります。自身、「人間学」の見える化をはかって行きたいと思い

 ます。ありがとうございました。

○「5対95則」勉強になりました。

○普段はまったく考えることのないテーマでしたので、非情に楽しく聴かせていただ

 きました。

○一時間だと、聴き足りないような気がします。

○お忙しい中、講話をありがとうございます。また参加させていただきます。素晴ら

 しい内容ですね。今後とも宜しくお願いします。

○カルマを刈り取ることの困難さを感じて、日々過ごしています。何をどこまで行え

 ばよいのか、の物差しがありませんので悩むこともあります。今回のお話のよう

 に、それは「積極的に耐える」ことなのですね。

       NPO主催の平成29年1月からの「人間学講座」ご紹介

「アンガーマネジメント(怒りの制御)」

 先日、埼京線で高齢の男性が乗ってくるなり、優先席に座っていた若い男性に向かって「ここはジジイ、ババアの座る席だ!お前は席を譲らないとダメなんだ!どけ!かわれ!何やってんだ!早くどけ!どけって言ってんだろ!」と大声で怒鳴ってキレまくっていました。最近「キレル老人」などの文字が見受けられますが、この事だなぁと思いました。そこで「怒り」に関する話題をお届けしたいと思います。 平成25(2013)年9月に発表された『平成24年 労働者健康状況調査(厚生労働省)』において、「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレス」の第1位は「職場の人間関係の問題」です。この統計から、多くの人は職場でイライラを抱えている状態だと言う事が分かりました。  皆さんは「アンガーマネジメント」とか「アンガーコントロール」と言う言葉をお聞きになった事はおありでしょうか? アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで始まったアンガー(イライラ、怒りの感情)をマネジメント(上手に付き合う)するための心理教育です。 怒りの根本には、実は様々な感情が隠されています。その感情が何か? 怒りが起こる原因は一体どこからなのか? アンガーマネジメントとは、怒りのプロセスなどを学ぶ事によって、自分自身の怒りを理解し、コントロールしたり、癒したり、ポジティブなものへ変換させたり、自分の中でたくさんの変化が生まれ、感情がさらに豊かになり、職場での問題解決や、夫婦や友人、人間関係全般、自分の周りに関係するあらゆる物事に良い循環にしていく手法です。 「怒りの6秒ルール」と言うものがあります。諸説あるのですが、怒りの感情のピークは最大でも6秒程度と言われ、怒りを感じてから「6秒間」ただ待ち続けるだけで和らげることができると言われています。「カチン」と来てから6秒以内で発する言動は感情的になってしまう事が多く、アンガーマネジメントでは、「反射的に怒らない」ということを強調しています。 「反射的に怒らない」、「売り言葉に買い言葉を言わない」ことは、「あんなことを言わなければよかった」という自己嫌悪防止につながり、そのためには「最悪の6秒間」を耐える(やり過ごす)習慣付けをしておく必要があります。 このトレーニング方法として「呼吸リラクセーション」、「ポジティブ・セルフトーク」などがあります。最近特に注目を集めているとのが「マインドフルネス」でしょう。瞑想を基本に自分自身の内面を観察し、「反射的」反応をコントロールすることが出来るようになるトレーニングです。正しい判断基準を持つ事と、自分自身の感情をコントロールすることが、これからの社会、家庭の両面において不可欠なスキルとなるでしょう。  心理学博士でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマン博士のプロスペクト理論などについて、今後ご紹介させて頂きたいと思います。

塾頭代行 徳地良行

NPO主催の平成29年1月からの「人間学講座」ご紹介

-1月のテーマ「生きるってどういうこと?」- 塾頭代行 徳地良行

 

私たちが「生きる意味」について樫野紀元塾長は、次のように言っています。抜粋してご紹介させていただきます。

(以下、樫野塾長の言より)

・人としての意識や心の働き、五感、周りにあるもの、そして“5対95則”を与えられてこの世にいる以上、これらを受け入れ、生を全うする。 その目的は、不安定な社会や個々の家庭をしっかりしたものにすること。

・「与えられた天命は人である」

・どのような立場も仕事も、その時点で与えられたもの。人それぞれに、その与えられた役割を“進化向上を図りながら”果たしていくとき、私たちの魂はとても喜ぶ。魂が喜ぶと、人は自ずと輝く。だから、この世で自分が輝くことができるものを見つけよ。

・宇宙は慈しみ(思いやり)の波動で満たされている。地球の周りはα波で覆われている。人は宇宙の一部だから、宇宙にある慈しみの波動と共振するとき、人は最高の至福感を得られる。 つまり、心から人を思いやるとき、最高の幸せを得ることができる。それを言動で現わせないときは、心から想うだけでよい。例えば、あの困っている人、救われるといいな、と心から想うだけでよい。“進化向上”を望んでいる人に対しては、その背中を押してあげるだけでよい。

・こうしたことを実践する姿を他に示すことが生きることの意味。

・そして、子孫に禍根を残さないことも使命。自分がつくってしまったカルマは自分で刈り取る。親や祖先がつくったカルマを自分が刈り取る。それによって、子孫に禍根が残らない。これが、この世で生きる意味。

○これらの詳細をお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」をお読みください。 Amazonでも高い評価を頂いております。

また、講座は、毎月第二日曜日、午後1時30分から約1時間、春日部ふれあいキューブ(県の施設)会議室で開講しております。

(参加費‐一般の方は1000円。当NPOの会員の方は800円)

(講座のお問い合わせ、ならびに「生を尽くす」のご注文は、檸檬・吉田美代子 048-733-0713まで)

 

「ビジネス人間学」講座のご案内

平成29年2月5日(日)学士会館にて開催

テーマ:生きるってどういうこと?

全4回シリーズで開催されるビジネスに役立つ考え方満載です!

各回のテーマなど詳しくは活動案内でご確認下さい。

平成29年講座案内

平成29年の講座案内を更新いたしました!

詳しくは活動案内をご覧下さい!

「5対95則」にもとづく「人間学講座」としてスタート致します。

多くの方の参加をお待ちしております。

新年のご挨拶

2017.1.1 新年明けましておめでとう御座います。本年も宜しくお願い申しあげます。

ぽぽら会館4周年記念イベント-「論語ライブ」公演

 ふれあいキューブ-ぽぽらの会館4周年記念イベントで、先の庄和町での公演に続き、再び「論語ライブ」を公演しました。併せて、ぽぽらカフェも開店しました。

 樫野先生から「『論語』は誰もが本当は当たり前と心の中で思っていることを、わかりやすい言葉で表したものです。『論語』を聞くことによって、自分が思っていることは間違っていないことがわかって安心するのです」というお話がありました。

 ライブでは、わんわん村の小学生ピーワンちゃんが、日々の冒険の中で生きていく上で大切なことを学ぶ、樫野先生の作「ピーワンちゃんの寺子屋」から5話をピックアップして朗読し、それぞれの話に関連する「論語」の解説と合唱がありました。ほのぼのとしたお話と歌で、参加の皆様は、とても癒されたようでした。(事務局)

20151214165228.JPG 2015121416530.JPG

平成27年の「人間学」講座-修了証

20151214164713.JPG

これまで、紀元塾が主宰する「人間学」の講座は、

・「新論語」

・「ラーニング&リバース」

・「古事記に学ぶ人間学」

・「人生相談&今日の日本が抱える問題」

・「論語教室」

などが開講されました。参加者は延べ1200を超えます。

 平成27年は「古今東西の偉人の言葉に学ぶ人間学」でした。この講座(全12回)に休むことなく出席された方、お二人が、平成27年12月6日に修了証を受けられました。    

樫野先生の新刊案内

「生を尽くす」 ―古事記に学ぶ神秘の法則―   [悠雲舎]

 

20151110212425.jpg

〇 古代の人は、宇宙の仕組みや法則を、既に知っていました。このことは「古事記」に示されています。 えっ、「古事記」? 天照大神や大国主命が活躍する「古事記」に、そんなことが?

実は、「古事記」で語られている、やまと言葉の真意を探ると、このことがよくわかります。さらに、そこに示されている宇宙の法則をもとに「人間学」の基本が導かれるのです。本書によって、この世はこうつくられている、人はこうつくられている、私たちにどのような力が与えられているか、そして「生を尽くす」とはどのようなことか、をしっかりつかむことができます。何よりも、「古事記」の真意がわかり、新たな発見も生まれる書。

         【目次】

Ⅰ これが本当の「古事記」の世界だ!

―1300年を経て、ようやく明らかになった「古事記」の真実

「古代の人が語るビックバン」「日本は海底火山の噴火によってつくられた」「宇宙の気」他

Ⅱ そもそも「古事記」は、こうして作られた        

Ⅲ 「古事記」でわかる、こんなこと

Ⅳ 人生に活かす「古事記」 -「生を尽くす」7つの知恵―        

四六判 並製  164ページ  定価:(1,250円+税)

【著者紹介】 樫野 紀元(かしの のりもと)  『「人間学」研究家 建築社会学者 工学博士 1級建築士 』 1974年、東京大学大学院卒。建設省入省(上級職・研究職)建設経済研究室長、研究部長 を経て、公立前橋工科大学大学院教授(2001~20011年)。現在、NPO法人「ミレニアム教育・環境研究普及協会(MEE・紀元塾)」代表。

20151110212938.jpg

春日部市、新市政10周年記念イベントで、「論語」ライブを公演しました

201511595756.JPG

 庄和町が春日部市に合併して10年経ちました。これを記念するイベントが南桜井の正風館で開催され、NPO法人「MEE・紀元塾」は、「論語」ライブを公演しました。

 

 

201511595839.JPG

「論語」ライブは、樫野先生の著作「ピーワンちゃんの寺子屋」をもとに構成されてい ます。この本は、きれいな日本語の響きによって心地よく読め、読んだ後で、“よし、自分も頑張ろう”という気分にさせる「魔法の本」と言われています。以 前、朝日新聞の全国版でも取り上げられました。こども向けの本ですが、大人が読んでもとても面白いお話が14話、入っています。

 

 

 今回のライブでは、その14話の中から5話を取り上げて朗読し、関連する「論語」を紹介し、皆で素読しました。また、それぞれのお話に関連する歌を、春日部の女性コーラス「ドリーム」が唱いました。参加した小学生と保護者の皆様も一緒に歌いました。

朗読にはピアノのバックグラウンドがつき、歌のときは、ピアノの伴奏にヴァイオリンの演奏も加わりました。

 午後のひとときを、とても心豊かに過ごすことができたライブでした。

 

201511595919.JPG 

(事務局)

 

 

松尾芭蕉の話

「樫野先生、松尾芭蕉を語る」

 

 春日部の400年の歴史ある小淵観音院で、円空仏7体が御開帳され、ゴールデンウイークの期間中、お天気にも恵まれて、多くの人が参詣されました。

荒削りですが、円空の「気」が籠っているためでしょう、高さ2メートル近い「観音立像」からは、大きなエネルギーが迸っているように感じられました。(次回の御開帳は11年後です) 

 さて、5月4日、その観音院境内で、この「円空祭」イベントの一環として、「樫野紀元の人間学講座」がありました。今回は松尾芭蕉でした。

いつもながらの先生独特の語り口で、松尾芭蕉の人となりや、俳人として世に残したもの、などについて、お話がありました。

20155820520.JPG 20155821029.JPG

       [人間学の青空講座のもよう]    [観音院の山門(仁王門)]

 

 

201558205744.JPG

[観音院にある芭蕉の句碑(「もの言えば唇寒し秋の風」]

1.芭蕉って、どこの人? いつ頃の人?

 芭蕉は、1644年(寛永21年)、今の三重県、伊賀上野で生まれました。伊賀上野は、芭蕉が生まれる10年前、荒木又右エ門による「伊賀越えの仇討」があったところです。同じ年、曲垣平九郎が江戸愛宕山の石段を馬で駆け上がっています。伊賀上野は、築城術日本一と称された藤堂高虎が藩主でした。

 

2.どうして俳人になったの?

芭蕉を俳句の世界に導いたのは、芭蕉が18歳のときから料理番として仕えた藤堂良忠でした。藤堂良忠は京都の俳諧師北村季吟に師事していました。北村季吟は、俳諧の方式のもとをつくった松永貞徳に学んだ人です。

藤堂家は代々、才がある人を登用し、好きなことをやれ、が家風でした。その伝統を継いだ良忠が、一介の料理人である芭蕉の才能を見出し、北村季吟のもとに連れていったのです。季吟の指導のもと、芭蕉はめきめき腕を上げました。

 

3.いつ江戸に出てきた?

芭蕉が30歳のとき、師匠の北村季吟から俳諧作法書(「俳諧埋木」)を伝授されました。いうならば免許皆伝です。江戸は情報発信の中心地でした。ならば、一つ中央でやってみよう、思い立ったら即実行です。上昇志向を持って、芭蕉は江戸にやってきました。

芭蕉の江戸での生活は日本橋で始まりました。とはいえ、最初から俳諧で身を立てることはできません。水道工事(神田川の分水工事)に携わって生計を立てながら、胸の中では、俳諧で世に出ることを想っていたようです。

 何しろ、ときの宗匠、北川季吟から卒業証書をもらっています。江戸の俳人たちとの交流が始まりました。江戸俳壇の後見人である磐城平藩主が主宰する会にも顔を出すようになりました。

 そして、34歳のとき、桃青と名乗って念願の俳諧師、宗匠になりました。桃は邪気を排するとされる果実であり、青は純粋を表す字です。芭蕉は桃青という俳号で、自分は純粋に素直に行きますよ、という姿勢を示したのです。そして、36歳のとき日本橋から深川に移りました。深川の住居は、後に芭蕉庵と言われました。

 

4.どんな生き方を望んだ?

芭蕉は3代将軍家光の御世に生まれ、6歳のとき4代将軍家綱、36歳のとき5代将軍綱吉という、儒教を国の津々浦々まで広めつつある時代に生きた人でした。

芭蕉が13歳のとき、朱子学が、国の教育の中心に置かれました。秩序、調和、進化、礼、信をいつも考え、仁を大切に生きる。それが朱子学の基本的な教えでした。

また、朱子学では「人は天地と併存する」としていました。天にならって生きることこそ、人は本然を発揮でき、安らぎが得られる。自然の中で生きることこそが第一。芭蕉は、わび住まいの芭蕉庵も旅の笠も同じ、笠は最小の庵である、と考えたといいます。そして旅の中に身を置きたい、と想っていたようです。

この生き方が純粋な詩としての「蕉風」をもたらしたのです。

 

5.どんな俳句を作った?

 その頃江戸では、軽い口調で滑稽味を出す談林風といわれる句が流行していました。しかし芭蕉は、そんな流行にとらわれることなく、北村季吟やその師匠貞徳が大切にした伝統的な漢詩調、そしてそれを発展させた破調を活かした独自の吟調をつくっていきました。

そして、ごく身近な日常の題材を、趣向、作意を加えず、素直に表す詩句をつくるようになりました。伝統的なものを平易な言葉で伝えながら日常の情景をたんたんと詠むという句風をつくっていったのです。これは「蕉風」と言われました。

「行く春や鳥なき魚の目はなみだ」「春なれや名もなき山の薄霞」

「枯れ枝に烏のとまりけり秋の暮れ」「秋深き隣は何をする人ぞ」

「名月や池をめぐりて夜もすがら」

 芭蕉は、門人が談林風など「蕉風」とは異なる俳句を作っても、特に意見を言わず、容認した、といいます。藤堂家の環境にいたことが影響しているのかもしれませんね。

 

6.どこへ旅した?

 芭蕉は生涯で四回、旅に出ています。四回とも、故郷の伊賀に帰っています。

40歳のとき「野ざらし紀行」と言われる旅に出ました。江戸、伊賀、大和、吉野、また伊賀、そして木曽、江戸という旅程でした。旅で見聞きしたものを素直に詠んでいます。「野ざらしを心に風のしむ身かな」 有名な、「古池や蛙とびこむ水の音」は、実は旅から戻って、江戸で詠んだ句です。静寂を際立たせる手法を考えていたようです。

 43歳のとき「笈(おい)の小文」の旅に出ました。笈は仏具や衣類、食器などを入れた、修験者たちが旅のとき、背負った箱です。このときは、お伊勢参りが主でした。故郷の伊賀にも寄っています。

 45歳のとき、「奥の細道」の旅に出ました。約2400キロの旅でした。    江戸、下野、陸奥、出羽、越後、加賀、越前、伊勢、伊賀、京都、江戸という旅程で、45歳ででかけ46歳で戻っています。多くの門人ができた旅でもありました。

「夏草やつわものどもが夢のあと」「しずかさや岩にしみいる蝉の声」

「五月雨を集めて早し最上川」「荒海や佐渡によこたう天の川」

 そして50歳のとき、伊賀、奈良、大坂への旅に出ました。芭蕉は大坂で体調をくずし、死去しました。「旅に病んで夢は枯野をかけまわる」

 

7.俳句を通して、何を残した?

芭蕉が俳句を通して残したものは、「純粋な詩の精神」でした。

いつも自然体で、難しいものをわかりやすく説く、「松のことは松に習え!」それが芭蕉の基本的なスタンスであったと思います。

(事務局)

 

○なお、当日ご参加をいただいた、俳人、嶋青桜さんによる、観音院に関する俳句をご紹介いたします。

「青葉風眼も掌も落としなほ仁王」(嶋青桜)

「円空の七仏たてる若葉かな」(嶋青桜)

 

樫野紀元の「人間学講座」の感想

樫野紀元の「人間学講座」第3回のソクラテス、第4回のゲーテ、それぞれの講義の感想の一部をご紹介します。

 

「ソクラテス」

○話がまとまっていて、とてもおもしろかった。

○ 話が、とても深くて、よかった。

○ 「偉人、聖人の言葉の根っこは同じ」に感銘をうけました。

○ ソクラテスについて、勉強しようと思った。

 

「ゲーテ」

○LOVEの語源が、わかりました。どんなものにも存在する意義がある、と言う言葉が印象にのこりました。

○万宗同根、オキシトシン、人の目的は生きること、を解説してもらい、前を向いて生きて行こうと思えた。背中を押してもらいました。

○自然の偉大さに心を打たれることが多くあります。その時は、純粋に感じているからだと言うことを知りました。

○ゲーテの活力の源について知り、その人柄がわかったような気がする。

○ゲーテという名前だけは勿論しっていたが、人生を通して、一生恋愛をしてきたことが面白く、自然の摂理を学んだ。

樫野紀元の「人間学講座」の感想

樫野紀元の「人間学講座」全12回がスタートしました。第1回は一休さん、第2回は、吉田松陰でした。それぞれの講義の感想の一部をご紹介します。

 

「一休さん」

先生の講義で一休さんの本当の姿がわかりました。

一休さんの名前のいわれは、ウロ路(煩悩がある心)からムロ路(煩悩が無い心)への一休みからきている、という話を聞いておもしろかったです。

哲学というのは、むずかしいというのが通り相場だと思っていましたが、今日の講義で「人間学」にとても興味をもちました。

 

「吉田松陰」

松陰の第一の憂いは、“国が良くない状態になっていることを国民が知らないこと。”それは、まるで現在の日本にそのまま通じると思いました。

松陰の人間関係、背景がわかり良かったです。

奥の深い話でした。もっと聴きたかった。講義の時間、もう少し長い方がいい?

激動の時代を生きた松陰の短い人生。 多くの人に影響を与えたのですね。

 

 

毎回の講義に、樫野先生の情熱を感じます。以上、2回目までの感想例でした。

 

ところで、2回目の吉田松陰の講義の前に、「人間学」とは何か?という問いかけに答えて下さった先生の答えは「心地良い環境をつくることの学び」ということでした。えっ、それが樫野流「人間学」!先生の回答の意外性に皆さんびっくりした様子でした。

「人間学」の熱い講義、楽しみです。

(吉田美代子)

ポポラ春日部オープン3周年記念イベント  NPO「MEE・紀元塾」講演会

ポポラ春日部オープン3周年記念イベントの一環として、NPO主催の講演会が開催されました。以下は、その梗概です。

「愛ってなんだ? 本当の愛って何?」

-偉人・聖人の言葉に学ぶ-

樫野紀元

 

愛という言葉から何を連想しますか? 

まずは、愛という言葉がどのように使われるかみてみましょう。 

親兄弟の愛(子への愛、家族愛)、男女の愛、隣人愛(貧しい者や弱者への愛)、帰属するところへの愛(会社、学校、故郷、町、国)、仕事に対する愛、師弟愛、友人愛、好きなことに対する愛(趣味、嗜好品)、「気」が入っているものに対する愛(職人技)、伝統に対する愛(城郭、寺院建築、浮世絵、刀剣、伝統工芸)、そして動物や自然に対する愛……。

素敵なものや可愛いものを、愛する対象にする場合もあります。

 さまざまに、愛という言葉が使われますが、実は、「世話をする、思いやり」が愛という言葉の本質なのです。これは、英語のloveの原意でもあります。その愛によって、自分も周りも、とても心地よくなります。

関連しますが、美という言葉は愛に通じる言葉です。美は心地よいと感じるもの、を言います。心地よく晴れた日は、英語でbeautiful(美しい)と言います。

 ギリシャの哲学者、プラトン(前427~前347)は、「神々の間では、愛、美しいものへのエロス(思慕の情―恋)がもとになり、その上に万事が整えられ、秩序立てられている。何故なら、醜いものへのエロスはあり得ないのだから」と言っています。愛がすべてのもとになっている、と言っているのですね。

 エジプト生まれのギリシャ系哲学者、プロティノス(205頃~270頃)は、「人の究極の目的は美であり、それは愛のみなもとである神とのエクスタシス(秘合)によってもたらされる」としました。自分の精神が、物質志向ではなく、非物質である神様(愛)の精神と一致することが、内面から輝き、美しく生きるもと、と説いているのです。

「物質志向ではなく、よい精神を持つことを大切にする」。これは、かつての日本人の価値観でもありました。 

 人は愛を実践するとき、オキシトシンなどのホルモンが分泌されます。それらのホルモンは、免疫力を高め、若返りと長寿のもとになるそうです。

本当の愛によって、人生はとても充実し潤うのです。