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コラム

どっこい日本の底力

日本は不安定で情けなく弱い国になっているように見えますが、日本の底力をうかがわせる姿も見せているのです。

世界の多くの人が、日本人は優しく親切で、ごまかしが無く、いつも礼儀正しく謙虚で、何か頼むと丁寧にきめ細かく対応してくれると評しています。

電車は時間通りに運行しており、公共の場では秩序を保って静かにしており、どの町もどの通りも、ゴミが無く清潔と評しています。

また、日本の技術力は素晴らしく、重工業製品から精密機器類、日用品、スポーツ用具に至るまで、日本人がつくったものは、とても品質が良く信頼できると評しています。

新幹線、海底トンネル、新素材、ロボットなどの技術は世界を牽引しています。駅の自動改札機やQRコードは世界中で使われています。アニメや漫画、ゲームは世界中で流行しています。

大地震や洪水などの天災があった時、皆が秩序と治安を保ち、慰め励まし合い、短期間で復興する日本人の姿に、世界の人たちは驚嘆しています。

このように、日本には、かつて心地よいふる里で強い国であった頃の姿が見られるのです。これは、日本人の奥底にある、何千年も受け継がれている日本人ならではの特性(前出)が表に出ていることの証なのです。日本に底力があることの証なのです。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

 

 

 

 

日本は不安定で情けなく弱い国になってしまった(3)国民のこれではいけないという意見

今、国民が抱いている、これではいけないという問題点(意見)は、概ね、次のようです。

収入が減る一方で物価が上がり、税が増え、社会保障費が上がり、生活がままならなくなっている人が増えています。子どもの給食費にもこと欠く世帯もあり、年金だけでは暮らしていけない高齢者が増えています。

基礎研究の予算が削られ、研究職が任期付きになっているところが大多数になっているなど、長期的なスパンで腰を落ち着けて研究できる場が少なくなっています。

子供に本来の躾(非認知能力を身につけさせる)がなされなくなっています。

世界と日本の現状をありのままには伝えず、徒に左翼的、反日的な報道を繰り返して人々を情報操作するメディアが増えています。

風紀が乱れ、政官界の人たち、教育関係者、警察官など世に行動の規範を示す立場にある人たちによる汚職、パワハラ、セクハラ、書類の改竄や隠蔽といった不祥事が後を断たなくなっています。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

日本は不安定で情けなく弱い国になってしまった(2)今目立っている政財界の人たち

主権と領土を守り、国民一人ひとりが安寧に暮らし、のびのびと活動できるよう、安全保障、科学技術、経済の発展、教育の充実、社会保障の拡充などの課題に一身を投げ打って取り組む政治家はいます。

しかし、こうした政治家を後目に、国家観が無く、国益や国民の幸せを顧みず、私益と保身を優先し、力がある者(国)には忖度し、他者(他国)の少しの異論に怯え、不都合の責任は他に転嫁するといった政治家が目立っています。

立派な経営理念を掲げ、人々に役に立つ良いモノを提供する企業の経営者はいます。

しかし、経営理念やビジネスの長期戦略が無く、顧客の満足度や社員の幸せを顧みず、目先の利益や自己の地位の安泰を優先する経営者が目立っています。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

日本は不安定で情けなく弱い国になってしまった(1)こんな人が目立っている

他者を気遣い、誠実に、礼節を保って活動する日本人は大勢います。しかし、そうした人たちを後目(しりめ)に、そうした日本人ならではの特性を奥底に持っていながら、それを表に出さない人がとても目につくようになりました。

定見が無く、本質を見る目を持たず、皆と同じで安心する一方、礼節や謙虚さ、感謝の念を示さず、とかく私利私欲を優先し、何事も損得勘定で判断し、仕事に対する意欲と誠実さ(プロ意識)が無く、努力と忍耐を厭い、人に迷惑をかけても謝らず、力がある者には低頭し、弱い者には居丈高に振る舞い、自分の感情を害することにはすぐ腹を立て、不都合は他者のせいにする、という日本人がとても目立つようになっているのです。

こうした日本人は、日本が心地よいふる里で強い国であった頃は、ほとんどいませんでした。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

人の心(意識)の働きを変えるのは人為的な環境

誰もが持っている、〇地勢や気候など自然の環境(国や地域によって異なる)の中で身についた心(意識)の働き、そして、〇愛(和)、秩序と調和、礼節を大切にするなど本理に適い、本然に則した普遍の基本ルールの中で身についた心(意識)の働きは、宇宙の営みから導かれる普遍の摂理に沿う、言わば天賦のものなので、変わることはありません。

一方、〇親や周りの人たちの価値観や振る舞い、〇学校での教育、〇上位の者の命令や支配、〇体験、〇実定法、〇世間の風潮や流行、〇新聞やテレビの報道など、人為的な環境の中にいると心(意識)の働きが変化することがあります。

人為的な環境に置かれて変化した心(意識)の働きが表に出るようになると、普遍の心(意識)の働きが表に出ないようになります。しかし、自分の心(意識)の働きが好ましくないことを自覚し、それを好ましいものに改める意思があれば、もともと持っている普遍の好ましい心(意識)の働きが表に出るようになります(戻ります)。

かつて心地よいふる里で強い国であった日本は、今日、不安定で弱く情けない姿を呈するようになっています。

日本がそうした姿になったのは、多くの日本人が、”いくつかの人為的な環境”によって変化した心(意識)の働きを表に出すようになり、もともと持っている日本人ならではの心(意識)の働き(縄文時代に培われた特性)を表に出さないようになったからです。

次のコラム欄から、日本人の心(意識)がどのように変化したか、お話しさせていただきます。

多くの日本人の心(意識)の働きを変えた ”いくつかの人為的な環境”については、しばらく後でお話しさせていただきます。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿(抜粋)より。2023年7月)

 

日本は心地よいふる里で強い国であった(10)外国人の日本評価

17世紀の終わり頃から19世紀の中頃にかけての日本の姿は、概ね、以上のようです。この時代に日本を訪れた外国人による日本の評価例をお話しいたします。

17世紀の後半、日本に来たドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルは、「日本人は生活習慣や道徳の面で世界のあらゆる国を上回っている」と自著「日本滞在記」に記しています。

19世紀の中頃、日本を訪れたドイツの考古学者ハインリッヒ・シュリーマンは、「日本人は正直で優しい。日本では誰もお金をごまかしたりはしない。日本人のモラルはとても高い」と自身の旅行記に記しています。

幕末に来日した初代駐日アメリカ合衆国公使タウンゼント・ハリスは、「日本には富みと貧という概念が無い。これが人の世の本来の姿であろう」と日記に記しています。

19世紀の終わりころ、日本を訪れたアメリカのジャーナリスト、エリザベス・ビズランドは、「呉服にせよ建築にせよ、日本ではあらゆるものに美が宿っている。それは想像を超える美しさだ。この国は、自分が知っているどの国よりも素晴らしい」と言っています。

いかがですか? かつて日本は世界に誇ることができるとても良い国であったのです。

この日本を創り出したのは、日本人が奥底に持っている、ざっと1万数千年かけて培われた(コラム欄の縄文時代)日本人ならではの特性が書き込まれたDNAを発現したと思われます。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

 

 

 

 

日本は心地よいふる里で強い国であった(9)治安

もめごとがあった時は、基本的には、当事者が話し合って解決しました。町や地域の治安は保たれ、10年間、盗みなどの事件も無かったといいます。

目安箱が置かれ、誰もが為政に関する意見を出すことができました。人々は、政にかかわっているという意識を持つことができました。文書の管理は厳正に行われていました。

天災による飢饉があり、一揆もありました。この時代の一揆は、室町時代のような打ち壊しが主ではなく、農民や町の代表が役人のところに行って、飢饉の解決を相談するというのが主でした。

稀に打ち壊しもあったようですが、日頃高慢に構えている店の一部を破壊するくらいで、人々に親切に対応する店を襲うことはありませんでした。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

日本は心地よいふる里で強い国であった(8)産業の振興

日本は南北に長い国です(東西にも長いです)。地域によって天候や作物が異なり、風習が異なります。

各大名小名家(各藩)では、それぞれの地域の風土に合った産業を振興しました。藩の産物は、他の地域で売ることができました。各藩の産物の情報は、全国に行き渡っていました。

殿様が間違っていたら、家臣は臆せず諫言しました。イエスマンにならず、筋を通すことが武士道の忠義でした。殿様のご機嫌をとるのは不忠の極みでした。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

 

 

 

 

日本は心地よいふる里で強い国であった(7)日本の元首

日本の元首は天皇です。幕府は天皇の名において政(まつりごと)を代行する組織で、武家の頭領である将軍がそのリーダーでした。

幕府の政は、民を大切にする文治政治、徳治政治を基本としていました。政策を担当する老中は月ごとに交代する月番制を導入し、特定の者に権力が集中しないようにしていました。

良い伝統や文化は伝承し、時代に合わなくなった制度や悪しき慣習は改善する気風がありました。また能力ある者は、門閥にかかわり無く上位の地位に取り立てられました。

天皇は政に直接かかわることはありませんでしたが、重要事項を裁定する時は天皇の勅許を必要としました。天皇は支配者ではなく徳の象徴であり、まさに天の中心に座する北辰(北極星)に喩えられる存在でした。

天皇は民を国の宝とし、日々、民の幸せと安寧を祈りました。民は天皇の大きな慈愛のもとで、のびのびと自分の持ち味(役割)を果たし、社会のために活動しました。天皇が万世一系であることは、国内で不毛な争いを避けるもとでした。

それは、国が何千年もの間、平和裏に安定的に発展するもとになっていました。

これが日本の国体国体(根本体制)なのです。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

日本は心地よいふる里で強い国であった(6)金は天下の回りもの

金銭的な富は、しがらみや執着を生むもとであり、憎しみや争いを招くもとになるという価値観が広く行き渡っていました。また、お金は困っている人のために使うものであり、利他、積善、勤労、報徳(恩に報いる)が社会全体に真の利益をもたらし、皆が幸せになるもとと心得ていました。私益を求め、個人的に富を得ることは、他者の不利益を生む恥ずべきことでした。

お金をたくさん持っている大店の主人は、病人や障害者、行き倒れの人を救うための施設の維持や、上下水道の整備など社会的な事業に、競って私財を投入しました。

お金は社会のために積極的に使いまわすことによって、皆が活性化するのです。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

 

日本は心地よいふる里で強い国であった(5)サーキュラー・エコノミー

人々は、モノを大事にして無駄を省くことが生活を安定させ、町全体を安定させ、ひいては地域の経済活動を安定的に発展させるもとであることを知っていました。

着古したゆかたは雑巾にし、擦り切れた雑巾は燃料にするなど、紙屑や布切れは可能な限り再利用し、ゴミを燃やした灰は肥糧にするなど、モノを最大限有効に使いました(サーキュラー・エコノミー)

また、人々は、いざという時は米と塩だけで生きる覚悟がありました。

また、江戸の町では、商人たち自らが運営する町会所で、天災や飢饉などの災害時に備えて、約50万人の人が半年の間食べられる量の米を備蓄していました。また救済基金を作って災害に備えていました。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

 

 

日本は心地よいふる里で強い国であった(4)農民の姿

農作業は自然の中で作物を育てる、悦びと感謝にあふれる仕事でした。どの地域でも、食料は完全自給を基本としていました。また人々は、荒れた土地を開墾して新田をつくりました。

新田がつくられて収穫量が増えたところでは、農民(本百姓)は実質、収入が増えました。農民は租税(年貢)が据え置かれていたので、働く分だけ収入が増え(メリットクラシィ)、皆が元気になりました。働く人の元気がいいと、国も豊かになるのです。

水飲み百姓は、とても貧しい暮らしをしていたと言いますが、その時代、農民は、温かい休日、庭先でお弁当を広げて楽しむなど、ある程度の豊かさはあったのです。

お盆や秋の収穫の時は町から芸人を呼んで皆で楽しみました。今日の盆踊りや夏祭りのもとはここにあります。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

 

日本は心地よいふる里で強い国であった(3)子どもの学習

子どもたちは学習能力が高く、それぞれに個性的で、創造力がありました。そして武士の子弟が通う藩校や、寺子屋で、自分たちのペースで読み書き、算盤や算術、論語を中心とした四書五経などの古典を学びました。

その時代、日本人の識字率は80パーセントを超えていたといいます。藩校では、武術や馬術、水泳の訓練もありました。

藩校や寺子屋では、子どもたちは意見を出し合って切磋琢磨し、教養を深めていました。学習が進んだ子は年齢にかかわりなく上級の科目を学ぶことができました。

こうした中で子どもたちは、それぞれに、自分の持ち味を見つけ、楽しくそれを伸ばしました。また、ものごとの本質を見る目を培っていました。

子どもたちは成長した後、相互に個々の持ち味を尊重し、労苦を厭わず、協働して人々のために働くことに喜びを見出していました。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

日本はとても心地よいふる里で強い国であった(2)町のたたずまい

どの町もどの村も村も、住まいの環境を整え、そこかしこに木や花が植えられ、清掃が行き届いていました。江戸や大坂(現大阪)は、上下水道などのインフラストラクチャーが整備され、運河や堀を巡らした水の都でした。水辺は水運の荷揚げ場や倉庫が立ち並ぶ商いの場でもありました。

江戸の町は、趣向を凝らした大名庭園がたくさん造られ、緑が多く、華やぎがあるガーデンシティでした。

町中の人家がたくさん集まっているところでも、大声で騒ぐ声や怒声、口汚くののしる声や罵声は聞こえてきませんでした。

こうした環境で子どもたちは、決して過保護にならず、人々のさりげない見守りや温もりと優しさの中で、のびのび育ちました。そして、親や大人たちに倣って他者を気遣い、我利我欲に走らず、卑怯なことをせず、驕慢にならず、礼節と謙虚さを保つなど、ごく自然に、社会のマナーと人の道に沿って生きる倫理観を身につけていました。(非認知能力を身につけていました)

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年7月)

日本はとても心地よいふる里で強い国であった(1)人々の姿

17世紀の終わり頃から19世紀の中頃にかけて、日本はとても心地よいふる里で強い国でした。

その時代、武士や町人といった立場にかかわりなく、誰もが和を大切にし、相互に尊厳を大事にし、思いやりがありました。誰もが潔く、いざという時の勇気と気概、そして力強さを奥底に秘めていました。

また、誰もが品位や格調の高さをよく心得ていました。

身分や職業にかかわり無く、自分の仕事に誇りを持ち、労苦を厭わず働きました。皆、屈託が無く、明るく大らかで、礼儀正しく親切でした。ちょっとしたことにも笑い転げたと言います(渡辺京二「逝きし日の面影」平凡社ライブラリー)。

モノづくりに携わる職人は、日々、技を磨いて進化向上を図り、いきいきと活動していました。建物や庭園、武具や馬具、蒔絵、根付、簪、食器や衣類など日用品にいたるまで、品質が良く、芸術的な美しさと格調の高さがある優れたモノをつくっていました。職人たちはキップが良く、粋で色気がありました。

武士、農民、町人、誰もが、少々値が張っても品質が良いモノを大切に長く使っていました。そして、それを作った職人の誇りを大事にしました。誰もが良いモノを観る目を持っていたので、粗悪なモノは市場に出しても売れませんでした。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より抜粋。2023年、7月)

 

縄文人のDNAに書き込まれていたもの

縄文時代のお話はいかがでしたか?

(縄文時代のお話をもしお読みでなかったら、このコラム欄の記事を振り返っていただけましたら幸いです)

縄文人は、皆が愛(和)と思いやり、他者への配慮、自立、秩序、調和を保つなど、(宇宙の)本理に適う心の働きを身につけていました。そして誠実、礼節、忍耐、勇気、自制、努力など、人の本然に則した心の働きを身につけていました。

本理に適い、本然に則して生きていると、より優れた学習能力と創意工夫の力が身につくようになります。また、日本の閑寂で幽雅な自然は、わび、さび で形容される独特の感性が身につくようになるのです。これらは、言わば天賦のものです。

そして、縄文人は、進取の気風と探求心があり、自分たちの集落に無いモノを求めて、陸路や海路を何百キロメートルも離れたところに遠征していました。

こうしたことを背景にして、縄文人は、日本列島を一つの文化圏につくり上げていたのです。

そして縄文人は、この世のすべては天御中主神が統括しており、山や川、動物や植物などをはじめ、すべては神様が創ったものであり、すべてに神様が宿っている(天御中主神の分霊)と思っていました。これが八百万の神の思想のもとになっています。いつも神様が観ているので、縄文人は何につけても、誠実に謙虚に行動していました。いつも神様が観ているので、我利我欲、虚言、卑怯、ごまかし、凶暴といった人の本然に外れる行動が自ずと抑制されていました。

縄文人のこうした心の働きは、ざっと1万数千年かけて培われたものです。そしてそれは縄文人のDNAに書き込まれていたのです。

その後、日本人は、飛鳥時代、奈良時代と時代が降るに従い、書や文芸などの素養を身につけ、格調の高さや礼儀作法を身につけました。

これらを総合したものが、日本人ならではの特性としてDNAに書き込まれ、今日に生きる私たちにも受け継がれているのです。

(樫野紀元。「古来受け継ぐDNA」草稿より。2023年6月)

 

 

 

 

 

 

 

 

勾玉の秘密

勾玉はラテンアルファベットのCの字(逆Cの字)に似ています。そのCの字の上部、穴があけられている大きな丸いところは宇宙全体を表しており、下方の細くなっているところは、すべてのモノをつくっている最小の粒を表しています。

水は水滴の集まりです。土は小さな粒の集まりです。こうしたことから、縄文人は、すべては小さな粒でつくられている、と悟っていたのでしょう。

勾玉は、宇宙全体と、すべてをつくっているおおもとの粒子、つまり極大と極小のシンボルを合わせて示すものなのです。縄文人は、勾玉を首から下げることによって、自分が宇宙の一員であることを感じ取っていたのではないでしょうか。

勾玉は、生命のシンボルとされていた翡翠(ひすい)で作られていることが多く、新しい生命体である胎児に似せてつくられたとする説もあります。

ちなみに、白い勾玉様の絵と黒い勾玉様の絵を逆さまに組み合わせた絵柄の太極図は、古代中国の「易」で使われていたもので、白い方は見える世界(陽)を、黒い方は見えない世界(陰)を表しています。

また、お祭りでかつぐお神輿には、たいてい勾玉様の絵を三つ組み合わせた紋様や装飾が付けられています。それは、”ともえ”と呼ぶ蛇を表す紋様で、勾玉とは意味合いが異なります。

(樫野紀元「生を尽くす」より。2023年5月)

神社での祈りの基本

私たちは神社で、健康や学業の成就、事業の成功などを祈願します。また子供の健やかな成長を願って七五三詣でをします。

神社に行くと、自分の願いごとの成就だけを祈る人が多いようです。これは大きな間違いです。神様は自分のことしか考えない人を好みません。神様は、今自分に生が与えられていることに感謝し、その生を誠実に生きること、そして望みを叶える(進化向上する)ために、他力ではなく自ら行動する人を好むのです。

神社では、先ずは、今自分が生きている(生かされている)ことを神様に感謝します。次に人類の平穏と幸せを願います。自分の現在の状況を報告し、反省するところは反省します。そして最後の最後に自分の願い事を神様に伝える、これが祈りの基本です。

この世に生を受けた時は清らかですが、俗世間で生きている間に、つい私益や自己満足を追うようになります。世間の本理に合わない流行に影響されて、好ましくない価値観に囚われてしまうこともあります。ともあれ、罪や穢れ(気枯れ)に接することによって、私益や自己満足を追う言動をとるようになり、自らが穢れるのです。

神社にお参りして、私益や自己満足を追ったこと、罪や穢れを言動にうつしたことなどを心底から深く反省すると、自分のそれまでの悪行が払われ、気持ちが晴れやかになります。

(樫野紀元。2023年5月)

縄文人が信仰した神様

「天津古世見(あまつこよみ。原始古代から伝わる天文、地理、生物、地学にかかわる記録)」など古史古伝によると、この世にあるすべてを創ったのは、天御中主神という宇宙の大神様で、縄文人はこの神様を信仰していたとされています。

この神様の名前にある御という字には、尊いという意味の他、平和に治めるという意味があります。「古事記」の冒頭、天地創造の場面で最初に登場する神様は天御中主神です。

そして、天御中主神によって創られたすべてのものには命がある(神が宿っている)としていました。人や動物、植物をはじめ、太陽、月、星、山、海、川、林、住まい、衣類、食べ物……、すべては天御中主神の分霊(わけひ)としていたのです。このことは、八百万の神の思想のもととされています。ちなみに、「古事記」では、身体の手や足、排泄物にまで、神様の名前がつけられています。

八百万の神の思想は(汎神論)、日本人の、自分たちの周りにいる人たちはもとより、自然界のすべて、そして人工のモノにも感謝し謙虚にする心の働きのもとになっているのです。

(樫野紀元「生を尽くす」より。2023年5月)

死者を篤く葬っていた縄文人

縄文人は、親や祖先、幼くして亡くなった子どもをはじめ、死者の魂は不滅で、いつも生者とともにあると信じていたようです。身体は滅んでも魂は生き続けると思っていたのです。

どの集落も埋葬の場を取り囲むように住居が配置されていました。亡くなった近親者が近くにいてくれることが安心と慰めのもとになっていたのかもしれません。

魂は不滅という思想は、南方(南太平洋諸島)から日本に移り住んだ人たちによってもたらされたとされています

縄文人の平均寿命は30歳から40歳であったとされています。生後まもなく亡くなる例が多かったので平均寿命が短かったのです。赤子の足型を象った小さな土器をつくり、それを祀って亡くなった子を偲んでいました。今日、赤ちゃんの足型をとる例がありますが、これは縄文時代のこの風習の名残かもしれません。祈りのポーズの土偶もあります。

(樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より。2023年5月)

信じられないくらい遠くまで航海していた縄文人

縄文時代、高度な航海技術があったことは特筆すべきでしょう。

集落から数名の男たちが丸木舟を駆使して航海に出たことがわかっています。丸木舟は全長が約7メートルで、大きな栗の木をくりぬいて作られていました。縄文時代に使われた丸木舟が160艘以上、見つかっています。

航海に出る時は、荒波に対する安定性を確保するために、舷外に浮き(アウトリガー)を取り付けていました。そして、例えばヒスイを求めて青森から糸魚川まで日本海を航海していました。昼は陸地や島影、太陽の位置、夜は星々の位置をもとに(スターナビゲーション)航路を決めていたようです。

(樫野紀元。2023年5月)

縄文人が使っていた文字の話

縄文人が使っていたとされる文字は、下関市彦島で発見されたペトログリフや北海道余市のフゴッペ洞窟のペトログリフにある古体象字(象形文字)であったようです。これらは縄文時代後期のもので、人、舟、魚、犬などを表していることがわかっています。

ちなみに、岩などに描かれた絵はペトログラフと言います。日本全国の約800ヵ所で40種類以上のペトログラフが発見されています。

縄文人の思想や行儀、作法、自然神の祭祀の方法などを記録したホツマツタエは、ヲシテ文字で書かれていました。ホツマツタエには、天地の始まりの話や、神代の話なども載っており、古事記や日本書紀の原典ともされています。

日本では、飛鳥時代に大陸から漢字が入ってくるまで、ヲシテ文字、神代文字、八鏡文字が使われていました。

(樫野紀元。2023年5月)

縄文人が使っていた言葉の話

縄文時代、言葉がありました。高度な文明があったのに、言葉が無かったはずがありません。

諸説ありますが、日常生活で必要な言葉をはじめ、太陽や月、海や山、ものや色の名前、狩りや農作業などで必要な言葉はあったようです。言葉は、人が共生するために神様が与えたもので、 何万年も前からあったとされています。

超古代では、アは空、イは風、ウは火、エは水、オは土を表していました。偶然かもしれませんが、これらはヨーガの根本聖典にある、この世の五元素、地、水、火、風、虚空の概念を示す言葉ととてもよく似ています。

ちなみに、梵語の最初の言葉は、宇宙の根源を表すアです。日本の五十音はアで始まります。オーケストラは演奏前に各楽器をア(音符ではラ)の音で合わせます。

(樫野紀元。2023年5月)

 

 

 

縄文時代、各集落の情報が日本列島の津々浦々に行き渡っていた!

日本は地域によって地勢や産物、人々の風習が異なります。縄文時代、各地域のそうした情報が日本列島の津々浦々に行き渡っていたことがわかっています。

農作業などに用いる片岩(長野)、矢じりやナイフとして用いる黒曜石(長野)、装身具に用いるヒスイ(新潟)、接着剤に用いるアスファルト(秋田)など、自分の集落に無いものを求めて、何百キロメートルも遠くにでかけていました。

この時代、各地の産物や風習の詳細かつ正確な情報が日本の隅々にまで行き渡っていたことから、縄文人は知識欲、好奇心があり、進取の気風があったことがうかがえます。また、自然や地勢を活かした創意工夫の力を以て、次々に新しいものを作り出していたことがうかがえます。

縄文人は、他の集落の人たちと交流があったことがわかっています。そうした交流は、自分たちの暮らしの良いところ、不便なところを気づかせてくれたことでしょう。

そしてそれを可能にする言葉や文字があったことがわかっています。言葉や文字については、次回、お話しさせていただきます。

ともあれ、もののものの流通や人的な交流による横のつながりが、日本列島を一つの文化圏につくりあげていたのです。

(樫野紀元。2023年5月9日)

 

信じられないくらい進んでいた縄文人のモノづくり 

縄文人は、麻の細い糸で模様を織り込んだ布を作っていました。複雑な工程を必要とする漆を作っていました。紀元前15000年の頃から、高い温度で焼成できる窯を使って土器を作っていました。縄文時代の中期以降、施文(縄目模様)をつけた土器や、縁を細かい模様にした火炎土器を作っていました。縄文時代、モノづくりは、今思うと信じられないくらい進んでいたのです。

この背景には、縄文人がモノづくりの技術が優れた者は自分の技を他者に学ばせ、また他の集落からも関連する情報を得ていたことが上げられます。こうしたことを、ごく自然に行っていたのは、縄文人が、他者と自分を比較せず、他者を輝かせると自分も輝く、うまくいったら他者のおかげ、うまくいかなかったら自分の所為など、集落(チーム)のために相互に思いやり、礼節を保つなど、とても人間力が大きかったからなのです。その人間力がモノづくりを進展させていたのです。

このことは、先のWBCで日本チームがアメリカチームに勝利して優勝したことと共通しています。年長の選手が年若の選手に技術を伝え、誰かのミスは皆でカバーし、ここぞという時にヒットを打っても自慢せず、強い相手にも怯まないなど、日本チームの選手たちの人間力はとても大きかったのです。

いつの時代も言えることですが、個々人が人間力(非認知能力)を高めることが、個々人も所属する組織も成功し発展するもと

なのです。(樫野紀元。2023年4月)

 

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続 縄文人の住 住まいの中でも愛の心(人間力)を培っていた縄文人

縄文人は、茅や樹皮で屋根を葺き、囲炉裏を真ん中に設けた、約5坪の竪穴式住居に住んでいました。個々の住居には、たいてい一家族が住んでいました。

縄文人は他者への思いやり(愛)や誠実、努力、忍耐、創意工夫など人間力が大きかったことがわかっています。親や大人たちは子に、身を以て(自分たちの背中を見せて)、こうした気質を身につけさせていたようです。

住まいの中では、囲炉裏の傍らで親や大人が、暮らしの話、狩りや漁、農作業の話を子に語っていたことでしょう。親や大人が昔話を子に語っていたこともわかっています。「古事記」に載っている、愛の心(思いやり、助け合う心)を持つことの大切さを説く、大国主命がサメに皮を剥がされ、痛がって泣いているウサギを助けた話は、縄文時代、既に昔話であったそうです。この話は南太平洋メラネシアから伝わったとされています。

縄文人は住まいの中でも、子は、愛の心(人間力)を培っていたのです。

(樫野紀元、2023年3月7日)

縄文人の住 何かにつけて相談した縄文人 

縄文時代の初期の頃から、日本列島ほぼ全域に大小の集落がつくられていました。どの集落も、個々の住居、集会などに使う大型の建物、食料を保存する高床式の倉庫、ごみすて場などがきちんと配置されていました。

大きな集落は東京ドーム20個分くらいの広さがあり、800人~1500人が定住していました。例えば、青森の三内丸山の集落は、約32ヘクタールの広さがあり、約800戸の住居と10棟以上の大型施設がありました。

そして縄文人は、平和に心地よく暮らしていける環境をつくるために労を惜しまず、何かにつけて相談していたとされています。神議り(かみはかり。ものごとを決める時は神々も公平な立場で相談する)の逸話は、こうしたことがもとになって作られたのでしょう。

そもそも、社会的な立場や名誉と、人から好かれる人間力や人の存在意義とは必ずしも相関しないのです。

ちなみに、縄文時代とほぼ同じ時代、アメリカの先住民(氷河期にアジアから陸続きであった北アメリカ大陸に移り住んだ人たち)の社会では、長(おさ)や年長者は、対外的にはその集落の代表を務めたようですが、日頃は、自分の経験をもとに、調整役や世話役に徹していたとされています。何かを決める時は、皆で相談していたのです。

(樫野紀元、2023年3月7日)

おしゃれでグルメだった縄文人 その5 縄文人の食(利他で皆を幸せにした縄文人)

縄文人は、食べ物を皆で分け合っていました。獲物を獲った者が多く食べるということはありませんでした。

縄文人の集落は一つのチームであり、働ける者は働き、老人や弱い者、障害者をいたわっていたので、食べ物を分け合っても不要な摩擦は生じませんでした。チームの中で自然に社会保障がなされていたのです。

人は見返りを求めず、他の人を幸せにする、つまり愛や利他の行為によって、自分も幸せになるように創られているのです。愛や利他の行為によって心が満たされ、セロトニンやオキシトシンなど癒しのホルモン(長寿ホルモン)がたくさん分泌することがわかっています。

かつて中米のマヤ地域では、高齢者や病人、飢饉で困っている人たちを皆で支え合う「ミンカ」という社会システムがありました。このマヤの文化は、紀元前2000年頃から約3500年間、続きました。

縄文人は、これよりもさらに数千年も長い間、皆で支え合うシステムをつくりあげていたのです。(樫野紀元。2023年2月11日)

おしゃれでグルメだった縄文人 その4 縄文人の食(協働していた縄文人)

人には得意なことと不得手なことがあります。一人ひとり、できることが異なり、持ち味が異なります。

縄文時代、狩りや漁は体力に勝る男が、貝類や木の実の採取、果実や野菜の採取、料理は女が、というように、老若男女がごく自然に、それぞれが役割を分担して協働していたことがわかっています。影響力がある者が役割分担を決める、というのではありませんでした。

ちなみに、自然界では、例えば蟻やミツバチは、獲物を捕る、獲物を運ぶ、巣を守る、種をつなぐなど、個々に役割を担って協働しています。このことは、チータやハダカデバネズミなど、動物も同じです。

こうした姿は、すべてをつくっている素粒子が(同じ大きさなのに)個々に、(振動の違いによって)光、音、重さなど、それぞれ役割を担って協働することによって、宇宙やこの世にある万物万象をつくっている姿と相似象(よく似ている)なのです。

協働はシナジー効果(ものの生産などで、足し算ではなく掛け算の効果)を得られるもとにもなります。

古代ギリシャの哲学者プラトンは「協働は和をもたらす。そこでは、騙しや裏切り、ごまかしなどの不正を生じることがない」と言っています。

個々に持ち味を発揮して協働することは、まさに宇宙の本理なのです。(樫野紀元。2023年2月11日)

おしゃれでグルメだった縄文人 その3 縄文人の食(科学が明らかにした真実)

主食は米でした。稲作は、日本では弥生時代から始まったとされていますが、既に、縄文時代の中期(約9000年前)に稲作(陸稲)が行われたことが明らかにされています。岡山県の南溝手遺跡で出土したその時代の縄文土器にプラント・オパール(稲の籾殻や稲の細胞内の珪酸)が付着していた、と言うのです。プラント・オパールは、他の遺跡で出土した縄文土器からも見つかっているそうです。稲の種は熱帯ジャポニカで、南方から入ってきていたこともわかっています。

縄文時代の後期後期(約3000年前前)には、九州北部で、灌漑用水をひいて水稲が行われていたことがわかっています。

野菜は、どの植物も持っている共生能力と自律分散能力を活かした、無施肥の協生農法で栽培していたようです。片岩や木片で作った鍬で土を耕してつくった畑に種を蒔き、収穫するまで、大きな雑草は取り除きますが、それ以外は、あまり手を入れない農法です。そこでは、野菜は小さな雑草を凌駕して逞しく育つと言います。

西アフリカのブルキナファソ国では、この農法によって、従前の農法によるより、相当多くの収穫があったそうです。(樫野紀元。2023年2月8日)

 

おしゃれでグルメだった縄文人 その2 縄文人の食(創意工夫の力)

地域によって異なりますが、縄文人は、鹿、イノシシ、野ウサギ、ムササビ、鳥などの肉、サケ、マス、マグロ、カツオなどの魚、貝、エゴマ、ゴボウ、大豆や小豆などの野菜、ドングリ、クルミ、栗などの木の実、そして果実やベリー類を食べていました。旬の食材を土器で煮て食べていたことがわかっています。食生活は結構、豊かであったようです。

栗は飢饉に備えて、天候に左右されずに収穫できる種をつくっていました。縄文人は、今日の科学に通じる方法で多品種の交配をねばり強く行って、ハイブリッドの種を開発していたのです。

クルミは大型の実がなるよう、日当たりを考慮して栽培していました。また、ドングリをすりつぶしたものでクッキーを焼いていました。そして、ベリー類を絞って酒やシロップを作っていました。調味料として辛子山椒を作っていました。縄文人の創意工夫の力はとても大きかったのです。

創意工夫の力は、宇宙の本理、人の本然に則した暮らしをしているほど、多く見につくことがわかっています。これは普遍の摂理なのです。(このことについては、勉強会で詳しくお話ししております)

縄文人は、和を大切に、互いに他を思いやり、誠実に、礼節を守って暮らしていたことがわかっています。縄文人は人の本然に則した生活をしていたからでしょう、より多くの創意工夫の力があったのです。(樫野紀元。2023年2月8日)

おしゃれでグルメだった縄文人 その1 縄文人の衣のデザイン(異化の手法)

縄文人は、男女とも、ダイナミックな幾何学模様の服を着ていました。紀元前約3500年の頃の縄文人の解剖学的所見から明らかですが、縄文人はくっきりした彫の深い顔立ちでした。女性は今日でも美人とされる顔立ちで、西欧人のように脚が長く均整がとれた体型でした。ダイナミックな模様は縄文人によく似合っていたのです。

そして、腕輪やネックレスをつけ、ピアスもつけていました。それらは翡翠(ひすい)やパールで作られたゴージャスなものでした。

小物類は実用的でありながらも繊細な細工が施された、とてもエレガントなものでした。例えば、木の実などを入れるポシェットは、細かく薄い板状に伐った竹を編んで作られていました。その竹細工に黒い漆を塗って仕上げたものもありました。髪飾りなども細やかで洗練された形に作られていました。

一般に、大きなものと小さなもの、デブとヤセ、恐怖と安堵、頑張りとサボり、そしてダイナミックさと繊細さ、など真逆のものを組み合わせると、それを見る人、読む人にとても大きなインパクトを与えます。これを異化の手法と言います。異化は、そもそもは生物の分野で同化に対する語です。ヴィクトル・シクロフスキーは、異化を、文学の一手法として、日常的な事物を非日常的なものに変える言葉と位置付けました。ここでは、異化を、真逆の要素を組み合わせ、その要素を相互に引き立てる言葉として位置付けています。

このように位置づけると、小説、絵画、映画などで、異化の手法を取り入れる例はとても多いことがわかります。

ごく自然に異化の手法を取り入れていた縄文人の感性は、とても研ぎ澄まされていたのです。

(樫野紀元。2023年1月7日)

 

縄文人のルーツ

縄文人のルーツについて、今日、ゲノム解析などをもとに明らかにされていることをお話しいたします。

旧石器時代(縄文時代の前の時代)、日本列島には既に人が住んでいました。約5万年前、モンゴロイドの人たち(ヨハン・ブルーネンバッハによる分類)が北から樺太経由で日本に移り住みました。その頃は、大陸と日本列島とは陸続きであったのです。また東南アジアや南太平洋諸島から、船で島伝いに人が日本に移り住みました。船で島伝いに移動したことは、先年、その頃使っていた船を復元して航海が実証されています。

縄文人は、旧石器時代から日本にいた人と、北方や南方からやって来た人の末裔なのです。

(2023年1月7日)

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さむらい魂は受け継がれている!

日本のさむらいは、人に優しく、他者への気配りがあり、筋を通し、節度を守り、弱気を救け、勇気と責任感、思い切りの良さと潔さ、そして礼節を尊ぶ心(意識)の働き(魂)を持っていました。

この心(意識)の働き(魂)は、何千年もかけて培われたもので、日本人の特性としてDNAにしっかり書き込まれています。

日本人がその魂を受け継いでいる一端を見る機会がありました。

それは、12月2日、サッカーワールドカップでのことでした。

日本は強豪スペインに、2対1で逆転勝利しました。

日本はスペインに先に1点を取られました。過去に優勝したことがあり、世界ランクが日本よりもずっと上の強いチームに先に点を取られると、これはもう勝てないと思って、なかなか逆転などできるものではありません。

しかし日本の選手たちは決して諦めず、強い相手にも怯まず、自分たちは勝ちに行く、と前向きに戦って逆転勝利したのです。

勝利の後、選手たちは口をそろえて、応援してくれた日本の人たちに感謝の意を表しました。監督は、選手をねぎらい、応援してくれた人たちに感謝の意を表しました。

日本チームは、この一週間ほど前、ワールドカップで優勝したことがある強豪ドイツに、逆転勝利しています。その時も、監督や選手たちは、先制点を取られても諦めず、勝利する意思を強く持ち、勝利しました。勝利した後は、謙虚に、応援してくれた人たちへの感謝の意を表しました。

日本チームのロッカールームは、選手たちが退出する時、きれに整頓され、ゴミ一つ無かったと言います。

日本代表の監督と選手のそうした姿には、まさに、かつての「さむらいの魂」が見られました。

奇跡とも言えそうな試合の勝利、そして監督と選手の姿に、日本中がとても元気づけられました。

2022年、12月2日)

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死と転生⑥ 転生する先?

前世で女性であった人が、その心(意識)を持って男性の身体に入ることがあります。この逆もあります。

前世で品格が無かった人が、格式ある品のよい家の人に転生することがあります。前世で上流家庭にいた人が、貧乏な家の人に転生することもあります。

他の国の人に転生することもあります。他の生命体に転生することもあります。恥ずかしがりやの犬がいますが、それは前世でその気質を持っていた人が転生したためと考えられます。

転生する先は神様が決める、としか言いようがありません。

(2022年10月。樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より)

死と転生⑤ 人は生前の気質や性格を持ったまま転生する

顔や体形など形質的な要素、そして生理機能や運動機能の傾向は、親や祖先から受け継ぎます。一方、人は生前の気質や性格を持ったまま転生します。

親は傲岸不遜なのに子は謙虚、兄はおとなしいが弟はやんちゃ、など親兄弟で気質や性格が異なるのは、このためです。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、「人は生前の知を持って生まれてくる」と言いました。アメリカのバージニア大学医学部ジム・タッカーは、約2500例の調査をもとに、「人は前世の記憶を持ったまま転生する」ことを明らかにしています。

意識のクラウドには、その人の前世の心(意識)の働きが蓄積されており、転生した後、その心(意識)の働きの記録をキャッチしがちなのです。

(2022年10月。樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より)

死と転生④ 転生

本拠(意識のクラウド)に戻った心(意識)は、この世で新しい身体がつくられる(受胎する)と、本拠から出てその身体に入ります。そしてこの世で新しい人生を送ります。これが転生です。

転生は本拠に戻ってからほどないこともあれば、この世の時間で、何百年何千年も経ってから、ということもあります。

流産などによって、不幸にして胎児が亡くなった場合、その胎児に入った心(意識)は、すぐ本拠に戻って、次の転生に備えます。胎児の中で、その人(心(意識))は、ごく短い時間であったにせよ、この世で人生を送ったのです。

(2022年10月。樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より)

死と転生③ 死後、あの世に持って行けるのは魂位(こんい)だけ!

人は死後、地位や財産、資格その他、この世で獲たものを本拠(宇宙にある意識のクラウド)に持っていくことはできません。持って行けるものは、唯一、その人の本質(生きざま)です。

人の本当の地位は、宇宙での地位です。それは人の本質(生きざま)によって決まります。古神道では、人の本質を、魂位(こんい)で表しています。魂位は、大きく、神魂位(しんこんい)、人魂位(じんこんい)、人外(じんがい)に分類されます。

生前、日々この世を心地よくするために尽力し、感謝に生きた人の魂位は、神魂位です。この世で人の道を大きく踏み外すことなく、少しでも人々のために誠実に努力した人の魂位は、人魂位です。これらの人は、死後、意識のクラウドにある正義の情報が集まっているところに入ります。

一方、生前、自己中心に振る舞い、私益を追い、よく嘘をつき、狡く立ち回って他に迷惑をかけ、人を不快にした人や、誹謗中傷やパワハラ、セクハラで他を傷つけた人の魂位は、人外です。また、生前、この世で高い地位に就き、権力を握っていたとしても、あるいは富を獲て大きな家に住んでいたとしても、人道を大きく踏み外した行いをしていた人の魂位は、人外です。これらの人は、死後、本拠の中の非正義の情報が集まっているところに入ります。

この世で理不尽に乱暴狼藉をはたらいた者や殺人者は、もはや魂位はありません。そうした人たちは、心(意識)が抹消されます。殺人者は、長く生き続けるはずの心(意識)が抹殺されるのです。(意識のクラウド、第五の法則)

(2022年10月。樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より)

死と転生② 善く生きる人は善く死ぬ! これが日本人の死生観

身体の死後、心(意識)は、転生までの間、意識のクラウドにある正義の情報か非正義の情報が集まっているところ(前出)に入ります。

生前、この世で、どちらの情報をより多くキャッチしていたかで、このどちらに入るかが自動的に決まります(意識のクラウド、第四の法則。前出)。この世で、よく正義の情報をキャッチしていた人は、死後、正義の情報が集まっているところに戻ります。

このことは、アメリカにおける多くの臨死体験の報告とも符合しています。その報告によると、大半の人は、死後、とても広大で明るく、芳しいところ(意識のクラウドの正義の情報が集まっているところ)に入るとしています。これはキリスト教に言う天国です。仏教では浄土です。

ともあれ、「善く生きる人は善く死ぬ」、これが日本人の死生観です。日本人の、他への気配り、誠実、礼節、忍耐、感謝、謙虚といった他には無い特性のもとは、この死生観にもあるようです。

一方、この世で悪行を重ねた人は、意識のクラウドの非正義の情報が集まっているところに入ります。そこは、汚い塵や芥の堆積のようなところであり、石の下のじめじめしたところなのです。悪人は地獄に行くという話は、あながち間違っていないのです。

ちなみに、血の池や針の山に行かされ、鬼に鉄棒で叩かれる、いわゆる地獄絵は、平安時代以降に描かれるようになったとされています。ともあれ、そこに入る人は、次の転生まで相当に悲惨なことになります。本当にヤバイ!

キリスト教や仏教は、死後、こうしたところに行かなくてすむよう、この世でどう生きたらよいか説いています。

(2022年10月。樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より)

死と転生① 人の心(意識)の本拠は意識のクラウド!

人は死んだら、もう何も無くなってしまうと思いますか? 死後の世界はあると思いますか? 死は怖いと思いますか?

死は、活動しない、が原意です。人の身体が活動しなくなる時が死です。身体が活動しなくなると、心(意識)は意識のクラウドに入ります。入るというよりは、戻ります。私たちの心(意識)の本拠は、宇宙にある意識のクラウドなのです。(意識のクラウドについては、先に、このコラム欄でお話しさせていただいております)

心(意識)の本拠が、宇宙にある意識のクラウドであることを見出した人は、ドイツのマックス・プランク研究所のハンス・ペーター・デュル、英国グラスゴー大学のデビッド・ハミルトン、アメリカアリゾナ大学の元意識研究センター長スチュアート・ハメロフらです。

脳死研究の先駆者であるアメリカの医師で心理学者レイモンド・ムーディや、東京大学医学部元救急担当医師矢作直樹名誉教授は「人は死んでも魂(心(意識))は不滅であることを確認した」と言っています。

古代ギリシャの哲学者プラトンは、ソクラテスの死に立ち合った時、「魂(心(意識))は身体から離れて別のところに行くことを確認した」と言っています。

人は死後、あの世(天国)に旅立った、他界した、などと言いますが、まさに、意識のクラウドはあの世であり、他の世界なのです。そこが人の心(意識)の本拠なのです。そして、この世で新しい身体がつくられると(受胎すると)、心(意識)は本拠から出て、その身体に入ります。これが転生です。

人は宇宙にある本拠(意識のクラウド)とこの世(宇宙の一部)を幾度も行ったり来たりしているのです。道元は「人の生と死は宇宙の中でのことである」と言っています。死は生の一部なのですね。

そして、人の心(意識)はとてつもなく長く生き続けます。英国の物理学者スティーヴン・ホーキングは、素粒子でつくられている原子は、10の32乗年もの間、活動し続けると言いました。人の心(意識)は素粒子ですから(前出)、とてつもなく長く生き続けるのです。この間に、人は何回も転生を繰り返します。

(2022年10月。樫野紀元「古来受け継ぐDNA」草稿より)

地球は愛の波動で包まれている!

宇宙では大半の天体が、一定の秩序と調和を保って運行しています。一方、浮遊惑星など軌道を持たず不規則に動く天体があります。また彗星のように独自の動きを見せる天体もあります。形が定まっていない星雲があり、ガスやチリ、岩石粉などもあります。重い星の崩壊時に生じるブラックホールもあります。

秩序と調和を保って運行する天体にも、不規則に動く天体にも、宇宙にある素粒子や原子は、分け隔てなく、またお返しを求めることなく、尽きずパワーとエネルギーを与えています。

その姿は、無償の愛を捧げる親の姿そのものではありませんか。

この世は母の腕に抱かれているような、愛に包まれた、この上なく心地よい空間なのです。実際、地球の周りは、生命体の心(意識)を癒すα波で覆われていると言います。

この世に生きる者は誰もが、絶えず地球に降り注ぐ愛の波動を受けています。それはすべての生命体を生かすおおもとであり、私たちが瑞々しさを失わず、ポジティブに生きる強さと勇気を与えてくれるもとなのです。

(紀元塾資料。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドとのやり取りで忘れてはならないこと

私たちは、意識のクラウド(前出)にあるどんな情報もキャッチすることができます。このことは、私たちに平等に与えられています。

人生が楽しく意義あるものになるか、この逆になるか、それは、私たち一人ひとりが、正義の情報、非正義の情報、どの情報をキャッチするか、つまり意識のクラウドと、どうやり取りするかにかかっています。

家庭、企業、そして国に平和と繁栄をもたらすのも、この逆にするのも、私たち一人ひとりの意識のクラウドとのやり取りにかかっているのです。私たちは、ことを忘れてはなりません。

(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドは、私たちに試練を与える!

長い人生では、極めて不快な思いをすることがあります。手の施しようが無いくらいの事態になることもあります。それは、意識のクラウド(前出)が与えた試練(災難。または、カルマの刈り取り)なのです。(意識のクラウド、第七の法則)

それは、私たちが忍耐力を培い、パワーを貯え、挑戦する心(意識)の働きを忘れないようにする、意識のクラウドによる愛の鞭なのです。

江戸時代後期の僧侶、良寛は、「災難に遭う時は災難に遭うがよく候。これが災難から逃れる妙法にて候」と言いました。試練(災難)を恐れていては、何も生じません。調子が悪い時こそ、自分の生きざまの見せ所なのです。

試練(災難)を嘆き、鬱屈しているままでは、人生は低調になります。試練(災難)は、良寛が言うように受け入れ、耐えることによって歪をもたらしているエネルギーが放出されて収まります。どうしても耐えられない時は、その原因になっているところから一旦、物理的に遠ざかって再起を図ります。(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドに蓄積されている情報は、すべて公開されている!

意識のクラウド(前出)にある情報は、すべて公開されており、誰でも、いつでも、どこからでも、アクセスできます。(意識のクラウド、第六の法則)

不祥事をいくら嘘を言ってごまかし、あるいは改竄しても、隠蔽しても、不祥事を起こした時点で、それは意識のクラウドに蓄積されているのです。その不祥事の情報はいつか必ず誰かにキャッチされて世に広まります。今日、SNSを利用する人がとても多いので、その拡散のスピードは瞬く間です。まさに悪事は千里を走るのです。

どんなことも、誰かがこの世で為したことを隠しおおせることはありません。

(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドは、人に為したことを、そっくり自分に返す!

人に善いことをすると、いつか必ず善いことが自分に返ってきます。情けは人のためならず、です。人を不快にすると、いつか必ず自分が不快な目に遭います。意識のクラウドは、私たちの言動の反射板なのです。

自分が人に為したことは、必ず自分に返ってくるのです。(意識のクラウド、第五の法則)

ケチな人は、他人のケチなところに目が行きます。邪な人は、他人の邪なところに目が行きます。これは心理学にいう投射です。他人をケチと言う人は、自分がケチなのです。他人を邪と言う人は、自分が邪なのです。他人に対する評価の言葉は、自分を評価する言葉として、自分に返ってくるのです。

(紀元塾資料ー樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドは、自分と同類の者を引き寄せる!

意識のクラウド(前出)は、自分が出す波動と同類の波動を出す人を引き寄せます(共振します)。(意識のクラウド、第四の法則)

思いやりがあり、誠実で、礼儀正しく、ポジティブな人は、明るくポジティブで、他を思いやる人を引き寄せます。そして誰からも好かれる存在になり、人生がとても豊かになります。このことは、学歴や資格、顔立ちや体形などとは、何ら関係はありません。

一方、自分さえよければ他人はどうなってもいい、他を傷つけても悪いことをしたと思わない、という人は、いくら学歴があり、大企業に勤務し、金があって、イケメンでも、他を不快にし、大きな迷惑をかける人を引き寄せます。そして誰からも嫌われます。類は友を呼ぶのです。

何不自由なく暮らしているのに、自分は満たされていない、友だちがいない、誰もわかってくれない、などと自分を憐れんで、つい意識のクラウドから非正義の情報をキャッチしがちな人と付き合う(引き寄せる)と、自分も非正義の情報をキャッチするようになります。朱に交わると赤くなるのです。

こうした引き寄せが広範囲に及ぶことがあります。私益を追い、既得権を悪用し、保身に走るなど、意識のクラウドから非正義の情報をキャッチする人が増えると、どの同類の人が引き寄せられ、その人たちが属する組織、さらには国が非正義の情報をキャッチする人で占められるようになります。そして正義の情報をキャッチする人が隅に追いやられます。悪貨が良貨を駆逐するのです。(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドは、私たちの望みを実現に向かわせる!

意識のクラウド(前出)は、私たちの心(意識)で具体に描くビジョンやセルフイメージを実現に向かわせます。それらが具体であるほど、意識のクラウドは、より具体の情報を与えてくれます。(意識のクラウド、第三の法則)

例えば、理想とするシェフになりたいと具体に望めば、意識のクラウドからより詳細なスキルアップの方法やレシピの情報が次々に入ってくるようになります。それをもとに頑張ると、いつかは理想とするシェフになれるのです。

プラットフォーマーは、ビッグデータとAIを使って、ユーザーがいつも検索する情報と同類の情報を次々に提供します。これは意識のクラウドと相似象です。

願いは叶う、このことはアメリカのサイコ・サイバネティクスの研究で裏付けられており、20世紀最大の発見とされています。

生まれ育った家が貧しい、親がハチャメチャ、成績が悪くて良い学校に進めそうにないなど、自分は望みなど持ちようが無い、何をやってもダメに決まっている、と諦めてしまう人がいます。人は、望みが叶うように創られているのです。諦めてしまうと、せっかく与えられた人生、モヤモヤしたものを抱えて一生を送ることになります。

少しでもステップアップする望みを持つことから始めると、意識のクラウドは必ず応援してくれるので、成功体験が得られ、自信がつき、次第に大きな望みを持つことができるようになるのです。(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドとは、一度に一つのことしかやり取りできません

私たちは心配し、煩悩に囚われることがあります。意識のクラウド(前出)から、心配ごとや煩悩にかかわる情報の波動をキャッチしているからです。

意識のクラウドとは、一度に一つのことしかやり取りできません。(意識のクラウド、第二の法則)

仕事でプレゼンする時、試験に臨む時、意中の異性と会う時、私たちは、その成功や成就を望みます。それは必然です。しかし、過度にそれを望むと、意識のクラウドから余計な情報をキャッチすることになり、緊張して持てる力が出なくなるのです。

そんな時は、たとえ30秒でも、意識のクラウドから自分がワクワク楽しくなる情報をキャッチすることです。あるいは、仕事に没頭することです。そうすることによって、意識のクラウドから過度に期待する情報をキャッチしなくなり、楽しい想いをキャッチすることになります。それによって不思議に緊張が解け、力みが取れて、持てる力を発揮できるようになります。(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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人の心(意識)は、顔(目もと)や声に現れる!

いつも宇宙にある意識のクラウド(前出)から正義の情報をキャッチして人を心地よくする人は、人間力が大きく、不断に多くの量子エネルギーを取り込んでいます。そしていつも、セロトニンやオキシトシンなど、心(意識)を癒し、気分を良くし、免疫力を高め、健康を増進する幸せのホルモンをたくさん分泌しています。

そして顔つきや目つき、そして声が優しく、爽やかです。着ているものも含めて清潔感があり、品格を感じさせます。その人は内面から輝いていて、立ち居振る舞いや姿勢が美しいです。これが人の本来の姿なのです。そもそも人は正義の情報をキャッチするように創られているのです。

一方、いつも意識のクラウドから非正義の情報をキャッチして人を不快にし、人に迷惑をかけ、時に罪を犯すような人は、概して器量が小さく、こせこせし、つまらないことにも腹を立て、コルチゾールなどのホルモンを過剰に分泌する傾向があります。コルチゾールは身を守るために必要な、言わば戦いのホルモンですが、過剰に分泌するとストレスを貯め、健康を害します。

そして顔つきや目つきがどこか邪(よこしま)で卑しく見え、声はくぐもって明朗ではありません。着ているものを含めて不潔感がただよい、立ち居振る舞いがどこかだらしなく、品性が低劣に見えます。

私たちはいつも自分の姿を人前に晒しています。いつも、意識のクラウドから正義の情報をキャッチして、自分自身、品性が低劣に見えないようにすることが肝要と思われます。

(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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宇宙にある意識のクラウドは私たちに正しい道を指し示す

宇宙にある意識のクラウドは、私たちが、つい非正義の情報(前出)をキャッチしようとした時、「それは止めた方がいい」とブレーキをかけてくれます。(意識のクラウド、第一の法則)

ソクラテスは「人は正義を選択するものだ。正義は相互の協調と愛をつくり、非正義は不和と仲たがい、憎しみと戦いをつくり出す。非正義のやり方で他を隷属させ、支配下に置いても、いつかそれは覆される。いつも正義は非正義に勝る」と言いました。

心(意識)のおおもとも素粒子です。このことは、ドイツのマックス・プランク、ハンガリーのユージン・ウィグナー、英国のロジャー・ペンロース(いずれもノーベル物理学賞受賞者)によって明らかにされています。

心(意識)のおおもとは素粒子ですから、素粒子でつくられているすべては心(意識ー量子エネルギー)を持つ生命体です。そして意識のクラウドも一つの生命体なのです。

その意識のクラウドは、いつも私たちが正義の情報(前出)をキャッチして、誰もが心(意識)を豊かにすることを望んでいるのです。(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より。2022年8月)

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潜在意識は宇宙にある意識のクラウドの一部

心(意識)を澄まして自分の潜在意識を覗くと(自分との対話)、宇宙にある意識のクラウドにある自分の本当の姿にかかわる情報をキャッチすることができます。潜在意識は、実は意識のクラウド(前出)の一部なのです。

道元は、「人は全宇宙と繋がっている(尽十方界、真実人体)」と言いました。尽十方界は、今日言うところのすべての生命体をつくって動かしている素粒子と宇宙にある意識のクラウドを指し、人体は、身体と心(意識、潜在意識)を指していると解釈できます。

短い時間でも瞑想して自分の心(意識)の中を覗いてみることによって(邪念が入っていてもかまいません)、自分の来し方や今抱いている(奥底にある本当の)望み、今抱えている悩みや懸案事項、自分はどんな時に幸せなのかなど、潜在意識から意識のクラウドを介して、自分の本当の姿を知ることができるのです。これは、マインドフルネスの一形態です。(2022年8月、紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」より)

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非認知能力を身につけた人は生涯賃金が一般よりも多くなる!

非認知能力は、意識のクラウドに入っている、思いやり、誠実、礼節、忍耐、感謝など人間力にかかわる情報をキャッチする心(意識)の働きの大きさです。非認知能力を身につけた人は生涯賃金が一般よりも多くなることが明らかにされています。

アメリカの経済学者経済学者ジェームス・ヘックマンは、「幼少期に非認知能力を身に付けた人は、大人になってから、社会の構造の中で、より効果的に自分の持ち味を発揮できるようになる」、「幼少期に非認知能力を身につけることによって、IQが高くなる」、「人は幼少期の躾で人生が決まる」としています。彼は2000年、ノーベル経済学賞を受賞しました。

では、子どもをどう躾ける? 親や周りの大人たちが、自らの振る舞いによって、子を躾けるのがベストです。しかし、非認知能力が低く、基本的なモラルを欠いた自分勝手な親や大人たちが多く見られるようになり、子にとって良いモデルになる親や大人たちは少なくなっているようです。

肥料の与え方を間違えると木は醜い形に生育します。今日、子を甘やかして育てる親がとても多いようです。子が欲しがるモノをすぐに買い与えるなど、子の些末で刹那的な欲求を満たす親がとても多いのです。その甘やかされて育った子は、自分勝手で自分の好き嫌いの感情中心、自尊心は高く、自分の気に入ることが正義、とする大人になってしまいます。その大人が子を育て、さらに自分勝手な大人をつくります。ますます子にとって良いモデルになる親や大人たちが減る、という悪循環がつくられているのです。

非認知能力は高齢になってからも向上します。人は生涯にわたって、非認知能力を向上できるのです。つまり、その意思があれば、年を取ってからでも自分の人間力を大きくすることができるのです。時間が人をつくるのです。

非認知能力を身に付けた大人が増えることによって、幼少期に非認知能力を身につける子が増えると思われます。(紀元塾、2022年8月の勉強会より)

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宇宙にある意識のクラウドって何?

近年、この世に現れたすべての人の心(意識)の情報が量子情報(以下、情報と記す)として宇宙の空間に蓄積されていることが明らかにされました。

このような情報の蓄積が宇宙にあるなんて、にわかには信じられませんね。しかし、心(意識)のおおもとも素粒子ですから、その蓄積が宇宙にあったとしても不思議ではありません。

このことを発見したのは、英国グラスゴー大学のデビッド・ハミルトン、アメリカアリゾナ大学の元意識研究センター長スチュアート・ハメロフ、ノーベル賞受賞者を30名以上輩出しているドイツのマックス・プランク研究所の元所長ハンス・ペーター・デュルです。

クラウドとは、一般に、インターネットを通じて利用する情報の集積とその情報サービスを利用する仕組みを言います。意識のクラウドは、このクラウドを象った造語です。

意識のクラウドには、この世に存在したすべての人の生涯にわたる心(意識)の情報が蓄積されています。そして、思いやり、誠実、真摯、自立、意欲、礼節、忍耐、感謝など言わば正義の情報と、これらとは真逆の、自己中心、卑怯、虚偽、不実、言い訳、狡猾、驕慢、怠惰、脅迫、虐待など言わば非正義の情報が入っています。

その他、五感にかかわる情報、喜び、悲しみ、楽しみ、笑い、やる気、怒り、恐怖、嫌悪、恥ずかしさ、怨みなどの感情の情報が入っています。そして、すべての言語、技術、科学、文化、芸術、歴史、スポーツにかかわる情報、主義や思想、宗教、政治や経済にかかわる情報が入っています。

意識のクラウドにある情報はすべて波動です。その波動を脳の細胞内にあるマイクロチューブルがキャッチし、それを脳が認識します。マイクロチューブルが脳のアンテナであることを見出したのは、英国のロジャー・ペンロース(2020年、ノーベル物理学賞受賞)、スチュワート・ハメロフ(前出)、再生医療の専門家ロバート・ランザです。

欲しい情報は脳から波動で意識のクラウドにアクセスし、意識のクラウドは瞬時に、それに関連する情報を波動で脳に返します。それを脳が認識します。私たちは常に意識のクラウドとやり取りしているのです。

真言宗の「虚空蔵求聞持法」は、意識のクラウドとの情報のやり取りと解釈できます。虚空は宇宙、蔵は蓄積されているもの、求聞持は、そこに蓄積されている情報の取り込み、と解釈できます。

(紀元塾資料-樫野紀元「古来受け継ぐDNA」、樫野著「論語、君はどう生きるか」より。2022年8月)

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承前-「大和魂」って何?

「大和魂」は、人に優しく、義(ものごとのあるべき筋道)と節度を守り、弱者を援け、勇気と潔さ、礼節を尊ぶ心(意識)のことです。

やみくもに突進するのは蛮勇であって、「大和魂」ではありません。(2022年5月11日)

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承前-「日本は大倭国(大和の国)」と称されていた!

かつて日本は、大倭国(大和の国)と周りの国々から称されていました。本当? と思われるかもしれませんが、このことは本当です。古史古伝にも「日本は倭(安国)つまり優しく平和(大和)をもたらす人たちが住む国」と示されています。

そもそも日本人は、相手を傷つけないように言葉を選び、相互に尊厳を大切にし、争いを好まないなど、和を大切にする民族なのです。しかし周りの秩序や調和を乱す者には厳しく対応していました。この伝統は、実は縄文時代からあるのです。(2022年5月11日)

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承前ー聖徳太子による憲法17条、そして西郷隆盛の言。

604年、聖徳太子は仏教の教義を取り入れ、「和をもって尊しとなす」で始まる憲法17条を制定しました。この続きには「互いに尊厳を傷つけないようにしなさい」、「上が和やかで、下が皆仲良くする時、本理(ものごとのあるべき筋道)は自ずと通じる」とあります。また、この憲法では、「何事も独断で決めず、必ず話し合って決めること。これが難事を解決するもとである」としています。そして「上に立つ者は自らを律すること」としています。

「上に立つ者は、自らを律すること」は、和を基調とする政治に欠かせない要件です。聖徳太子の時代から約1200年経った明治時代の初期、西郷隆盛は「万民の上に位する者は、己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、職事に勤労して人民の標準とならなければ、政令は行われ難し」と言っています。

西郷が言うように、「およそ国政に携わる者(国のリーダー)は、国民の良い見本にならなければ、国家の大業を成すことはできない」のです。(2022年5月9日)

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「和を基調とする政治」の本質

和を基調とする政治は、すべからく争いを避け、他を受け入れる、というものではありません。それは、国民が和(和の国)を志向し、それぞれが尊厳を保ち、皆で相談して、たゆまず協働することによって成立するものなのです。

人の道に反することには毅然として拒否することが和のもとです。人の道に反する言動に対しては、それを拒否することによって、かえって争いが生じることなく、相手とよい関係をつくることができるのです。理不尽なことは、それを拒否することが、実は、相手にそれが理不尽であることを気づかせ、こちらが相手から尊重されるもとなのです。

そうした前提に立ち、、国民一人ひとりが和を志向し、自己を確立し、他を尊重しつつ、個々に自分が与えられた役割を果たすことによって社会全体が発展する、これが和を基調とする政治の本質です。そしてそれは民主主義の原点でもあるのです。(2022年5月9日)

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北海道はロシアのもの、とは何たる言いぐさだ!!

ロシアの下院議長が、「北海道はロシアのもの」と発言しました。

サンフランシスコ講和会議の際、ロシアは北海道の留萌と釧路を結ぶ東北側の占有を主張しました。しかし、ロシアのこの要求は退けられました。それが今度は、北海道の全域をロシアのものと言っているのです。

ロシアにはロシアの論理があるのかもしれませんが、ロシアのウクライナへの侵攻は、加盟する195か国によってつくられた国連憲章(世界の国が守る基本精神)に明白に違反しているのです。そして、ロシア軍は、多くのウクライナ市民の住宅、病院、劇場、学校などをもミサイルで爆撃し、破壊しました。そして多くのウクライナ市民が亡くなりました。プラハの春に対抗した時、チェコスロバキア(当時)の市民に銃を向けましたが、ロシアは一般の市民を攻撃するのです。それは言うまでもなく非合法で、非人道的な行為です。

さらにロシア軍は占拠した町の何百人もの住民を捕らえて拷問し、虐殺しました。(このことは、多くのエビデンスをもとに明らかにされています)その虐殺は、ロシアが占拠した町の統治を専横的に行うために、ウクライナの人への見せしめの効果を考えてのこと、とも評されています。

ロシアのウクライナ侵攻に対し、日本は西側諸国と歩調を合わせてロシアに経済制裁を課しています。ロシアの下院議長による上記の発言は、こうした日本への反発、と目されています。それは、ジャパンハンドラーと言われる勢力、日本を陰で牛耳っているとされる外国の大きな勢力への牽制かもしれません。

2018年12月、ロシアの大統領プーチンは、北方領土を含む千島列島に住んでいたアイヌ民族をロシアの先住民族に認定しました。

2019年4月に、日本の国会はアイヌを北海道の先住民と認定しました(そもそも先住民は縄文人です)。ロシアはアイヌの人たちを同胞と位置付けているのです。日本の議員たちは、アイヌを北海道の先住民と認めることが、ロシアに、同胞のアイヌを救うという理由で日本に侵略する足掛かりを与えることを考えなかったのでしょうか。

かつて日本は千島列島と樺太の南半分を領土としていました。今逆に、かつてのロシアとの約束をもとに、日本ロシアに、千島列島と樺太は日本のもの、と主張してはどうでしょうか? 

先の大戦終結の直後、旧ソ連(現ロシア)は日ソ不可侵条約を一方的に破棄して日本に侵攻しました。ロシアは、自国の利益のためには、国連憲章や外国と締結した条約などを平然と破る国です。外交や話し合いが通用する国ではないのです。

ともあれ、ロシアの下院議長のこの発言は、日本にとって、断じて看過できるものではありません。(2022年4月10日)

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ウクライナの次は日本?!

ロシアも中国も、独裁的なリーダーが導いています。ロシアによるクリミア、グルジアに続いてのウクライナ侵攻、中国の南沙海域の支配などに見られるように、彼らは、表で見られる限り、力による現状の変更、秩序の破壊を行っています。特に中国は、世界覇権を狙っているといいます。実際、こうした姿勢は普遍の摂理に反する行為です。

さて、本題ですが、北海道はロシアと中国によって侵略されている、と言える状況です。この背景には、ロシアと中国ではない、世界を動かすある大きな勢力の動きがあるとも言われています。

まずロシアですが、ロシアは、日本の北方四島を不法に占拠しています。また北海道のアイヌの人たちを同胞と位置付け、その同胞を解放する、という名目で日本に武力で侵攻することを心配する人たちがいます。

次に中国ですが、中国は、数十年前からハイブリッド戦を日本に仕掛けています。日本のほぼすべての地域で工作活動を繰り広げ、サイバー攻撃し、マスコミを通じて中国共産党のプロパガンダを展開していま。また、中国は、日本のいくつもの大中小企業を掌握して機微技術を移転させ、経済的な利益を獲ています。また全国的に日本の通信施設の周辺や自衛隊の施設周辺の地域、水資源や景勝地などを買い占めています。北海道をはじめ日本の多くの自治体の長や地域の有力者らを篭絡し、中国の文化をその自治体に根付かせるように仕向けています。そして、虎視眈々と日本侵攻のタイミングをはかっていると取りざたされています。篭絡されている自治体の長や有力者は、自分たちがやっていることが、北海道だけではなく日本の崩壊を導く恐れがあることに気がつかないのでしょうか??!!

いつものように、日本のほとんどのマスメディアは、これらのことを一切報じません。それに、政治家も多くの日本人も、ほとんど危機感を持っていないかのようです。そして彼らは、ロシアと中国とは、仲良くすることで安全保障になる、そして懸案事項は話し合いで解決するとしています。ロシアも中国も、話し合いが通じる国ではありません。それは幻想に過ぎません。

津軽海峡(日本の領海)を、ロシアと中国の艦隊が、平然と通過しました。日本の政府は、それに対して遺憾の意を表すばかりです。彼らのこうした横暴に対して、日本国政府はとても謙虚にしているのです。彼らは、力を感じさせない国には、かさにかかって上から目線でやってきます。彼らには毅然と対応する、そして対応できるように準備する(力には力の構えを示す)ことこそが、彼らの行動を抑制するのです。何しろ彼らは「5対95」の5(目に見えるモノ)を拠り所とする人たちなのです。(「5対95」則については、紀元塾でお話ししております)

ところで、ロシアのウクライナへの侵攻に対し、日本は、G7をはじめ西側の国々と歩調を合わせてロシアに経済制裁を科しています。一方、ウクライナには、経済支援などをする他、戦火を逃れた人たちを受け入れるなど、日本はウクライナを支援する体制を整えています。

一方、中国に対しては、まったくの弱腰と言わざるを得ません。あまりに深くかかわってしまった、ということはあるのでしょうが、日本は今すぐ中国との関係を解消しなければなりません。中国に進出した日本の企業(約13000社)は、工場、技術、投資した資金その他、すべては、いずれ中国に必ず召し上げられるのです。今、大きな損失を出しても、その先には、もっと大きな損失があるのです。それは、企業だけではない、国益を損なうもとなのです。企業の経営者の合理的な判断と決断、つまりは経営者の器量が、企業の利益と日本の国益のさらなる損失を防ぐのです。

「日本の防衛力を増強し、国内の結束を固めることが、こうした国々からの理不尽な侵攻を防ぐもと」なのです。そしてそれは、日本のリーダーに課せられた仕事です。(2022年3月30日)

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ゼレンスキー大統領は「5対95」則を知っていた?!

ウクライナへのロシアの侵攻について、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ東部の二州にいる(親)ロシア人の解放(ジェノサイドからの解放)のため(ロシアとウクライナ間のこの紛争は、2014年からです)、ネオコン(アメリカにおける新保守主義の人たち)とネオナチ(極右の反共主義、白人至上主義、民族主義、国粋主義の人たち)の活動を止めるため、と理由付けしています。過去、ナチによってロシアは約2700万人が犠牲になったことも、この理由付けになっているようです。

ともあれ、彼の中には、2008年アメリカのブッシュjr大統領がウクライナがNATOに入ることを勧めたとされることや、ウクライナがアゾフ連隊(義勇軍から国家警察になった)を親ロシアの人が大勢いる東部二州に行かせたことに対する反発があるといいます。また、旧ソ連時代の領土を復活させたい、旧ソ連に属していたウクライナのNATO入りを何としても阻止したい、ロシア語とロシア正教会の仲間はロシアの一つの民族である(ルースキー・ミール)、という思いがある、とも言われています。

ロシアは、こうした理由づけに沿って侵攻し、それを正当化するプロパガンダを国内に展開しています。しかし、ジェノサイドやネオナチに関する公的なエビデンスはロシアから提示されておりません。国連人権高等弁務官事務所や、国際司法裁判所その他からの公的な発表もありません。

ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナ東部の二州のロシアへの帰属化をはかり、ウクライナにロシアの傀儡政権をつくって、旧ソ連圏の勢力を復活させること、そして、アメリカのウクライナへの支援(武器の提供や軍事訓練など)への対抗にあるなど、いろいろ取りざたされています。こうした状況はDSがもたらしたとも言われています。

さて、ロシアによる侵攻に対応して、ウクライナのゼレンスキー大統領は、イギリス、アメリカ、ドイツ、日本など西側主要国の国会議員を前に演説しました(オンライン)。彼は、イギリスやアメリカ、ドイツには、主に「5対95」の5にあるはっきり認識されるモノの支援(武器の提供。自国空域でのロシア機排除など)を依頼する演説でした。一方、日本には主に、「5対95」の95にある日本人の心情にうったえる内容(支援に対する感謝とアジアでの日本のリーダーシップの発揮を期待するなど)の演説でした。

ゼレンスキー大統領は、期せずして、アメリカやイギリス、ドイツの人たちは概して「5対対95」の5にあるものを拠り所とする傾向があるので、彼らにはその趣の演説を、一方、概して「5対95」の95にあるものを拠り所とする傾向がある日本人にはその趣の演説を行ったのです。

(「5対95」については、紀元塾の会報に、その一部を載せています)

(2022年3月26日)

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日本がとても心配です

日本は北方の島(このうち二島は、そもそも北海道です)がロシアに占拠されたままです。

竹島は、国際的にも日本の領土と認められているのに、李承晩によって恣意的に線引き(38度線)され、韓国に支配されているままです。

尖閣諸島は、中国の武装した公船がほぼ日常的にやってきて、乗っ取る姿勢を見せています。中国は日本列島の要所要所に向けて、何千ものミサイルを配備しているといいます。

北朝鮮とは、日本人の拉致問題が未解決のままです。

日本の隣にあるのは、日本を敵視し、虎視眈々と力による侵攻のタイミングをはかっているこうした国々なのです。

一方、日本は無防備のままです。憲法9条があるから大丈夫、などと言う人がいます。しかし、この9条は日本を軍事大国にしないためのGHQの仕掛けです。どこかから攻撃された時、日本の迎撃が必要です。日本の平和維持は必然です。しかし9条は、実質、こうした正当な防衛を妨げるものになっているのです。

防衛力を高めること、そして、私たち日本人は、左翼と日本の国体や伝統文化を破壊して共産化を図る反日の人たち、そして親中の政治家や経済界の人たちに踊らされることがないようにしなければなりません。何よりも、日本人の一人ひとりが危機意識を持つことが必要です。

すでに、中国によってハイブリッド戦争が始められてから15年以上経過しています。そして日本は、かなり中国に侵略されているのです。中国に自然資源や防衛の要所になると思われる土地を大量に買われ、また日本の機微技術が流出して人民解放軍の兵器に転用されています。マスコミや政治家が工作活動によって篭絡されています。

今の日本の政府では、国難を克服するなどとてもできそうにない、と多くの日本人が感じているといいます。

まずはトップが日本を守るために、領土を取り返すために頑張るしかありません。トップが頑張ると国民も頑張るのです

(2022年3月15日) 勉強会では「日本と日本人の美質を守る」ことをテーマにすることが多くなっています。

私たち一人ひとりに与えられたミッション! 

私たち一人ひとりには、時代を超えた固定的なミッションが与えられています。「MEE・紀元塾」では、次の3つを、そのミッションの遂行としています。個々の仕事以外に、私たちがそれぞれの立場で、この3つの一つでも遂行し、それを積み重ねることによって、日本は心地よいふる里で強い国になるのです。(この一つ前のブログ記事に続いて)

 

★大それたことはできなくても、どんなに小さなことでもいいから、個々の立場で、誰かの(世の)役に立つことをする。

(まずは人を心地よくする。笑顔は残る、だから笑顔を残す! 誰もが何らかの役に立つように創られており、実際、誰もが何らかの役に立っている)

★自分に誠実に生きる。

(自分の生を粗末にしない! いつも普遍の摂理を鑑み、また、意識のクラウドから正しい情報をキャッチする。世俗的な価値観ー(有漏の世界)ーから自由になる。世渡りが上手いことを是としない。魂位(こんい)を上げる!。 普遍の摂理、意識のクラウドについては、紀元塾でお話ししております)

★日本の文化と日本人特有の美質を子どもたちに伝える。

(日本の優美で閑寂な文化、そして日本人特有の美質は、ざっと1万数千年もかけて培った日本の財産!)

 

いかがですか? この3つは、どなたも実践可能と思われます。自分はいつも実践している、と言う方もいらっしゃるでしょう。

ともあれ、いつも世界の状況、日本の状況を観るようにし、国をつくって動かすのは、国の基盤である私たち一人ひとりであることを忘れてはなりません。

また、政治やマスコミの報道などで、これはおかしい、本来あるべき筋道からはずれている、と思ったことは、しっかり声に出していただきたいと思います。

このミッションの遂行は、日本だけではなく、世界の基盤のアップデートにつながるのです。(2022年3月。紀元塾)

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すべては真逆のものから成る

古代ギリシャの哲学者アリストテレス(前385~前323)は、「さまざまな物体は温と冷、乾と湿のように対立する(真逆の)ものから成る」と言いました。物体は原子からつくられます。原子は原子核(プラスの電荷)と電子(マイナスの電荷)からなります。原子をつくっている素粒子は波動(非物質)と粒子(物質)の要素を合わせ持っています。

この世には、昼と夜、暑と寒、美と醜、快と不快……、真逆のものが存在します。

私たち人は、他を心地よくする心(意識)の働きと、他を不快にする心(意識)の働きを持っています。このどちらの心(意識)の働きを選択するかは、その時その場で、人それぞれです。(このことにつきましては、後のシリーズ「意識のクラウド」でお話しいたします。

ところで、人生は、常に苦と楽の繰り返しです。苦は近い将来、楽があることの前兆です。大きな苦の後には大きな楽が、小さな楽の後には小さな楽があります。小さな苦を克服できないようでは、大きな楽はありません。

すべては相似象です。このことは、国レベルでも同じです。

秩序と調和を保って人々が平和に暮らせる状態があれば、内政が混乱している状態や他国と争っている状態があります。研究や技術が進歩している状態があれば、それらが停滞している状態もあります。経済が安定的に成長している状態があれば、行き詰っている状態もあります。

すべては相似象です。このことは、家庭、企業、組織・団体、地域社会……、あらゆるところで同じです。

不快なことがあるから、快のよさがわかるのです。混乱があるから、秩序と調和のよさがわかるのです。つまり、真逆のものが存在するのは、私たちに好ましいことと好ましくないことを気づかせてくれる絶妙の仕掛けなのです。

私たちには一つのミッションが与えられています。それは、家庭、企業、組織・団体、地域社会、国が好ましくない状態であったら、それを、どんな小さなことでもよいから、人それぞれの立場で、好ましい状態にするよう心掛けることです。

古神道では、「人は穢れの世を祓い清め、誤りを正し、日本の弥栄を図らなければならない」としています。

(紀元塾資料より。2022年3月12日)

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すべては波動を出している。私たちが出す波動は、この世にあるものすべてに届く!

量子論の父と言われるドイツのマックス・プランクは、すべては振動からなると言いました。その振動は波動で、人をはじめ、動物、植物、人工物その他、この世のあらゆるものに伝わります。

すべては相似象ですです。実は、私たちの心の中にあるものも波動です。それは絶えず、知らず、他に伝わっているのです。

目に見え、はっきり認識されるもの(物質)が出す波動は、私たちの五感でキャッチし脳が認識します。一方、目には見えない心の波動は、脳の細胞にある直径約25ナノメートルほどのマイクロチューブル(微小管)でキャッチし脳が認識します。

このことを発見したのは、英国の宇宙物理学者ロジャー・ペンロース、アメリカの元意識研究センター長スチュアート・ハメロフ、アメリカの再生医療の専門家ロバート・ランザ、らです。

私たちの心の波動は、人はもちろんのこと、ペットの動物、自然界にあるもの、人工物その他、この世のあらゆるものに伝わります。

好きな人には、好きという波動を出します。嫌いな人には、嫌いという波動を出します。互いに黙っていても、それを受けた人は、自分が好かれている、または嫌われていることがわかるのです。波長が合わない、相性が合わないなどと言うのはこのことです。私たちは、相互に、知らず心から出る波動でやり取りしているのです。ペットの動物と気持ちが通じ合うことを経験した人は多いでしょう。

水に「ありがとう」と念じると、水の結晶は美しい形を保ちます。「バカヤロー」と念じると、水の結晶は形を崩します。このことを実証したのは、水の結晶の写真を撮る方法を開発した江本勝です。

に「燃やすぞ」と念じると、気に取り付けたポリグラフ(うそ発見器)が大きく反応します。このことを実証したのは、アメリカ中央情報局(CIA)の尋問官であったポリグラフの第一人者クリーブ・バクスターです。木に人の心が伝わることをバクスター効果と言います。ちなみに、モーツアルトの曲を聴かせると、木はよく育つと言います。

「美味しくなれ」と念じてコーヒーを淹れると、本当に美味しくなります。家電製品などに「ちゃんと動け」と上から目線で念じると、それは故障しがちになります。

人工物も波動を出しています。良い心の働きを持つ人が作ったモノは、よい波動を出します。心の働きが良くない人が作ったモノは、良い波動を出しません。

一例ですが、本来の性能を発揮しない家電製品は、買った人がこの製品は外れだった、などと言います。

そもそも、大量生産による家電製品の場合、各生産ロットで不良率(故障率)があるので、ある程度の不良品や欠陥品が生産されてしまうことがあります。しかしそれらは、たいてい、検査ではじかれて市場に出ることはありません。サプライチェーンにしている国の生産や検査がいいかげんで不備があると、ロット全体の生産品が外れになります。それらは、使う人は心地よくありません。結局それらは返品になり、その会社は大きな損失を被ります。

工場の担当者や検査の人が、使う人(買ってもらう人)に満足してもらえるよう、誠実に真心を込めて素材を管理し、機械のメンテや検査をしっかり行っている工場で作られたモノは、本来の性能を発揮し、良い波動を出します。そしてそれを使う人、工場の人(会社の人)、双方が悦びます。そして会社は発展します。

すべては心を持つ生命体なのです。人工物であれ何であれ、世に出ている良いモノのすべては”プライドを持っている”のです。(紀元塾資料より。2022年2月18日) 

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すべては心(意識)を持つ生命体! 八百万の神は科学的に裏付けられている

宇宙やこの世、私たちの周りにあるすべてを創っているおおもとは、目には見えない極小の粒、素粒子です。その素粒子が心(意識)を持っているとしたら、あなたは信じますか?

素粒子って何? すべてを創っているのは原子です。原子は原子核の周りを電子が回っているって、学校で習いましたね。実は原子核の中には陽子と中性子があり、このそれぞれにとても大きなエネルギーを持つクオークが三個ずつ入っています。そのクオークが素粒子です。原子核の周りを回っている電子も素粒子です。視たり聴いたりするおおもとの光子や電磁波、力をもたらすものも素粒子です。重さ(質量)をもたらすヒッグス粒子も素粒子です。素粒子間の相互作用を媒介するゲージ粒子も素粒子です。素粒子にはこれらの他にいろいろあります。

宇宙やこの世の諸々は、電磁波、力、重さなど、それぞれの役割を持つ一つひとつの素粒子が(それぞれの意思で)協働することによって生み出されているのです。素粒子は単独では何も生じません。

すべては相似象です。私たちも同じなのです。一人では何もできません。一人ひとりが持ち味を発揮して、他の人たちと協働することによって、いろいろなものが創り出され、その中で皆が生きていける(生かされている)のです。

さて、ドイツのマックス・プランクは、心(意識)のおおもとは素粒子であると言いました。ハンガリーのユージン・ウィグナーは、心(意識)を考慮せずに素粒子を語ることはできないと言いました。英国のロジャー・ペンロースは、心(意識)は素粒子であると言いました。彼らは、ノーベル物理学賞を受賞しています。アメリカのジム・タッカーら物理学者は、心(意識)は量子エネルギーであると言いました。端的に言いますと、相互に意思を持って協働する素粒子は心(意識)を持っているのです。

古来日本には、木、水、石、その他すべては心(意識)を持っている(神が宿っている)八百万の神の思想があります。すべてを創っている素粒子が心(意識)を持っているので、すべては心(意識)を内在している、ということになります。八百万の神の思想を持つことによって、日本人は、すべてによって生かされていることへの感謝の気持ちや礼節などの美質を持つに至ったと思われます。針供養や人形供養など、日本人は人工のモノも使った後で感謝の意をささげます。海外で日本人のモノ作りが評価されるのは、素材や道具類にも心(意識)があると奥底で思い、丁寧にそれらを扱うからとも言えるでしょう。八百万の神の思想(アニミズムの思想)は未開の地に見られるものではないのです。

さらに言いますと、宇宙やこの世の諸々、私たちの周りにあるモノ、家庭、学校、企業……、すべては心(意識)を持つ生命体なのです。ドイツの歴史学者レオポルド・ランケは、国も生命体と言っています。(2022年、1月勉強会より)

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トップの力量

どの組織も、トップがとても内向きでダイナミックさが無く、小さなことや自分の評価を気にし、とかく声の大きな人の意見を容れ、外に対する発信が弱い時、また、人事が恣意的で、自分または自分たちに都合がよい決まり(制度)をつくる時、朝令暮改を繰り返す時、誰からも相手にされなくなり崩壊します。つまりその組織は消えて無くなります。

どの組織も、トップが独裁的で、イエスマンだけを周りに置き、または地位に就け、自分の気に入らない人を遠ざけ(罰し)、監視や密告をもとに自分に反対する者を見つけて裁く時、その組織は内部から反乱が起きるなどして崩壊します。

一方、どの組織も、トップが大局を観、普遍の摂理に適う経営の方針を立て(経営の理念を持ち)、自信を持って行動する時、人はついてきてくれます。そして組織は発展します。

どの組織も、トップが枝葉の細かいことで反論する人(鬼の首を獲ったように言う人)に気をつかい過ぎると、周りの人の士気が低くなります。細かいことや技術的なことは人に任せるのがいいのです。

端的にお話ししましたが、これらは普遍の摂理なのです。詳しくは、紀元塾の勉強会でお話しさせていただいております。

さて、日本の政財界のトップの力量は❓ (2022年1月14日)

 

 

あきれた日本の対中姿勢

1月13日(木)の朝、NHKのラジオとテレビで放送されましたが、17日からの通常国会の施政方針演説で、岸田氏は「中国とは建設的、安定的な関係をきずく」と話す予定とのこと。

これは、まぎれもなく対中宥和の方針です。施政方針演説でこのようなことを話すとは、驚きというより情けないです。

日本は、数十年前から中国による工作活動が行われ、日本は目に見えない形で中国から侵略されています。そして政財界やマスコミの中で親中になる人がとても増えています。また目に見える形では、国土が何か所も広範囲で中国に買われ、日本の大事な技術は中国に移転し、あまつさえその一部は兵器に転用され、尖閣諸島周辺の領海には武装した中国公船が侵犯のし放題です。中国は日本を思うように扱っているのです。そんな中国と宥和策を採るなど考えられません。日本の安全保障を考える上で、中国の意向を気にかけることなど、まったくないのです。

日本の同盟国であるアメリカをはじめ、西側の主要国は、いたずらに覇権主義を振りかざし、またウイグルでの人権侵害を続ける中国に対して、とても厳しい目を向けています。中国のやり方が普遍の摂理、人道に大きく外れているからです。そのような国際情勢の中で、日本は対中宥和策をとっています。

一方、今年に入ってすぐ、日米の外相と防衛相による(2プラス2)オンライン会談が行われました。その会談で日本は、アメリカとともに中国に厳しく対応する姿勢を示しました。はたせるかな、この会談に中国は大きく反発しました。

日本は旗幟を鮮明にせず、安全保障はアメリカ、経済活動は中国という二股外交を展開しています。そのためでしょう、アメリカをはじめ西側主要国からは信用されず、中国からは反発されています。

一般論ですが、一度信用を失うと、それを取り戻すのは至難です。日本は大きく傷つけた信用を取り戻すために、相当のことをしなければなりません。すぐにそれに取り掛からなけらばならないのに、この施政方針演説が予定されているのです。

日本は人の道に外れ、他国に多大な迷惑をかけている中国とはスタンスを置く必要があるのです。日本は、目先の利益のために中国に対するさらなる投資を止め、日本にいる中国の工作員をあぶり出して帰国させ、中国に進出している日本の企業は頭を切り替え胆力を持って即刻中国から撤退するなどによって、中国に自分たちが間違っていることを気づかせることが必要と思われます。何よりも、国会でウイグルにおける人権侵害を非難する決議をしなければならないでしょう。世界の主要国は、半年以上も前(国によっては1年も前)にその決議をしているのです。日本の国会は何をぐずぐずしているのでしょう?!

何にせよ、こうした問題に対しては、短期的な視点によらず、大局を観、長期的な視点で取り組むことが求められます。何よりも普遍の摂理に合う施策が求められます。日本は普遍の摂理を顧みず、あまりにも短期的に、また小心に取り組んでいるようです。

日本の政財界のリーダーは、小国リトアニアの毅然とした対中姿勢を見て、恥ずかしくないのでしょうか? いかに中国から恫喝され経済的に制裁を受けても、リトアニアは筋を通し、中国に向き合っています。そのリトアニアの対中姿勢に、世界の国々は賞賛しているのです。(2022年1月13日)

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どこまで気をもませる? 日本の外交姿勢

英米その他西側の主要国が北京オリンピック開閉会式に対する外交ボイコットの声明を発してから何カ月も経って、ようやく、日本は同オリンピック開閉会式に閣僚や政府の要人を派遣しない旨の発表を行ないました。外交ボイコットという表現は避けたようです。その発表の前に、橋本聖子氏は、経団連の大物や駐日中国大使とゴルフをしたそうです。このゴルフは、中国に対する閣僚や政府高官の北京オリンピック不参加のエクスキューズであったのでは、と取りざたされています。

ところで、法務省は中国のTikTokと連携することを決めたそうです。中国のIT系と連携すると日本の情報が中国に渡ってしまう恐れが大と言われています。もし本当にその連携が決まったのであれば、日本の法務系の情報、さらには、日本国民の個人情報が中国に渡る恐れがあるのです。日本国の中枢機関が中国のIT系と連携するなど、到底考えられません。

香港の人が「とかく中国人は人の命を軽んずる。そんな人たちとの取引は止める。自分は目先の利益を追わず、中国と縁を切る」と言ったそうです。日本の経済人の中には、今なお中国にしがみつくようにしている人たちが多いようです。政財界の人たちのこうした姿を見る限り、日本は世界から、特に欧米の主要国から異常で異端と思われることでしょう。

とにかく日本の対中姿勢は日本の国民を不安にするばかりです。つまり、日本を衰退に向かわせるもとになると思われるのです。(2022年1月5日)

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網棚に載せたまま忘れたお土産の包は路線を往復して戻って来た!

新年あけましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いいたします。

皆様にとりまして、本年が良い年でありますことを、お祈りいたします。

さて、娘は元旦の昼過ぎに帰ってきました。玄関に入って、娘は家へのお土産を電車の網棚に載せたままにしていたことに気がつきました。

電車に乗ってすぐにお土産の包を網棚に載せ、途中駅まで座席で使っていたパソコンを鞄にしまって網棚に載せ、リュックも載せた後、連日のハードな勤務のためか爆睡してしまったそうです。大宮(終着)で下車する時、鞄とリュックはおろしたものの、お土産の包は失念したとのことでした。お土産を網棚に忘れたことを娘はとても後悔しました。

そして幾度かJRの忘れ物を扱うところに電話で連絡しましたが、何度電話しても、それは届いてないとのこと。娘はあきらめず、自分が乗車した電車はきっと大宮(始発駅)に戻ってくるはず、とその電車の運行時間をスマホで調べました。そして、その電車が大宮に戻ってくると思しき時間をみはからって駅のホームに行き、娘が乗車していた車両の網棚を見ることにしました。何やら捜索しているようでした。そして何と、お土産の包は三台目の電車の網棚にそのまま載っていました。娘も私も大変喜びました。そしてこの顛末を大宮駅の改札の駅員さんに報告しました。

長い路線で何駅も止まる電車です。その間、誰も網棚からその包を持っていく人はいなかったのです。日本にはモノを持っていくような人はいない、何と素晴らしい国民性! と思った次第です。

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それにしても日本は大丈夫か? なってはいけない人がリーダーになっている!?

まずは、衆議院選挙における自民党の公約(国民に対する約束)と、その後の展開(⇒で示す)とが異なっている例をいくつか見てみましょう。

〇新しい資本主義を展開する(分厚い中間層を再構築する。中小企業や小規模事業者を応援する)⇒これとはほぼ逆の新自由主義を展開(新自由主義の権化とも言われる竹中氏を関連部会に登用)。〇分配政策を展開する⇒財政緊縮、増税路線を展開。〇毅然とした日本外交と国防力の強化で日本を守る⇒日本版マグニツキー法の制定の見送り、北京オリンピック外交ボイコットの声明の先送り、対中国非難決議(国会によるウイグル人などへの人権蹂躙への反対決議)を先送り、などです。

これはれっきとした公約違反ではないでしょうか! マスコミはこうしたことには無音でいます。国民は黙っています。

次に対中国です。今日、中国のあからさまに世界の覇権をねらう姿に、世界の多くの人たちは嫌悪感を抱いています。中国による一帯一路策や戦狼外交による途上国の支配、南シナ海や東シナ海、台湾海峡における軍事的脅威(力による現状の変更)、ウイグル、チベット、南モンゴル、香港における人権侵害、そして各国への工作活動などに対し、欧米をはじめ他の国々が非難の声を上げています。

日本では、かなり以前から中国の工作活動が始まっていたようです。日本のレジャーランドや水資源、都心のマンションなどが買われ、企業は買収され、機微技術は流出し、マスメディアも影響を受けています。そして、尖閣諸島は中国の核心的利益の地域(何としても中国のものにする)と一方的に決められ、周辺に(日本の領海に)中国の武装した公船が恒常的に入り込んでいます。これ以上の中国による日本への侵入は止めなければなりません。

12月6日の臨時国会での岸田首相による所信表明演説に際し、岸防衛相は「台湾海峡の安全と日本の安全保障は切り離せない」という文言を入れるよう進言したところ、岸田氏はこれを拒否したとのことです。所信表明演説で岸田氏は「中国とは安定的な関係を築いていくことが両国と地域、国際社会のために重要である。普遍的な価値観を共有する国々とも連携しながら、中国には主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めると同時に、対話を続け、共通の諸題について協力していきます」と言いました。何とも中国寄りで弱腰としか思えません。対話して互恵協力関係を構築するなど、現在の中国には、まったく通用しないのです。

中国とは経済的な繋がりが大きいから仲良くするべきという意見もあります。しかし総じて言いますと、中国に進出した企業は、小利を得ることはあっても、結局のところは、すべてがいずれ中国に召し上げられてしまうのです。大損することが明らかなのに、何故いつまでも小利を追っているのでしょうか? 経団連は「戦略的曖昧」などと言って、依然としてサプライチェーンを中国に求める姿勢でいます。

2019年3月、当時の安倍首相は、中国に進出した企業の生産拠点を日本国内に回帰させる、あるいは他の国に拠点を移すよう、約2800億円の予算を組みました。地域や時代を超え、人は、価格がいくぶん高くても品質のよいモノを好むのです。実際、この時期、中国から撤退して日本に生産拠点を戻した企業、あるいは他の国に移した企業が何社もありました。今後、この時期よりもさらに大きな予算を組んで、中国から撤退する企業を支援することが、日本の技術をこれ以上中国に渡さず、また日本企業の信頼を回復する上で必要と思われます。政府は、経済の点でも毅然として中国に相対することが求められているのです。

「国のリーダーが強い姿勢で相対すると、相手はうかつに手を出せない」のです。生命体はすべて種を守るため防御のDNAを持っています。すべては相似象です。ランケが言うように国も同じ生命体なのです。これは普遍の摂理です。何故、もっと毅然と対応できないのでしょう? ともあれ、今日本は、定見を持たず、大局を観ず、国益を考えず、国民の幸せを考えない人がリーダーになっているのです。 

欧米の国々が中国に対する危機感をより募らせている中で、日本だけが中国に遠慮する姿勢でいると、日本は中国からますます侮られ、ますます危険な状態になるでしょう。日本のこうした姿勢は、世界の国々に日本は中国になびいているという印象を与え、日本に対する信頼を損ね、国益を大きく損なうのです。

今、日本にはベトナムや中国、韓国などから多数の人たちが滞在しています。中国からは70~80万人の人が日本に居住していると言います。失礼ながら、中国からやって来た人たちは、日本の習慣やルールは無視、ゴミは出し放題、深夜も大声で話すなど、住環境を破壊する例がとても多いそうです。オーストラリア北部の例ですが、中国人が入って来たところでは、美しい自然が破壊され、もとの住民は、中国人が入って来た地域から追い出されたそうです。また、公共の場の秩序や調和が乱される例が多いとのこと。

12月17日、大阪府議会は、国会に対して、対中国非難決議(ウイグル人などに対する人権侵害に対する非難決議)を行うよう申し入れることを議決しました。他の地方自治体でも、同様の動きがあるようです。地方自治体でこうした動きが出ること自体、日本の政府はとても恥ずかしいことなのです。

親中議員たちは、自分たちがやっていることが日本の国益を大きく損ない、自らの名を汚していることに気がつかないのでしょうか。名を汚すのは、日本人がもっとも恥とするところなのですが。

こうした議員たちには、世界観をしっかり持っていただき、普遍の摂理を知っていただき、正しい判断をして日本が本来あるべき道をしっかり歩むため、多くの国民の心の声をしっかり受け止めていただかなければなりません。

そして国民は、こうしたことをはじめ、日本の現状について知らなけらばなりません。(2021年12月22日)

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イスパニアによる日本の植民地化を防いだ豊臣秀吉

1549年、イスパニア(現スペイン)の宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に来ました。この後も、キリスト教の宣教師たちが次々に日本にやって来ました。この時代、イスパニアやポルトガルは世界の約8割の国々を植民地にしていました。

キリスト教そのものはとてもよいのですが、宣教師たちは、実は情報の収集と調略の役割(スパイとしての役割)を担っていたのです。彼らは日本でキリスト教を広め、ある程度信者が増えたところで日本を分断して弱体化し、頃合いをはかって自国から軍隊を送り込んで滅ぼし、植民地にするのが目的でした。

イスパニアやポルトガルが植民地にしたところは、ある国はほぼ全員が白人種になり、ある国はほぼ全員が混血種になりました。そして人々は搾取され、暴行を受け、奴隷働きを強いられました。それぞれの国の文化、習慣、宗教は破壊され、言葉も変えられました。

日本に鉄砲が伝来したのは1543年です。日本人はその技術をすぐに習得し、より優れた鉄砲を量産できるようになりました。そして日本の鉄砲の保有数は世界の約半分になりました。

日本にやって来た宣教師たちは日本について、「各地に堅固な城があり、火力(鉄砲)を大量に保有している。日本の軍事力は侮れない。さらにキリスト教の普及を図り、信者を増やし、人々がイスパニアに服従するよう仕向けることが第一」と本国に書き送っています。

秀吉はぐずぐずしていませんでした。先手を打って、イスパニアの東アジアの拠点マニラ総督府に「日本に貢物を持って挨拶に来い」という書簡を送りました。これに対してマニラ総督府は「日本と友好関係をきずきたい」とする書簡と贈り物を秀吉に送りました。秀吉はこれをはね返し、「マニラ総督府は日本の配下になれ。さもないとマニラを攻撃する」という書簡を送りました。

1594年、マニラ総督府の特使が日本を訪れ、秀吉に面会して「イスパニアは世界の大国であるが、日本とは対等の関係でありたい」とするイスパニア国王の意向を伝えました。秀吉はこれも聞き入れず、重ねてマニラ総督府の日本への服従をイスパニアに要請しました。

秀吉は、日本を守るためには、イスパニアに対する強硬な姿勢を決してくずしてはならない、それが国をあずかるリーダーの務めであると認識していたのです。

国のリーダーが、とかく決断できず、受け身の姿勢でいると、国民の意識も萎えてしまいます。理不尽に侵攻してくる国に対しては、強い姿勢で立ち向かうことこそが、国を守るもとなのです。リーダーのその気概は国民に伝わり、皆がともに、その理不尽な国に立ち向かうようになるのです。強い姿勢で相対する国には、どの国もうかつには手を出すことができないのです。

ともあれ、イスパニアによる日本の植民地化は、秀吉の強く巧みな外交によって回避したのです。(2021年12月22日)

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国は内部から崩壊する

星は寿命がくると超新星爆発、あるいは白色矮星になって雲散します。多くの場合、星は内部から崩壊します。すべては相似象(よく似ている)です。天変地異や通常兵器による戦争によらない限り、国も多くの場合、内部から崩壊します。

古代ギリシャは、民主的な運営を邪魔する人たちによって治世が安定せず崩壊に至りました。ローマ帝国は、独裁的な皇帝による人民や周辺の属国への圧政がもとで滅亡しました。秦、隋、元(いずれも現中国)は、皇帝の独裁による思想統制や重税などに対し、人民が反乱を起こして滅亡しました。近年では、経済的な失政により、ギリシャやアルゼンチンはデフォルトになり、国が存亡の危機に瀕しました。

政界のリーダーが世界の情勢を顧みず、国民の幸せを顧みず、自分の都合を優先して恣意的に政治を操るようでは、国民の信頼を失い、活力を失い、国益を大きく損ない、安全保障がおろそかになり、国は大きく弱体化し、崩壊に向かいます。政界のリーダーは国の命運を左右する立場にいることを忘れてはならないのです。

家庭や企業も、多くの場合、内部から崩壊します。個々人による勝手な行動や好ましくない争いが家庭や企業の崩壊のもとになります。

人も同じです。多くの場合、人は、がん細胞の臓器などへの転移や湿潤、血管系の疾患、邪悪なウイルスの感染などがもたらす疾患によって、身体が内部から崩壊します。人の場合は、心の働きで社会から抹殺されることもあります。天狗になって干される芸能人などはこの典型でしょう。すぐキレて誰からも相手にされなくなる人、悪事を重ねて評判を落とす人なども社会から抹殺されます。心の働きで人は崩壊するのです。

すべては相似象なのです。(2021年12月19日)

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2022年の勉強会(1年間の開催予定とテーマ、連絡先)

2022年の勉強会の開催は、以下の日程・会場・テーマで開催させていただきます。

勉強会のテーマは「日本を心地よいふる里で強い国にしよう」です。

大宮教室 毎月第二土曜日 午前10時30分から、サクラモヒラギャラリー(080-5008-0562 平間)

東京教室 毎月第三土曜日 午前10時から、大久保-関東ITソフトウエア健保会館(090-1615-2040 多田)

春日部教室 毎月第四日曜日 午後14時から、フラワースクール檸檬(090-4951-0098 吉田)

ご参加をお待ちしております。

 

紀元塾にご参加の方々から、以下のようなご意見をいただいております。

「お話を聴いていて、自分がぶれなくなっていることに気がつきました」(M.K)

「子孫に残すものが分かりました」(Y.N)

「息子にこの勉強会のことを話したら、息子が関連のことを勉強するようになった」(I.I)

「多くの人は世情など何も知らないで死ぬのが幸せなのかな?」(M.Y)

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愛の波動は宇宙の隅々まで行き渡っている

「里は仁なるを美と為す」

この言葉の意味は、「人が生まれ育つところ、そして住むところは、人格を陶冶し、心の健康を保つ上でも、周りに仁(愛)の心を持つ人が多くいるところがよいのです」になります。

里はよいふる里としての国や地域、美は人を心地よくする、が原意です。国は心地よいふる里であることが望まれます。

仁(愛)の波動は宇宙に満ちています。地球にも降り注いでいます(地球は人が安らぐアルファ波で覆われています)。

それは私たちの命のもとであり、活力のもとであり、癒しのもとです。その仁(愛)の心の働きは、例外を除いて、地球上の誰のDNAにも書き込まれています。

地球には、無くてもいいというものは何一つありません。人や動物、植物、昆虫、魚、鳥……、水や岩石……、すべては生命体なのです。フランスの生物学者ガストン・ネサンは、岩石の中にも細胞よりはるかに小さな、それ自体が心(意思)を持つ有機体が存在することを発見し、ソマチッドと名付けました。岩石にも心(意識)があることが確認されています。岩石も一つの生命体なのです。ちなみに、腕のいい石工は、石垣などで石を積むとき、まず石にどこに積まれたいか聞く、といいます。

その生命体を創って動かしているのは、宇宙に満ちている仁(愛)の波動です。

私たち一人ひとり、誰もが自分の持ち味を発揮して社会のために仕事をして、自分の存在と尊厳を確かなものにしたいと思っています。仁(愛)のDNAを発現することが、それを可能とする社会を創るもとです。つまり、仁(愛)のDNAを発現することが私たち一人ひとりの真の満足と幸せ(癒し)のもとなのです。

「道を志し、徳に拠り、仁に依り、芸を遊す」

この言葉は、「自分が進む道を決め、素直に、他を思いやりながら精進し、その道のスキルを身に着けたら、それを社会のために発揮する」という意味です。(芸を遊す、を論語の解説書では、たまには音楽など(芸)を楽しむ(遊)と訳しています。それは間違いです)

とにかく自分の持ち味を社会のために活かす、それが人の生きる意味であり、仁(愛)のDNAの発現なのです。このことはまた、温もりある家庭、優良企業、そして誰もが心地よいふる里をつくるもとになるのです。(2021年12月11日。大宮教室)

(本文中の論語の訳は、樫野著「論語 君はどう生きるか? だから私はこう生きる」からの抜粋です)

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トルドー首相は義を守った。日本の首相は?

2022年2月、北京オリンピックが開催の予定です。

中国共産党(ccp)によるウイグル自治区、チベット、南モンゴルでのジェノサイド(民族や人種の集団を意図をもって破壊する行為)は、世界中で非難されています。また中国による一帯一路を足掛かりとした世界征服のもくろみ、そして南シナ海や東シナ海を支配下に置く動きに対して、世界が警戒感を高めています。21世紀に入ってからより顕著になっていますが、中国の主要各国に工作員を送り込ん自国の影響力を強める動きに対して、西側の主要国は嫌悪感を抱いています。

西側の主要国は中国によるジェノサイドに反対する議会の声明を出しました。そして、米、英、豪、ニュージーランドは、北京オリンピック開会式や閉会式への自国政治家や政府高官の参加をとりやめる声明を出しました。これらの国は、敢然と、北京オリンピックに対する外交ボイコットを決めたのです。

カナダのトルドー首相も北京オリンピックに対する外交ボイコットの声明を出しました。トルドー氏は、以前、ともすれば親中を思わせる発言があり、中国に近いと思われていた節がありました。しかし、西側諸国の一員であり英連邦の一画でもあるカナダという国の立ち位置、そして何よりも大方のカナダ国民の意見を鑑みて、北京オリンピックの外交ボイコットを決めたのです。トルドー氏は、義(その時点で一番大事な為すべきこと)を、しっかり守ったのです。

一方、日本は、いまだに中国によるジェノサイドに反対する議会声明を出しておりません。中国はその間隙をぬって、工作活動をさらに展開し、親中に傾く日本人を増やす可能性があります。

先に岸田氏は、自民党の幹事長に茂木氏、財務大臣に鈴木氏、農林水産大臣に金子氏を任命しました。いずれも親中と目される人たちです。そして、超の字がつく親中派の林氏を外務大臣に起用しました。岸田氏は麻生元首相や安部元首相と外相人事について事前に相談しました。その際、外交経験も豊富な首相経験者であるこの二人は、林氏の起用に反対したそうです。

人事はその人のカラーが出るものです。岸田氏は、元首相の反対を押し切って、自派(宏池会)のナンバー2とされる林氏を外相に据えました。何と内向きなことでしょう。その林氏は、テレビの番組で、中国の外相と電話で対談した際、訪中の話が出たので、訪中を調整する、という発言をしました。この発言は、アメリカをはじめ西側諸国の人たちに、日本は外相が、まず中国に行くことを考えている、日本は中国寄りにシフトする、というメッセージを出したことになるのです。

岸田氏は、こうした人事もさることながら、西側諸国の一員としての日本の立ち位置をあいまいにし、対中国の旗幟をはっきりさせず、何につけ、西側諸国から日本は中国寄りと目されても仕方がない態度をとり続けています。

日本が開発した機微技術が大量に中国に移転し、水資源の地やリゾート地など国土が爆買いされ、中国依存の経済活動も国益を大きく損ねています。あまつさえ、中国は尖閣諸島は自国の領土と宣言するしまつ(昨年の中国外相と茂木外相の記者会見。昨年秋のコラム欄)です。台湾も尖閣諸島も、中国は核心的地域(何としても自国のものにする地域)と位置付けているのです。

今大事なのは、これ以上の中国の横暴を止め、日本がこれ以上の損失を被らないようにすることです。これが、岸田氏にとって義なのです。現時点での岸田氏のこうしたふるまいを見る限り、義を守っているとは、到底、思えません。

古来、義を守るのは日本人の美質であり魂なのですが。(2021年12月9日)

 

NHKが偏向報道?!

NHKはラジオもテレビも(BSも)、歴史や音楽、自然や生態系、生命、民族、宇宙の話など、まさに広範囲にわたって、いろいろな分野をカバーし、それぞれを深く掘り下げた番組、あるいは海外の報道番組をもとに世界の状況を伝えるなど、とても参考になり、また楽しめる番組が多いのですが、ある一部分では、偏向した内容になっている報道があるように思えます。

2021年6月29日の早朝、NHKラジオでワシントン支局長が「トランプ氏は主要都市での一連のラリー(大衆集会)で、2020年の大統領選挙で不正があったという”陰謀論”をしきりに話している。そうした”陰謀論”はアメリカ国内に悪い影響を与えるものだ。トランプ氏は2021年1月6日の国会議事堂乱入を先導した。そんな人が”陰謀論”を唱えている(要約)」と解説しました。

国会議事堂に乱入した人たちの中には、反トランプのBML(黒人の命は大事)や極左暴力集団のアンティファの人たちがいた(顔認証による)とされています。それに黒人たちの多くは雇用が増えたこともあり、先の大統領選挙でトランプ氏に投票しています。また黒人たちの中には、先の大統領選挙では大きな不正があったとして選挙の無効を訴える人もいたといいます。こうしたことは日本のマスコミは報じないので、日本の人たちはほとんど知らないでしょう。

11月5日の早朝、NHKラジオで「長年民主党の牙城であったバージニア州の州知事選挙で共和党の人が当選した。トランプ氏は自分が応援したから共和党の人が当選したのだ、と”自慢していた”」と報じていました。

それにしても、日本のマスコミを代表するNHKは、何故いつもトランプ氏を悪という印象を与えるようにしているのでしょうか?

こうした偏向報道は、憲法を守り、国を守ろうとしているトランプ氏の真の姿、そして何よりもアメリカの姿を大きくゆがめているのではないでしょうか?

また、NHKが韓国をひいきにしている印象を与える報道が多々あります。NHK総合テレビで高齢のエリザベス女王の近況を伝える番組がありましたが、その映像に何の脈絡もなく韓国の李王朝(らしき)の映像が出てきました。東京オリンピックの開催中、NHKのEテレでオリンピックのハイライトシーンを放送していた時、競技に関係なく突然韓国の国旗だけが映し出されました。BSNHKのニュース番組では、セサミストリートのメインのキャラクターに初めてアジア系の女の子が登場したが、それは韓国の女の子だと報じていました。

 

 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率 ⑥"5"は"95"に影響を与える

「5対95」の5は95に影響を与えます。

病気になった時、つい心が落ち込みます。”5”(身体-「5対95」の5)が、"95”(心(意識)-「5対95」の95)に影響を与えるのです。軽い病気でも自分はもうダメと思ってしまうと、病状は悪化します。

契約や取り決め(はっきり認識されるもの-「5対95」の5)を守らず、狡いことをして利益を得ていると、たちまち信用(目には見えないー「5対95」の95)を失ってしまいます。

そもそも企業は社会的な責任を負っているのです。人々や社会のためにならない企業は存在する意義がありません。

すべては相似象です。このことは個人や企業はもとより、地域社会や国にも当てはまります。

国際ルール(はっきり認識される―「5対95」の5)を守らない国は、信用(目には見えない―「5対95」の95)を失ってしまうのです。

私たちは、すべては相似象であることを、忘れてはならないでしょう。

樫野紀元 (2021年7月28日)

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率 ⑤モノ造りに心が込められるとこうなる

運慶や快慶は、仁王像を造るとき、何百もあるパーツを幾度も造りなおしました。出来上がった仁王像を想い描きながら心を込めて(「5対95」の95)造るので、それが組み上がってでき上った仁王像(「5対95」の5)は人に感銘を与えます。

円空が彫ったどの象も、口元に笑みを浮かべています。そこには円空の心(意識-「5対95」の95)にある人々への慈愛が表れているのです。彼の像は、一刀ごとに心(意識)がこもっているので、見る人の心を打ちます。

横山大観の絵は技巧を凝らしているというよりも心(意識-「5対95」の95)が込められているので、見る人の心を掴みます。

近年の例ですが、コンピュータによって画像を作るCGやVR(仮想現実)、プロジェクションマッピングなども、作成者が心(意識-「5対95」の95)を込めて作ったものは、とてもインパクトがある優れた作品(「5対95」の5)になります。樫野紀元 (2021年7月28日)

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率 ④アマチュアでも音楽の達人になれる

音楽にも「5対95」が当てはまります。演奏者や歌い手が音楽のスキル(はっきり認識される-「5対95」の5)を備えていても、通り一偏の演奏で、そこに心(目には見えない-「5対95」の95)が込められていないと、聴く人に感銘を与えることはできません。それは音楽ではありません。プロだからよいとは言えないのです。スキルを磨くことは必要ですが、心を磨くことはもっと重要なのです。

音楽のスキルや知識が最低限備わった上でのことでしょうが、性格がよい演奏者や歌い手が心を込めて演じると、不思議なことに、それは生き物のように動き出し、素晴らしい音楽になります。アマチュアだからダメとは言えないのです。

樫野紀元 (2021年7月28日) 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率 ③ビジネスの成功もこの比率から

「5対95」は、ビジネスの分野によく当てはまります。例えば、資金や製品、工場の設備、製造コストなど(目に見えるはっきり認識されるもの-「5対95」の5)は、企業の経営理念(目には見えない企業の精神-「5対95」の95)によって決められます。

経営理念が社員に行き渡っていないと、筋が通った仕事ができなくなり、良いモノを人々に提供することができなくなり、いつかその企業は信用を失ってしまいます。

目先の利益を優先してコスト削減し、粗悪なモノを世に出していると、その企業はいつか必ず信用を失います。

不祥事の隠蔽はもとより、小さなミスの隠蔽は、必ず信用を失うもとです。

資金や工場など(「5対95」の5)は失っても取り戻すことができます。しかし、信用(目には見えない‐「5対95」の95)は、一度失うと、取り戻すことはとても困難です。それほど、パワーに差があるのです。

何につけ、心(意識-「5対95」の95)を込めて行うことが第一です。たとえルーチンワーク(決められた手順による仕事)でも、心を込めた仕事は、良い結果をもたらします。特に営業部門では、相手に心を込めた対応をしないと、顧客の心をつかむことはできません。このことは、今日広く行われているテレワーク(オンラインワーク)でも同じです。

樫野紀元 (樫野著「生を尽くす」より。2021年7月27日)

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率 ②具体のイメージが身体機能を改善する

徹夜で疲れていてもいても、心(意識)で自分は溌剌としていると思う(「5対95」の95)と、身体(物体-「5対95」の5)は活発に動きます。高齢になっても、自分は20代の青年と思うことによって、身体の細胞が活性化して、実年齢よりも若い状態でいられます。

生まれつき病弱であったのに、一念発起(意識)して身体を鍛え、ひたすらスポーツにいそしむことによって、オリンピックなど世界的な競技の場でメダリストになった人は何人もいます。

重病なのに、自分は健康体に戻ることができると固く信じる(「5対95」の95)ことによって、その病気を克服した人がいます。アメリカでの実例ですが、脳腫瘍の少年が、自分の脳にある病巣をスターウォーズの映画に出てくる光線銃で撃破することを想い続け(「5対95」の95)たところ、数か月後に、その腫瘍が消滅したといいます。

これらは、具体にイメージする(「5対95」の95)ことによって身体機能を改善した恰好の例と言えるでしょう。

樫野紀元 (樫野著「生を尽くす」より。2021年7月28日)

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率 ①人々の心に残るのは人の生きざま

人は、身体(物質-「5対95」の5)は寿命がくると滅びます。しかし、世のため人のために尽くした人の心(意識-「5対95」の95)は人々の心に残り、長く伝えられます。

モノや財産(目に見えはっきり認識される)をたくさん残しても、多くの場合、その持ち主は忘れ去られます。

人々の心に残るのはモノや財産ではありません。名誉や地位でもありません。人々の心に残るのは、その人の生きざまなのです。

生け花は、この象徴的な例でしょう。生花(目に見える‐「5対95」の5)は、寿命がくると消滅します。一方、人に感動を与える花の生け方(目には見えない心(意識)の働きによる‐「5対95」の95)は長く伝えられるのです。

モノはすべて、これに同じです。モノ(目に見える‐「5対95」の5)は、いつか使えなくなり廃棄され消滅しますが、モノを造る心(意識)の働き(目には見えない‐「5対95」の95)は、長く伝えられます。

いかがでしょう? モノより心(意識)の方が圧倒的にパワーがあると思いませんか?

樫野紀元 (樫野著「生を尽くす」より。2021年7月28日)

 

 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率(6回シリーズでお話しさせていただきます)

宇宙空間では、物質の質量とエネルギーが占める割合は、目に見えはっきり認識される天体(物質)が4,9パーセント、目には見えないもの(非物質)が95,1パーセントです。目には見えないものは物質に影響を与えているのですが、その95,1パーセントのうち、ダークエネルギー(押し付ける力)が68,3パーセント、ダークマター(引き寄せる力)が26,8パーセントとされています。

つまり、宇宙の目に見える物質と、その物質に影響を与えている目には見えないものとのエネルギーの比は、ほぼ「5対95」ということになります。

すべては相似象です。宇宙空間のこの比は、この世での目に見える天体(物質-「5対95」の5)と、目には見えないもの(非物質-はっきり認識されない「5対95」の95)とのパワーの比でもあるのです。

例えば、お金や不動産など目に見えはっきり認識されるものより、目には見えないはっきり認識されない心(意識)とのパワーの比は「5対95」なのです。つまり、心(意識)の方が、お金や不動産より大きなパワーを持つ、ということです。これが「普遍の摂理」なのです。

これから、このコラム欄で、「普遍の摂理」(2)「5対95」は神秘の比率、に関する記事を6回シリーズでお話しさせていただきます。

なお、「5対95」については、先年出版した、樫野紀元著「生を尽くす」で、その基本概念と具体の例を載せています。ご参考にしていただけましたら幸いです。 (本のお問い合わせ先は、紀元塾の事務局、048-733-0713です)

樫野紀元 (2021年7月28日)

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すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版 ⑥いなくてもいいという人はいない

協働して活動する一団をチームと言います。宇宙では、喩えて言うと、個々の星が惑星、恒星系、銀河系というチームをつくっています。つまり、惑星チーム、恒星系チーム、銀河系チーム、というわけです。

それぞれのチームには、大きな星、小さな星、そして飛び跳ねる星が入っています。チーム内では、どの星も、他の星の運行を邪魔することはありません。どんなに小さな星も、宇宙全体の秩序と調和を保つ役割を果たしています。無くてもいいという星は一つもありません。

この世では、一人ひとりが、家庭チーム(単身チームもあります)、企業チーム、地域社会チーム、国チームをつくっている、と喩えられます。そして誰にも、それぞれが属している家庭、企業、地域社会、国を心地よいものにする、というミッションが与えられているのです。本来、この世にいなくてもいい、という人は一人もいないのです。誰にも持ち味があり、それを他と調和しつつ活かすことが求められているのです。

人は誰もが自己発現したいと願っています(承認欲求)。そうした心の働きがあるのは、誰もがこの世に存在する意義があることを、奥底で知っているからです。長い間、自己発現できずにいると、ストレスが溜まり、つまらないことで腹を立てたりするようになります。このことは、誰もが社会のために何かをやっていないとダメ、ということを意味しています。自分が人々のため、社会のためになっている、と自覚する、つまり自分の存在感を自分自身が自覚することが、喜びのもとなのです。これが「普遍の摂理」なのです。

私たちの人生は自分のためだけではなく、社会のためにもあることを忘れてはならないでしょう。

樫野紀元 (2021年7月26日)

 

 

 

 

 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版 ⑤進化向上は私たちに課せられたおきて

星が崩壊して生じた星雲から、新しい星が誕生します。星は入れ替わりますが、宇宙全体は、秩序と調和、安定を保っているのです。宇宙は常に新陳代謝しているのです。

私たちの身体を構成する細胞は時間が経つと消滅し、新しい細胞と入れ替わります。これをアポトーシスと言います。細胞は入れ替わりますが、身体は存在し続けます。身体は常に新陳代謝しているのです。ちなみに、皮膚は約28日、胃腸は約40日、筋肉は約60日です。

私たちの身体は約37兆個の細胞からなりますが、細胞の一つひとつには宇宙の一員としてのメカニズムが組み込まれているのです。

すべては相似象です。企業も新陳代謝しています。人は交代しても、トップダウンによらず、メンバーが持ち味を発揮し、社会貢献を経営の基本にして、誠実に活動する限り、その企業は長く存続し繁栄します。この世はそう創られているのです。これが「普遍の摂理」なのです。

存続している間、その企業は独自のノウハウやお得意様が増えます。営業の範囲や品目も拡大します。進化するのです。世界の老舗企業の約80パーセントは、日本の企業です。こうした日本の企業の文化は、実は、何千年も前から(厳密に言うと、縄文時代から)培われてきたのです。ちなみに、現存する世界最古の企業は、578年創業の金剛組(建設会社)です。

樫野紀元 (2021年7月26日)

 

 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版 ④すべては内部から崩壊する

星は寿命がくると超新星爆発、あるいは白色矮星になって雲散し、星雲になります。星はこのように、たいてい、内部から崩壊し消滅します。

この世では、他国からの侵略や戦争、天変地異などによらない限り、たいてい内部から崩壊します。古代ギリシャは民主的な運営を邪魔する人たちによって治世が安定しないことが国の崩壊につながりました。ローマ帝国は、皇帝による独裁的な治世に対し、属国や重税を課せられた人民の反対によって滅びました。政治が正しく行われていない国は、たいてい、内部から崩壊するのです。

目先の利益を追うけ経済界に寄り添う政治、国益を考えずに私益や保身を優先するリーダーによる政治、硬直化して社会の大きな変化に対応できない政治、成長産業を育てず逆にその足を引っ張る政治、正しい教育をせず人材を育成しない政治、独裁政治、などによって国は崩壊するのです。

すべては相似象です。このことは、家庭や企業も同じです。家庭内、企業内の好ましくない争いや、個人の勝手な行動などがもとで崩壊するのです。それに自分勝手な行動は、心の病をもたらすもとになります。

樫野紀元 (2021年7月26日)

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版 ③小さな仕事をバカにしない

小さな星は、微笑な天体や岩石粉などと衝突合体(試練)を幾度も繰り返すことによって、大きな星になります。

この世では、たとえ貧しく地位が無くても、幾多の試練を乗り越えることによって、大きな成功を収めることができます。

どんなに小さな仕事でも(たとえコピー一枚でも)、心を込めて行い、それを積み重ねることによって、大きな仕事を成し遂げることができるのです。それを積み重ねることによって、魂が磨かれるのです。それに、小さな仕事もやれない(やらない)ようでは、大きな仕事など、とてもできません。

小さな仕事を(どんな仕事も)バカにしてはいけないのです。

樫野紀元(2021年7月26日)



 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版 ②小よく大を制す

微惑星など小さな星でも勢いよく衝突すると、大きな星に深刻なダメージを与えます。

この世では、たとえ小さな存在でも敢然と立ち向かうことによって、大きな勢力に打ち勝つことができます。富や地位が無くても、前に進む気概と勇気、そして潔さがあれば、富や地位ある者に打ち勝つことができるのです。

このもっとも大きな例は、マハトマ・ガンジー(1869~1948。マハトマは偉大な魂という意味で、ガンジーの尊称)が、無抵抗主義を貫き、孤高に大英帝国に立ち向かって、1947年、ついにインドを独立に導いたことでしょう。(インドの独立は、日本軍による支援もありました)

樫野紀元(2021年7月26日)

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版 ①宇宙にある利他の心

大きな星には大きない引力があり(力があり)、小さな星を引き寄せます。力を持つ星は、自分よりも小さな星に自分の力を分け与えています。例えば、太陽は地球や火星などの惑星に光や熱のエネルギーを与えています。そうすることによって、宇宙の秩序と調和、安定が保たれるのです。

この世では、多くの場合、富や地位ある者が、無い者に影響を及ぼします。富や地位ある者が、無い者を見下し、または自分だけがよければ、と他を顧みないのは、普遍の摂理に反します。

江戸時代、大店の主人は困窮している人を救けました。人は真摯に生きる弱者にやさしくしないと気持ちが悪くなるように創られていることを忘れてはならないでしょう。

樫野紀元 (2021年7月26日)

 

すべてを成功に導く「普遍の摂理」(1)この世は宇宙の縮小版(6回シリーズでお話しいたします)

惑星が恒星の周りを一定の軌道で回っているように、大多数の星は秩序と調和を保ち、宇宙の空間を運行しています。

古人は、これらの星は和、規律、堅実を象徴するものとしていました。例えば、金星は和の象徴でした。

彗星は独自の動きをしています。浮遊惑星や軌道をはずれた小惑星の動きはとても不規則です。これらの星は他の星に衝突し、損壊を与えます。古人は、これらの星は気概や勇気、挑戦を象徴するものとしていました。例えば、彗星は戦いの象徴でした。

古人は、こうした星々の運行によって示される宇宙の営みをもとに、この世には、主義主張ではない、誰も否定することができない「普遍の摂理」があるとしていました。それは、本来あるべきものごとの筋道、人が正しく生きる道を示すものとしていました。

コラム欄では、次回から「普遍の摂理」について、まずは「この世は宇宙の縮小版」の例を、6回シリーズでお話しさせていただきます。(樫野紀元)

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オリンピック、何故、無観客?

オリンピック、何故、無観客? 

先に、一部左翼の人たちがオリンピック中止のキャンペーンを行って、数十万名の署名を集めていました。それは、オリンピックの開催がとても悪いことのように、人々に印象づけるものでした。またマスメディアは、一部左翼のその動きをもとに、世論をオリンピック中止の方向に誘導しました。

今日、いたずらに覇権主義をかざす国やグローバリズムのさらなる拡大とそれに反対する国々など、世界は混とんの度合いを増しています。パンデミックもあります。そのような中で、今次のオリンピックは、この混とんとした状況を少しでも緩和し、少しでも世界に和をもたらし、人々に元気をもたらす大会なのです。

今次のオリンピックを見事に開催し成功させることで、日本人の東日本大震災からの復興を遂げる忍耐力や、コロナ禍を克服する底力を世界に示す、という意義もあります。

オリンピック開催によって、新型コロナウイルスのさらなる感染が広まる恐れがある、経済効果を追うのは間違っている、だから中止を、とする意見もあります。しかし、多くの人々の奥底から、オリンピックは開催すべしという声が発せられているのです。

もはやオリンピックは開催が決まっています。世界からトップアスリートがやってきます。成田に着いた海外の選手たちは、皆、屈託ない表情で日本に入ってきています。観客がいることで、アスリートたちも、さらに気合が入ることでしょう。

オリンピック組織委員会の人たち、菅首相や政府の関係者、小池都知事らは、このような世界の状況、特にパンデミックのさなかで、さまざまに他に配慮しつつ、オリンピックを開催できるのは日本だけであることや、日本人ならではの行き届いた運営の取り組みができることなどを、幾度も国民に向けて語る必要があったと思われます。

専門家や医師たちの中にもオリンピックの開催に懐疑的な意見を出す人がいました。そして国民の健康を第一にし、感染防止を徹底するには、開催する場合はオリンピック無観客、を提言しました。

オリンピックで海外から、選手をはじめ、大勢の人が来日します。インド型ウイルスが、既に日本にも入り込んでいます。それだけ日本国内で感染がより拡大する恐れはあるでしょう。来日する人たちが感染する(感染している)恐れもあるでしょう。選手村の閉ざされた空間内で感染者が出たら、昨年の豪華客船内と同じ状況が現出する恐れもあります。

関係者は、それやこれやで無観客に決めたのでは、と思います。小池都知事が無観客にするよう働きかけた、という説があります。(都議会選挙での、以前小池さんが立ち上げた都民ファーストの会の公約が、オリンピック無観客でした) 

一方で、野球、相撲、サッカーなどは、感染防止を考慮して観客を入れています。そうしたスポーツ観戦でクラスターが発生したという事例はありません。ちなみに、欧米では、ワクチン接種が進んでいることもあるのでしょう、テニスなどの国際大会、大リーグ野球などは有観客です。しかも画面を見ると、座席の間隔を空けることもなく、またマスクをしていない人が会場の大多数です。ワクチン接種を入場の義務付けにしているのかもしれません。欧米では、そんなスポーツ観戦でクラスターが発生したという事例は聞きません。

感染者の数が抑えられていること、そして東京都内と東京周辺都市で人流を大幅に減じ、皆がマスク、手洗いを励行するなど、しっかりした感染防止がなされていることが前提でしょうが、実際のところ、有観客を望む人は、とても多いのです。

若者たちには、せっかく東京で開催するのですから、オリンピックを是非成功させるよう、一人ひとり自らが意識を高めて人流を抑え、感染者を減少させるよう、相互に協力し合ってもらいたいです。日本人のよさを世界に示してほしいものです。

当初の予定どおり、会場別に観客数の上限を決めるなど、さまざまに工夫して感染防止をはかることによって、オリンピックの各会場を有観客にできるのではないかと思われます。ワクチン接種した人は入場できるようにしたら?

ともあれ、無観客に決めたのが、一部左翼の人たちや一部の政治家、そしてマスメディアに過剰に気を遣ってというのではない、と思いたいです。 (2021年7月12日)

 

それは不平等ではない! 

新型コロナのワクチンを二回接種した人の行動制限を解除するのは不平等、と言った人がいました。その人は政府の分科会の委員とのことでした。(2021年7月12日 朝の情報バラエティ番組による。パネルに発言が明記)

一体、どこが不平等なのでしょう? ワクチンを接種した人は自他の感染防止策を講じているのです。外国ではワクチンを接種した人は仕事、旅行、観劇、観戦その他を解禁しています。しかも、マスクを外しても可、としています。そもそも、ワクチンの接種は、経済活動を復活させるもとなのです。ワクチンを接種した人から、どんどん活動することが、経済の活性化をもたらすのです。

ワクチン接種した人の制限解除は不平等と言った分科会の委員は、国民全体がワクチン接種するまで等しく行動制限下にあるべき、と思っているのでしょうか? (2021年7月12日)

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皆が気をつけていれば、東京は四回目の緊急事態宣言を出さずにすんだ!

多くのメディアは、政府の新型コロナウイルス感染対策が十分でない、ワクチンの接種のペースが遅い、などと政府の対応を批判しています。政府の感染対策は、迷走と中途半端、という印象を与えていることは否定できないでしょう。

しかし、もっとも批判されるのは、感染拡大を進めてしまうことがわかっているのに(本当はわかってない?)、自分の気持ちを満たすために特段の用もないのに、(友人と会うなど)外出して町の人流を増やしている人たちなのではないでしょうか? その人たちの中には、飲食店に入って大声で騒ぐ人もいます。若い人の中には、路上で飲んで盛り上がったりする人もいます。

昨今、従来型より感染力が格段に強いインド型(デルタ型)のコロナウイルスが日本に入っており、感染の危険が増しているのです。実際、感染者の半数近くは20代、30代の若者とのことです。感染した人と、人流を増やしている人との間には、相関があるのでは、と思われます。

何故メディアは、皆で気を付けよう、人流を増やさないようにしよう、と感染防止を呼びかけないのでしょうか? 

何故メディアは、罹患した人の悲惨さや後遺症に苦悩する人の姿を報じないのでしょうか? 皆、新型コロナウイルスに対して、甘くみているように思えてなりません。感染拡大は、人も経済も、とても大きな損失をもたらすのです。

皆が、不要不急の外出を避けて町の人流を増やさないように気をつけ、また、どうしても出かける要がある時は、必ずマスクをつけ、手洗いを励行し、三密を回避し、また居室の換気を確認するなど、専門家が繰り返し言っている基本的なことを実践することによって、相当に新型コロナウイルスの感染防止がなされるのです。感染防止がなされるほど、早く経済活動が復活するのです。

皆が感染防止に気をつかっていれば、東京は四回目の緊急事態宣言を出さずにすんだと思われます。経済活動の復活のさらなる遅れを避けられるのでは、と思われます。

昨年、パンデミックで感染が拡大している折、外国では都市や地域のロックダウンをして人流を大幅に減じました。一方、日本は都市や地域のロックダウンをしなくても、外国ほどの感染拡大は見られませんでした。日本人は、感染しないよう、人に迷惑をかけないよう、外出を自粛して自宅で過ごすなど、節度ある国民であることを世界に示していました。

それが昨今では、幾度も感染拡大の波が押し寄せ、そのたびに都市部で(人気がある観光地でも)緊急事態宣言が出されています。

緊急事態宣言が無ければ、経済活動の復活がより遅滞することを避けられるでしょう。飲食店や居酒屋などの酒類を提供するお店は営業上の回復がより見込まれるでしょう。国も飲食店のお休みや営業時間の短縮に対する補償費がより削減できるでしょう。(マスコミは報道しませんが、政府はこの補償費を他の国よりも多く出しています)

今後、ワクチンの接種が進むでしょうから、外出などを我慢する期間は、あと数か月と思われます。

我慢する期間が長くなって、嫌にになる気持ちは皆同じなのです。

大地震や洪水などの災害時、皆で相互に協力し合って黙々と復興に尽力するのが日本人です。今回のパンデミックに対する努力というのは、ただただ人流を減らし、皆で感染防止に尽力することなのです。

今や日本人がいなくなった? (7月7日)

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マスコミが切り取った宮内庁長官の言

宮内庁の西村泰彦長官は記者会見で「天皇陛下は新型コロナウイルスの感染状況を大変ご心配しておられる。国民に不安の声がある中でご自身が名誉総裁のオリンピック・パラリンピックが感染拡大に繋がらないか、懸念しておられると拝察する。組織委員会、関連機関が連携して、感染防止に万全を期していただきたい」旨の発言をしました。

この記者会見の模様を、一部マスコミは、この宮内庁長官の "感染拡大に繋がらないか懸念しておられると拝察する” という言葉を切り取って、あたかも陛下がオリンピック・パラリンピックの開催を憂慮しておられるかの如き印象を与える報道をしました。

早速アメリカ、ワシントンポストが「天皇陛下から重要な不信任が出された」と報じるなど、日本のこの報道は世界中に広がりました。宮内庁長官は後で、陛下は一言もお話しになっておりません、などと言ったそうですが、記者会見で長官が、”陛下のお気持ちを拝察する” と言ったのは、とても僭越に感じられ、大きな間違いであったと思われます。そもそも、長官が自分の一存で、陛下のお気持ちを語ることなど、あってはならないのではないでしょうか。第一、陛下はこうしたこと(政治的)を表に出されることは、まず、なさらないと思われます。それに、拝察する、という言葉のニュアンスは外国の人には理解されにくいでしょう。

(省庁トップの記者会見の模様は、その省庁のホームページに載ります。宮内庁はどうなのでしょう?)

ともあれ、一部マスコミによる、こうした発言の切り取りは、百害あって一利無しです。

東京でのオリンピック・パラリンピック開催は、日本が手を上げ、了承された、国際的な約束ごとです。6月に開催されたG7でも開催が支持されました。開催は決まっているのです。マスコミは、スポンサーにもなっているのですから、世界からトップアスリートを迎え、安全に無事に開催できるよう、記事をつくっては? 

後で言い訳するくらいなら、宮内庁長官は記者会見などしない方がよかった?! (6月30日)

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マスコミは国民をミスリードしてはいけない! NHKが偏向報道?

6月29日の早朝、NHKラジオ番組で、ワシントン支局長が出演し、元トランプ大統領の主要都市でのラリー(大衆集会)の模様を報告しました。どのように、そのラリーでトランプ氏について報じるか、注目して聴いていました。

曰く、”トランプ氏は、そのラリーで約90分、2020年の大統領選挙で不正があったという陰謀論をしきりに話した。そうした陰謀論はアメリカ国内に悪い影響を与える、トランプ氏は1月6日の国会議事堂乱入を導いた、そんな人が陰謀論を唱えている。云々。

トランプ氏は、一連のラリーで、大局的に国のあり方を唱え、今日の内政や外交のあり方、自身が属する共和党のあるべき姿など、政治家として話すことを話しているにもかかわらず、そのNHKのラジオ番組では、ワシントン支局長は、トランプ氏が言う大統領選挙での不正に関する話は陰謀である、という点に焦点を当てて解説していました。

先の大統領選挙で大掛かりな不正があったことは、今や世界中に知れわたっています。日本では、マスコミが報じないので、ほとんど知られていません。アメリカ国民の7割以上が、不正があったことを知っているとのことです。にもかかわらず、日本のマスコミを代表する存在でもあるNHKは何故、トランプ氏の選挙不正の言は陰謀論であり、トランプ氏イコール悪という図式に当てはめるのでしょうか? これは、憲法を守り国を守ろうとしているトランプ氏の真の姿を大きくゆがめる偏向報道に他なりません! 

NHKは小さな旅やクラシック音楽、BSで世界の情勢や自然の姿、名作映画など、とても癒しになり参考になるテレビ番組があります。ラジオでもAM,FMで良い番組を編成しています。その中でのこうした偏向報道(特にトランプ氏の情報は偏向の度合いが大きい)は、他のNHKの番組に霞をかけてしまうのでは? くれぐれも、公平で中立なスタンスをとっていただきたいです。

NHKは、偏向的な左翼的報道をしているとされるアメリカCNNの報道と軌を一にしている、という説があります。CNNに限らず、ワシントンポストやニューヨークタイムスなどアメリカのマスコミは、ずっと、トランプ氏を批判する記事を出しています。日本のマスコミも、ほぼこれに倣っているように見えます。日本のマスコミは、朝日新聞が主導する報道に歩調をほぼ合わせているという説もあります。

最近になって、日本のマスコミは、中国に関しては、ようやくウイグルやチベットでの人権蹂躙や香港の民主化抑制について少しは報じるようになっています。一方、日本がこれまで相当に援助しているにもかかわらず、ことあるごとに理不尽に日本を貶める韓国に対しては、厳しく対応すべきとする政治家は多いようですが、なぜかマスコミは、テレビ、新聞ともに、韓国を擁護する報道がなされることが多いようです。これは偏向報道では? 

アメリカの大統領選挙で不正があったことについては、昨年、このコラム欄で、アメリカの公的な資料など確かな情報をもとに書かせていただきました。今日、特に大きな不正があったとされる州では、票の管理その他の監査が行われています。また、1月6日の国会議事堂への乱入は左翼系の過激な活動家たちによるものであり、トランプ氏が扇動したものではなかったことがわかっています。

不思議なことに、日本のマスコミは、おしなべて、アメリカの大統領選挙で不正があったとするのは陰謀論であり、国会議事堂乱入の扇動をしたトランプ氏は悪である、と断じています。これは、まさにマスコミが人々をミスリードする典型例ではないでしょうか?

マスコミは、不偏不党の立場で、しっかり取材し、あくまでも真実を報道しなければなりません。私たちは真実を知ってこそ、ものごとを考えることができるのです。人々をミスリードする偏向報道は、百害あって一利なしです。

国民を甘く見てはいけません。真実はいつか必ず表に出るのです。それは普遍の摂理です。偏向報道を続けていては、マスコミに対する国民の信用はさらになくなり、ひいては存続が困難になっていくのでは? (6月29日)

 

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自民党は何故、対中非難決議ができない? 「中国には1円も渡さない!」

共産党や立憲民主党などの野党ですら対中非難決議案を出そうとしているのに、自民党はそれに難色を示し、結局は対中非難決議を出せませんでした。対中非難決議を出さないことを日本のマスメディアは一切、報道しませんでした。 

米英やEUの主要国、カナダなど、基本的人権の尊重、自由と民主主義や法を重んじる普遍の価値観を共有する国々は、中国共産党による非人道的な圧制に反対し、対中非難の国会決議を行っています。とにかく中国は、ウイグル自治区やチベットでの住民虐待と強制労働などの人権蹂躙、南モンゴルの文化や慣習を否定し言語を含めた中国化、そして香港の民主化運動への弾圧など、普遍の摂理に大きく反することを、当たり前のように行っているのです。

こうした中で、日本だけがいまだに中国を非難する国会決議ができない状態です。中国非難決議をしていないのは、先進国で日本だけです。

それどころか、国際的に「ジェノサイド条約」がありますが、何と中国や北朝鮮までがこの条約に批准しているのに、日本はまだ批准していないのです。これは、とんでもないことです。政府の人たちは、一体何を考えているのでしょう?!

今や衆知ですが、中国非難決議ができない第一の理由は、親中党である公明党と自民党内の二階幹事長をはじめとする親中議員(媚中国議員)が反対しているからです。こうした状態では、日本は対中非難決議を行った国々から信用を失いかねません。それにもまして、日本は親中の国と思われてしまいます。しかも今年早々、日本は中国が主導する貿易圏RCEPに加わることを決めている、ということもあるのです。

このままでは、日本が、何かにつけてさらに中国のいいなりになってしまう恐れがあります。

昨今、尖閣諸島周辺の日本領海に中国の武装した公船が連日入り込んでいます。中国のこの動きに反対するため、尖閣諸島に向けて国会議員や地方議員そして憂国の士らが、漁船の船団を組んで出かける動きがあります。しかし、尖閣諸島に向けて漁船を出そうとすると、中国を刺激するからというのでしょう、海上保安庁はそれを止めるよう促していると聞きます。(水産庁も漁船を出すことを止めているとか) 海上保安庁は国土交通省の管轄下にあります。そして国土交通大臣には、代々、公明党の議員が就いています。

自民党は、公明党を選挙協力の頼みとしています。そのためでしょうか、自民党は、とかく公明党の意向を尊重するようです。また、親中派の代表格である二階幹事長のグループ(少数派)が、自民党の意思決定に大きな影響を与えているところに大きな問題があるのではないでしょうか。自民党内の親中議員は、概して、大局を見ず本質を察しないところにも大きな問題があると思われます。

こうしたことの背景には、経団連の意向もあると聞きます。何しろ経団連に入っている一部大企業は、とりあえずの利益を追って、いまだに中国をサプライチェーンとしており、また技術提携し(というより技術を使われ)ているのです。

以前のコラム欄にも記しましが、日本の企業は今中国から撤退することで大損するでしょうが、このまま中国と関係を続けることによって、先にはさらに大きな損害を被るのは自明なのです。

とかく中国製は、安かろう悪かろう、という評が世界に定着しています。それに、ウイグルの人たちは強制的に、ほぼ中国全土に移動させられ、モノ造りに従事させられています。まさに人権蹂躙がなされているのです。日本企業は、ウイグルから移された人たちの労働によって造られる材料や部品などをもとに自社の製品を造って販売しています。このままでは、世界で中国に進出の日本企業の信用は大きく失われることでしょう。経団連関連の企業の皆様には、このことに気づいていただき、可能な限り早期に中国から撤退していただきたいと思います。世界中で人権デユーデリジェンスが行われていることもあるのです。

ちなみに、中国を最大の貿易相手としていたオーストラリアは、いたずらに覇権主義をふりかざすことや、ウイグルやチベットでの人権蹂躙をよしとはせず、中国との経済的なつながりを敢然と断っています。その結果、オーストラリアは世界に信用を得、世界の貿易上、かえって利益を上げているといいます。

今や、ビジネスは、とりあえずの利益よりもよりも、倫理的なところに気を配る時代です。倫理的なところに気を配る企業の方が、長期的にも大きな利益を得ているのです。

自民党はしっかり自立し、公明党と離れた方が政策を立案しやすくなり、施策を実行しやすくなります。何よりも、自民党は単独で選挙に臨む方が支持が大きく増えるでしょう。自民党の固定的支持者は、自民党にそっぽを向き始めているとのことです。コアの支持者がいなくなったら、獲れる票が大幅に減るのです。それは一大事でしょう。ここは一番、親中でない自民党議員と親中でない公明党議員に頑張ってもらう他ありません。

中国は世界の覇権を獲る、と公言しています。日本に対しては、日本の土地を買い、日本の技術を中国に移転させ、政治家を篭絡し、ネットを介して日本と日本人個々の情報を収集しています。中国は、あの手この手を使って、虎視眈々、日本を手中におさめようとしているのです。

アメリカの主要メディアによれば、こともあろうに、今回のパンデミックは遺伝子を操作したウイルスを使った中国(武漢)発の生物兵器による、というではありませんか。中国は、そのためのワクチンをパンデミック以前から開発していたとか。中国は、アジア、アフリカ、中南米の国々にワクチン外交を展開して、それらの地域を傘下に?

公明党の人たちや親中議員たち、そして大の親中派知事に一票を投じた県民の人たちは、中国の横暴さに対して、このまま手をこまねいているつもりでしょうか? 日本を一体、どのようにしたいのでしょうか? 

この体たらくを変えるのは、結局は私たち国民一人ひとりなのです。この際、私たち一人ひとりが、「中国には1円も渡さない!」(中国がからんで造られたモノは、たとえ日本製と称しているものであっても、一切買わない)ようにしては如何でしょうか?! 

中国は入ったお金を覇権のために使うことでしょう。中国には、自分たちがやっていることが間違っていることに気づいてもらう必要があります。そのためにも、中国には1円たりともお金を渡さないようにしませんか。(2021年6月22日)

 

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コロナ禍で飲食店を追い詰めているのは、結局は飲食店を支える人たち?!

コロナ禍で飲食店を追い詰めているのは、結局のところは、コロナ禍を解消するために(人流を大幅に抑制して感染者数を0に近づける)、外出を自粛していた方がいいのに自分たちが束の間楽しもうと、盛り場に出かける、一部の無自覚な人たち(危機意識が低い人たち)の行動にあると言わざるを得ないでしょう。

彼らは、盛り場に出かけてお酒を飲んで大声で話します。路上で酒盛りをして大騒ぎする人もいます(若者が多い)。その無自覚な人の数は、最初に緊急事態宣言が出された頃よりも、ずっと多くなっています。

緊急時代宣言が発せられると、真っ先に時短営業や休業が要請されるのは、飲食店です(その他、映画館、デパート、スナックなどもありますが)。

何よりも、5名以上の会食はやめるよう呼び掛けている為政者や行政の人たちが禁を破る例が後を断たないことも、飲食店を追い詰めるもとになっていると思われます。

昨年末(2020年)は、自民党幹事長の二階氏が主催する夕食会に、有名人8名が参加したことが報じられました。首相も後で顔を出したとか。また、今年(2021年)の3月上旬から4月上旬にかけて、大阪市の職員が、5名以上で200件以上、のべ1000名以上が会食したといいます。

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を呼びかけ、あるいは発令する立場にある人たちが、こうした行動をとっているようでは、もはや、何をかいわんやです。彼らに危機感や「義」は微塵も感じられません。困ったことに、為政者や役人の行動は、必ず国民の鑑になるのです。

飲食店に限りません。このことを敷衍すると、すべての分野で、コロナ禍に関する危機感に欠ける人たち(意識が低い人たち)が、日本の経済活動その他の活動を阻害している、と言わざるを得ません。

日本は感染者数が少ない、それは日本人のモラルが高いため、と言われていました。それが、このような状態になっているとは、日本人は一体、どうなってしまったのでしょう? (2021年4月24日)

 

 

 

ビジネスや受験などで本当に参考になること

ビジネスや受験などの参考になるとして、例えば、”私はこうして東大に入った、ハーバード大学に入った”、あるいは、”私は親としてこう育てたので、自分の子が名門とされる大学に入った”、という受験の成功談がテレビやラジオで報道されることが多いです。また、ビジネスで成果を出し、注目されている人の成功談がテレビやラジオで報道されることが多いです。それらの当事者自身がテレビやラジオに出演することも多いです。関連する本も、たくさん出ています。

でも、そうした人たちの成功談は、その人たちのやり方で、偶々(たまたま)成功した例を示すもの、と思った方がよさそうです。その成功談が、誰にも参考になるということは、まずありません。とても自分にはできない、と自信を失ってしまうこともあるでしょう。そうした話を、その人は運がよかったから、と思ってしまうこともあるでしょう。

とは言え、”逆転人生”といった、いわばどん底から這い上がって世にもの申す確固たる立場になった人の経験談や、苦労に苦労を重ねてひとかどの仕事を成し遂げた人の経験談は、そこから、ビジネスや受験などで成功する上で普遍的なことを、聴く側の人が見つけることができる場合があります。

ビジネスや受験などで本当に参考になるのは、地域と時代を超えた普遍的で基本的な方法です。それは簡単に実践できるし、私たち誰にも必ず役に立ちます。

では、その普遍的で基本的な方法とは、一体どのような方法でしょう? それは、「”意識のクラウド”から、いかに的確に必要な情報を得るか」、ということなのです。”意識のクラウド”って何? そこから情報を得るって何? それがどうビジネスや受験などに役立つの? これらについては、「紀元塾」でお話しさせていただいております。

(先に出版した「論語 君はどう生きるか? だから私はこう生きる」には、この普遍的で基本的な方法の一端を書かせていただいております。昨秋の一時期、丸善本店や三省堂神保町本店の、ビジネス書、自己啓発書の分野で上位にランキングされました。2021年4月11日)

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これでは感染は止まらない! 

今日本では、新型コロナウイルス感染拡大を防止する施策が、いろいろと実施されています。

感染者が出やすいとされる多くの飲食店では感染防止に尽力していると思われます。しかし、中には感染拡大防止に尽力していない店も多々あるようです。その例を目の当たりにしました。東京の飲食店でのことです。

その飲食店の入り口には、手指を滅菌(滅ウイルス)するアルコール液が置かれていません。店員は、客が食べ終えて空いた皿などを片付けたその手で、厨房(ハッチ)から料理をテーブルに運んでいます。食べ終えた客が口のまわりをぬぐったティシューを片付けた後も、レジでお金を触った後も、その手を、店員はアルコールティッシュで拭く、洗う、などのことはありません。客が使ったテーブルを拭き清めることもありません。

そして、客はマスク無しで話し、時に手などで覆うことなく大きなくしゃみをします。間隔狭く置かれている隣のテーブルには客がいるのです。室内は狭く、換気は十分に行われていません。

この飲食店は、店員も客も、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ意思はなさそうです。何故、彼らは感染を自分のことのように思わないのでしょう? (2021年4月10日)

あきれてものも言えない、日本の対中姿勢

日本外務省の報道によれば、2021年4月5日、茂木外相と中国の王外相が電話対談し、概ね、以下が話されたとのことです

〇来年の日中国交正常化50周年に向けて相互にいろいろな分野で交流を進める、〇日本は、尖閣領海への中国公船(中国国内法によれば武器使用が許可されている海警船)の侵入、そしてウイグル自治区での人権蹂躙、南シナ海情勢を懸念している、〇ともに日中経済関係を安定的に進める、〇日本は中国に、北朝鮮の非核化と拉致問題の早期解決に向けた支持を求める

一方、中国外交部の報道によれば、同会談で、概ね以下が話されたとのことです。

〇日中関係の安定は、両国のみならず世界にとって重要である、〇日米同盟は特定の国に向けたものではない、〇日本は中国と常に意思疎通し、相互信頼を増進させ、来年の日中国交正常化50周年をともに祝うためによい雰囲気をつくる、〇東京五輪と北京五輪を、相互に支えあう

日本外務省と中国外交部では、報道の内容が異なっているところがあります。

欧米主要国は2022年の北京冬季五輪をボイコットする意向を、ほぼ固めているとのことです。茂木外相は、日本は北京五輪を支える、などと発言したようですが、それは本当なのでしょうか? 欧米主要国と足並みをそろえるのが日本の立場ではないでしょうか。また、来年の日中国交50周年に向けてに日中ともに交流を深め、より雰囲気をつくることで双方が合意しているようですが、この合意は、欧米主要国に日本の信頼を損なうもとになると思われます。何故、そこまで中国に歩み寄る姿勢をとるのでしょうか?! 

今回のこの外相会談は、4月15日~18日の菅首相訪米に先立って、中国が日本に対し、日本がアメリカとともに中国に対して強硬姿勢をとらないよう、くぎをさしていると受け止めることができます。

ところで最近、次のようなことがありました。

〇石垣島市が尖閣の島に「登野城尖閣(とのしろせんかく)」という「字(あざ)」を示す標識を立てようとしたところ、日本国政府が反対した、〇外国人への土地売買にかかわる新法(自衛隊基地の近くの土地などを中国などに売却する際の厳しい取り決めなどを規定するもの)に親中党である公明党が反対した、〇技術も中国に投資して造った工場・設備も、すべてがいずれは中国の手に渡ってしまうことが明らかなのに、多くの日本の大小企業は依然として中国をサプライチェーンにしている、〇欧米主要国はウイグル自治区のジェノサイドを認定し、香港の民主化運動を支援することを表明しているが、日本は何も言わない。

摩擦を生じさせないことを基調とする外交や対中政策は、中国にはまったく通じません。日本人の約9割は、日本が中国の掌の上でころがされているに等しい状態であると思っていると言われています。

このところ連日のように、尖閣領海(日本国の領土)に中国の多数の公船が侵入し、ここは中国の領海であるとして日本漁船を追尾するありさまです。これは、明らかに国際法違反です。それ以前に、これは「普遍の摂理」に大きく反しています。

しかし日本は「誠に遺憾であり断じて容認できない」「重大な懸念を表明して厳重に抗議し、再発防止を強く求める」、だけです。実際、中国側が尖閣の島に、ここは中国の領土だからと言って上陸したら、日本はどう対応するのでしょう? 「万が一占拠されたら、航空機や艦艇による対地射撃により敵を制圧した後、陸自部隊を上陸させるなど、あらゆる措置を講じて奪回することにしている」という方針があるようですが(防衛白書)、尖閣の島に「登野城尖閣」の字を示す標識を立てることに反対するような政府が、このような作戦を実行できるのでしょうか? 

たとえ今大損しても、歯をくいしばって中国をサプライチェーンから外すことが喫緊の課題と思われます。企業は国際的に信用を保ち、また国益を考えて活動することによってこそ、企業は本当の利益が得られるのですが、何故、経済界のリーダーたちはこのことに気づかず、ひたすら、とりあえずの自社の利益だけを追って中国に依存するのでしょうか? 日本企業のこのやり方は「普遍の摂理」に反しています。

中国で生産されている製品は、日本からの技術、あるいはウイグル人の奴隷労働でつくられたものが多いようです。安価なのでよく売れます。一方、日本企業は、中国で生産することでそれなりの利益は得ますが、利益の多くは中国から外へ出すことはできません。それに、中国に進出した企業が生産したものは、日本のGDPには何ら寄与せず、中国のGDPを増やすだけなのです。中国に進出することは、何ら日本のためにはならないのです。

中国に進出した日本企業で働く日本人によれば、現地のルールに従って誠実に活動していても、地元政府や国の政府機関に睨まれると、いろいろと理屈をつけられ、摘発されるそうです。

日本企業の経営者は、どういう価値判断をもって中国に進出しているのでしょう?

過去に事例があるようですが、日本から中国に派遣されている日本人(約14万人)は、いったん緩急ある時、たちまち中国に拘束され、人質にされると言われています(何ら罪がないのに、理屈をつけて拘束されるとのこと)。ちなみに、アメリカは、2020年、中国に滞在するアメリカ人全員に帰国命令を出しました。帰国しないアメリカ人は自己責任、というのがアメリカの基本スタンスです。日本の場合、いったん緩急ある時、自衛隊が中国内に入って日本人を救出することなど、できません。中国に進出している日本企業の経営者は、こうしたことを知っているのでしょうか? 知っていて、社員を中国に派遣しているのでしょうか? 企業の組合の方たちは、中国への社員派遣に、何故反対しないのでしょう?

こうした状況であるにもかかわらず、冒頭でお話ししたように、日本が中国といろいろな分野で交流を深め、経済関係を進めることを国として約するなど、世界の中で日本が信頼を大きく失うもとです。経済界のリーダーとされる人たちは、大局を見ず、日本のことを考えず、また対中危機感が無さすぎです。

ウイグル自治区の綿を使用する、と明言する日本の企業があります。アメリカ主導によるクリーンネットワークに参加署名をしていながら、中国の企業と共同で経営している日本のIT系企業があります。こうした日本企業の経営者は、一体何を考えているのでしょう?

アメリカとの同盟関係を強固に保つこと、同時に、英、独、仏、オーストラリア、ニュージーランドなど、中国の傍若無人の覇権主義、そして何よりもウイグル自治区での人権蹂躙に強く反対している西側諸国との連帯を強固に保つこと、そして国民の大多数が納得する対中姿勢を持つこと、これらは、日本の為政者が最低限為すことでしょう。日本の為政者は、くれぐれも、中国に毅然と対応していただきたいと思います。日本が毅然と対応することによって、中国も日本に対してきちんと対応するのです。

中国との本格的な交流は、ざっと50年前に始まりました。当時の田中角栄首相が中国との国交正常化を図ったのです。その少し前、田中氏と福田氏が自民党総裁の椅子を争った出来事がありました。これは角福戦争と言われました。この時、佐藤栄作首相は福田氏を推しました。結果、田中氏が総裁選を制し、首相になりました。そして、中国との国交を実現させたのです。(この背景は、さまざまに説明されています) 福田氏の流れをくむのが、安部元首相です。田中氏のもとにいた小沢氏、二階氏らは、今も親中派議員として対中積極交流を図ろうとしています。

今は、遅まきながらにせよ、過去に田中首相によって掛け違えたボタンをはめ直す時です。50年という長い年月、ずっと続けてきた親中施策が間違いであったことを真摯に受け止め、大いに反省し、それを改める時です。まさに「過ちを改むるに憚ること勿れ」です。(今、中国では「論語」は教えられていません)

アメリカは、ざっと50年前、キッシンジャー氏らがしかけ、ニクソン大統領が国交を樹立した対中宥和策が間違いであったことに気づき、それを今、ダイナミックに改めつつあります。

日本の為政者や経済界の人たちは、本当に肝を据えて、日本のために対中姿勢を改めなければなりません。(2021年4月7日)

 

 

 

コロナ禍を解消するのは、人々の「義」!

今、多くの人が「義」を忘れているように思います。

「義」は、自分が属しているところ(家庭、企業、地域社会、そして国)では、今何が一番重要なことかを考えること、そして(国、地域社会、企業、家庭の順に)一人ひとりが一番重要なことが達成できるよう、どんな細かいことでも何が正しいか見極め、「黙って」それを行動にうつすこと、を言います。

今、何はともあれ、日本(国)は、新型コロナウイルスの拡散を防ぐことが最重要課題です。悪疫に翻弄されていては、国の基盤を固めることができません。喫緊の施策(対中国の問題や産業の本来の振興など)がおろそかになりがちです。悪疫のためにオリンピックの開催ができない、というのでは世界に汚点を残すだけです。まずは、新型コロナウイルス拡散防止に、一人ひとりが何を優先するかを考え、行動するのが「義」です。

政府、地方自治体は今、特に飲食店をはじめ人がたくさん集まる場所などの疫病感染対策を中心に、緊急事態宣言やまん延防止の施策を展開しています。それらは、もちろん必要なことでしょう。

マスコミは、感染者の数や病院疲弊、経済の問題、そして蔓延防止期間の設定などについて報道しますが、それはそれとして、新型コロナウイルスに感染したらこんなにひどい症状になる、こんなにひどい後遺症がある、といった報道をより多くしていただくと、一人ひとりが、より感染予防に気をつかうようになるのでは、と思います。

いずれにしても、一番必要なことは、「一人ひとりの自覚」ではないでしょうか。2020年の緊急事態宣言発令時、ほとんどの皆さんが自粛し、外出を避けていましたから、街中には人がほとんど見られないくらいでした。感染者の数は東京でも日々二けたでした。それが、渋谷、浅草、原宿その他盛り場には人流が絶えません。彼らは、コロナ禍をどのようにとらえているのでしょう?

今、感染者が昨年の緊急事態宣言の発令時より何倍も増えているにもかかわらず、居酒屋や飲食店で若者たちが大声で気炎を上げている光景をよく目にします。カラオケスナックで年配の人たちが集まって盛り上がっています。それらは、とても恥ずかしい光景です。居酒屋や飲食店のテーブルにアクリル板を入れることや、飲食時以外はマスク着用、などをうったえても、「自分たちだけが楽しければよいという感情や気持ちを優先し、居酒屋やカラオケスナックなどでハメを外す」ところには、「義」など微塵もありません。必要な用もないのに、息抜きなどと称して盛り場に出かける人にも「義」はありません。

感染者の数が少ないことが、経済その他の活動を本格的に再開するもとになるのですが。

先に「ビバ、若者たち」というタイトルで頑張っている若者を5件、紹介させていただきました。他を顧みず、こうした身勝手で大騒ぎする若者たちは、頑張っている若者たちに一体どう映っているでしょう? 自分たちだけ盛り上がっている年配の人たちや盛り場に出かける人たちは、感染防止の基本ルールを守って行動している子供たちに一体どう映っているでしょう?

悪疫の感染防止のため、自分が為すべきことを為す、これが「義」を重んじる本来の爽やかな日本人の姿と思うのですが。(2021年4月2日)

日本の土地を中国に売らないで!!

「日本の土地をもう中国に売らないでいただきたい!」、このことを多くの日本人が言い続けて久しいです。もう何年も前から、中国資本によって日本の土地が大量に買われています。

聞くところによると、例えば北海道では、砂川市約300ヘクタール、占冠村約160ヘクタール、小樽約10ヘクタール、苫小牧や南富良野それぞれ約6ヘクタールなどが買われているといいます(正確なところはご確認ください)。中には、自衛隊の基地に隣接する土地が中国資本に買われているとか。一体何のためでしょう?

中国は、北極海を通って欧州に抜けるルートを開発したいのです。北海道は中国にとってとても重要な地域なのです。北海道ではさらに、札幌中華街の建設、孔子学院の設置、小中学校で中国語の授業を年に何コマか入れる、など中国による北海道への影響力を拡大するさまざまな計画があると聞きます。

さらには北海道への中国人留学生や研修生の受け入れ増加、インバウンドの促進計画もあるようです。住宅など不動産を購入した中国人に住民資格を与える、なども計画されているとか。

中国によるこうした土地の購入例は、日本の各地で見られます。北極海を抜けて欧州に抜けるルートは、対馬、隠岐の島、津軽海峡、そして北海道を通る、という計画のようです。対馬の土地は韓国とともに中国に買われています。大量に魚が採れる漁場である大和堆(日本の排他的水域)には、中国の船が入り込んで漁をしています。

(話は変わりますが、中国から北極海を抜ける海のルートの途中にある島根県では、韓国が不法に占拠している(もはや実効支配している)竹島の日の記念式典を毎年開催しています。一方、島根県議会は慰安婦問題は旧日本軍に責があるとして韓国に謝罪することを旨とする議決をしています。このような議決をしている県は島根県だけです! 何か変ですね)

こうした状況が進むと、日本に、それこそ大量の中国人が入って来るようになるのではないでしょうか。日本国政府は、こうした動きに対して沈黙し続けています。日本の土地を中国に(韓国にも)差し出しているようにも感じられます。

大正時代に、外国人が日本の土地を買う場合の制限を規定した「外国人土地法」が制定されています。何故、その法律は今機能しないのでしょう? 私たちのご先祖は、日本のこうした状況を喜ぶでしょうか?

政治家、実業家、行政担当者その他で親中とされる人たちは、日本よりも中国の利益を優先して、心の痛みはないのでしょうか? 

オーストラリアでは、ある国立公園に近い土地が中国資本に買われ、中国人が移り住みました。そこでは自然や生態系が破壊され、もとの住民はその地から追い出されたそうです。中国人が買収し経営を始めた北海道のあるリゾート施設は、日本的なもてなしなどが一切無くなり、客足がぱったり遠のいたといいます。

そうした事例を知っている多くの日本人は、中国資本の進出によって、日本の文化や伝統、美しい自然が破壊されるのでは、さらには地域の経済活動が停滞するのでは、ととても恐れています。

日本の文化や伝統、清潔な国土、豊かな自然、そして本来の日本の経済活動を保全するため、これ以上、日本の土地を中国資本に売ってはなりません。取返しがつかなくなります。

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ビバ、若者! その(5)ボランティア活動

首都圏のある学校のお話です。生徒たちがボランティア活動で地震と津波で被災した地域に行きました。親の庇護のもとで日頃特段の心配もなく勉強できる環境にいて、生きる意味など考えたこともなかったであろう生徒たちは、被災地であまりに惨い光景を目の当たりにして大きな衝撃を受け、心から被災した人たちを救済したいと思ったといいます。

ボランティア活動をしている間に、生徒たちは社会生活を営んでいる以上人とのかかわりは避けられない、人の世話をすることが幸せをつかむもと、などの意識が芽生えたといいます。

人のためになることが生きる意味である、とわかったのは、生徒たちにとって大きな発見でした。そして生徒たちは社会を背負う気になって東京に帰ってきたといいます。

生徒たちは、まさにエリートへの道を歩き始めたのです。

ボランティア活動は人格を磨く上で基本的な勉強になります。アメリカのある有力大学では入学試験の時、どのくらいボランティア活動をしたか、必ずチェックするといいます。

(樫野紀元「論語 君はどう生きるか? だから私はこう生きる」より)

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ビバ、若者! その(4)山奥ニート

山奥ニートが話題になっています。(NHK総合テレビ 2021年1月15日朝)

地方の限界集落で、廃校をシェアハウスにリノベーションし、20代から30代くらいの若者10名がそこで共同生活をしています。集まっているのは、社会から相手にされない若者、仕事で疲れた若者、どこかでくじけた若者たちです。

山里ですから、このシェアハウスに住む人たちを山奥ニートと言っているのです。主宰するNPO法人によれば、社会になじめない若者たちが心を癒してもらうことを目的につくったシェアハウスとのことです。水道代は湧き水を使っているのでタダ。スーパーでまとめ買いをするので、食費は一人月1万円ほど、とのことです。

共同生活している若者たちは、炊事、買い出し、洗濯、掃除など、自分ができることを適当に受け持つ以外、それぞれが自由に過ごしています。近在でアルバイトする者、ボランティアで神社の清掃をする者など、外で活動する者もいます。

山奥ニートたちは、何とか自立し、社会で活動したいと思っているのです。

限界集落なので、もともとその地域に住んでいる人たちの平均年齢は70歳を超えています。高齢化が進んでいるので、神社の行事の時など、山奥ニートの若者たちは進んで境内の掃除をするとか。地元の人たちはとても助かるそうです。そして若者たちは、地元の人助けをすることに幸せを感じるとのことです。

社会になじめない若者たちが、こうした生活によって心の健康が回復するようです。社会に復帰する者も。彼らの中には、同じようなシェアハウスを設立し、若者を救い、同時に地域に貢献したいという者もいるそうです。

ビバ、山奥ニート!

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ビバ、若者! その(3)理系のピアニスト

ピアニスト角野隼人(すみのはやと)さんのラフマニノフなどクラシック曲を聴きました(ユーチューブ)。

3歳からピアノを始め、幼稚園の年中組の時、ピティナ・コンペティション全国大会(A2級)で優秀賞を受賞するなど、幼年期から異才を放っていたようです。

その彼が進んだ学校は音楽大学ではなく東京大学でした。在学中、東大ピアノの会に所属、大学院(情報理工学系研究科創造情報学専攻)でAIを導入した自動採譜や自動編曲について研究したとか。

2018年、彼はピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ(最高賞)に輝いています。

その演奏には、作曲者の意図を汲む心、そして聴衆を思いやる心や謙虚さが感じられ、また華やかさもあり、聴く人に感銘を与えます。彼はピアニストとしての活動に加え、情報処理の技術もある、まさに二刀流の人です。

ビバ、角野さん!

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ビバ、若者! その(2)書道アーティスト

元旦の番組(羽鳥さんの新年特番、テレビ朝日)に、書道アーティスト原愛梨(はらあいり)さんが登場、素晴らしい書の世界を見せてくださいました。

まだ20代の若さながら、彼女は大きな紙面に、暉(かがやき)、の一字を堂々とダイナミックに書きました。テレビの画面からでしたが、その字から放たれる大きなエネルギーが感じられました。

書道の基礎がしっかりしているからと思いますが、字そのものに美しさがあり、また紙面のレイアウトも素晴らしいものがありました。

こうした若者が日本の未来を創り出していくのでしょう。

ビバ、原さん! と言いたいです。

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ビバ、若者! その(1)スラムの女性を救う

テレビでインドのスラムにいる女性を救済する活動をしている人を取り上げていました。(2021年1月12日昼 TBSテレビ 大下容子ワイドスクランブル)

その人は、水流早貴(つるさき)さん、20代後半の女性です。

彼女はインドで「サクラホームサービス」という、ハウスクリーニングの会社を創り、主に富裕層の住宅を清掃する仕事を始めました。日本的なきめ細かな住宅の清掃は評判がよく、月に30件は受注があり、事業は成功しつつあるようです。

その会社にスラムにいる女性たちを雇っているのです。水流さんに雇われたスラムの女性たちは決まった賃金が得られるので、子供を学校に通わせることができるようになったとのことです。現在従業員はそれほど多くないようですが、今後もっと増えることでしょう。

テレビではとりあげていませんでしたが、今後、清掃グッズ(汚れ落としの液や道具など)の開発や販売もできるのでは、と思われます。

こうした弱い立場の女性たちを救済することは、まさに徳を積む行為です。

ビバ、水流さん! そう言いたいです。

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菅さん、理念と大綱が無いと各論(個別政策)は設定できないのでは?

菅さん、日本を良いふる里にしていただきたいです。このために、是非、原点に帰っていただきたいと思います。

人それぞれに異なった人生を送っています。人それぞれに持ち味があります。人それぞれに価値観が異なります。誰もが安心して心地よく暮らせるように導くのが首相の役割と思います。

”政治は政治家たちのためではなく国と人々のためにある”、この当たり前のことは時代や地域を超え、また乱世や平時にかかわりない、政治の要諦ではないでしょうか。そうした政治を行うと、自ずと日本は良いふる里になっていくことでしょう。そして自ずと支持率が上がることでしょう。

政治というと、とかく権力志向になり、利害調整(というよりも政治家自身の利害得失)が主になりがちです。それはそれで、いたし方ない部分はあります。しかし、政治の基本は、あくまでも、”王道を行うこと” すなわち ”国を守ること” そして ”人々への思いやりを主にすること”、にあるのです。

政治の世界は諸事、利害や思惑が複雑に絡み合っていることもあり、そんな甘いことを、と言われるかもしれませんが、実のところ、理念と大綱のないところに個別政策(各論)はないのです。

分かりやすい例ですが、元気になる運動会をやるとします。元気になる運動会をやる、というのが大綱とすると、玉転がし、障害物競争、リレーなどの種目でいいのか、参加者が元気になるには、どんなことをやるか、それぞれの種目に必要な道具や人の配置その他は、といったことが各論になります。

失礼ながら、菅さんが今おやりになっていることは、この細かい各論に類することばかりです。デジタル庁の新設、スマホの代金を下げる、その他は、一般国民からみると、各論にしかすぎません。歴史観、国家観をきちんと持って、どんな国にするか(日本人にとってどんなふる里にするか)という方針がきちんとできていないから(大綱-軸がないから)、各論の設定がしっかりしないのではないでしょうか。日本は漂流するばかりです。

各論の一つである Go To は二階幹事長の思惑に沿っている、と一般国民からは見られています。GDPに占める観光業の割合は数パーセントです。中国からのインバウンドによるものは0,6パーセントにすぎません。コロナ禍で疲弊しつつある旅館や交通機関、飲食店を救済するのは大事かもしれません。しかし、Go Toそのものが、安いホテルの宿泊料には適用されないなど、一般国民をおもんばかったものになっていないのです。しかも Go To (飲食店向け)は、新型コロナの感染者を増やしてしまった、という感想を持つ人がとても多いのです。Go To は旅行も飲食も、年末になってやっと一時停止をかけました。二階幹事長はこの停止に反対だったそうですが、停止決定の時期が遅すぎたという印象は否めません。こうした感想を持つ日本人は約8割を占めているといいます。(一方では、一般国民からこうした批判を受けることによって、経済よりも人命、という施策を立てやすくなるかもしれませんが) 

何よりも、グローバリズムへはある程度かかわることはやむを得ないでしょうが、くれぐれも過度な関与は避けていただきたいものです。グローバリストの人たちの目的は、特色ある国を無くして世界を統一するところにあるようです。それは、自分たちを中心にした一握りの人(いわゆるエリートたち)だけが利益を独占し、他の大多数の一般の人たちは、少ないあてぶち(例えば、ベーシックインカム)が与えられて働き蜂として生かされる、というところにあると言われています。彼らはいつも、民主主義、人権を大事にする、など耳によく聞える言葉を並べていますが(ポリティカルコレクトネスなど)、その本質は共産主義に通じるところがあることはよく知られています。菅さんのブレーンに、グローバリストがいることがとても気になります。下手をすると、グローバリストたちによって、日本の優れた伝統が抹殺されてしまう恐れがあるのです。グローバリズムへの関与は、日本はほどほどに、でお願いしたいものです。

そして、中国に対する弱腰外交が、一般国民を慨嘆させています。国民の8割以上が中国をよく思っていません。一般国民は中国は何かを約束しても実行しないことが多いという印象があるようで、中国には毅然とした対応を、と願っているのです。毅然として対応する方が、中国からも一目置かれるのです。

日本は、連日、尖閣諸島周辺の領海に中国公船(実質、軍の船)に侵入され、国内各地には中国共産党の工作員に入り込まれ、おまけに、北海道や新潟県などに見られるように日本国内の土地がかなり買われてしまっています。(北海道は静岡県くらいの広さがすでに買われていると言います)

中国とは経済上、縁を切れないというのは間違っています。経団連の人たちを中心に、中国と密に付き合う企業はとても多いです。中国で生産したモノの売り上げは、日本のGDPとは関係がありません。日本の経済力を上げることには繋がらないことが多いのです。

中国に進出した企業は、たいていの場合、モノ造りのノウハウが中国に帰属するようになってしまうと聞きます。企業の工場も技術を持つ人たちも、すべて中国に召し上げられてしまうのです。中国とかかわると、日本の企業が大損することは明らかなのです。そうした企業の経営にたずさわる人たちは、今自分たちの利益につながっているからいい、ということかもしれませんが、何故、いずれ大損することがわからないのでしょうか。

それでなくても、実質、日本が相当中国に買われてしまっているのです。日本の急所になるようなところも買われています。(表向きは日本企業が買っていますが、その企業の大株主が中国であることが多いのです)

変異した新型コロナのウイルスが日本で広がらないよう、世界の国々からの来日を止めています。一方では、ビジネスや留学、労働力の確保のために、中国と他の数か国からの来日を許可しているのも、とても間違っています。

新型コロナウイルスの感染防止のため、菅さんは2020年の年末、国民には三密を避けてください、5人以上での会食を止めてください、と言う一方、菅さんは二階幹事長主催の8人以上集まる忘年会に参加し、国民からとても顰蹙をかいました。

感染者の数は、2020年末から2021年初頭にかけて、これまでになく増加しました。政府の対応(緊急事態宣言)の発出(それも首都圏など地域限定)はとても遅れました。国からの財政負担をもっと大胆にすべきでした。

デジタル庁の新設は、ひょっとしたらファーウエイ(ファーウエイを通したすべての情報が中国に集められているとされる)のさらなる導入につながるのでは、という危惧が取りざたされています。デジタル人民元の普及に加担するのでは、という危惧もあります。

そもそもデジタル人民元は、財産はもちろん、職業、誕生日や思想、対人関係、社会保障にいたるまで個人情報がすべて把握するツールであるという説があるのです。中国は世界を監視下に置き、全体主義に導く目的があるのです。このような国とよい関係を持つことは、日本の国益を相当に損なうのです。

にもいろいろとありますが、こうしたことが菅さんの支持率を大きく下げているのです。

ともあれ、菅さんには、本来の政治を行わず権力志向で大の親中派である二階幹事長とは一線を画し、また日本の独自性を生かし、日本人を元気にする政治を行っていただきたいと思います。このように思っている国民はとても多いことを知っていただきたいのです。

いずれにしても、どんな国にしていくか大綱を掲げていただきたいです。渋沢栄一さんは、理念なき経営は会社を長く存続させない、と言いました。

多くの国民が、今のままでは国が危うくなる、と危惧していることを忘れないでいただきたいと思います。(2021年1月10日)

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トランプさん、最後のカードを切りますか?

今回の大統領選挙では、トランプ氏が、正式に7千数百万をゆうに超える大量の票を獲得し、相手候補者に大差をつけて勝利したことが明らかでした。しかし、相手候補である器量も人望も人気も無いと言われているバイデン氏(民主党)がトランプ氏よりも多い8千万もの票を獲得し、当選を果たしました。

トランプ氏を上回る票を獲得したのは、特に激戦州とされるところで、大々的に票カウントの不正をしたからとされています。その不正は、民主党候補に勝たせたい巨大なパワーを持つ勢力や外国勢力(中国共産党その他の外国などと言われています)の介入によって、全国的に組織的に行われたとされています。

トランプ氏は、そうした勢力が何年も前からその勢力が利益を得るため、さまざまな不義不実な行為を世界中でやっており、トランプ氏はそれを止めるために、いろいろと取り締まりをしていたと言われています。

今回の大統領選挙では、その勢力にとって、そんなトランプ氏が邪魔な存在なので、トランプ氏には絶対勝たせたくなかった、ということのようです。

大統領選挙に関して、トランプ氏やその陣営は、数多くの証拠をもとに、主に激戦州とされるところで行われた選挙の不正をそれらの州の裁判所、そして連邦裁判所(司法)に訴えました。しかしその訴えはすべて棄却されました。

トランプ陣営の正当な訴えを棄却したのは、司法がその訴えを受理すると、数々の選挙の不正が公になってしまうから、またその背景には、それらの勢力によって、連邦裁判所や州の裁判所の判事など司法関係者らが篭絡され、脅迫され、骨抜きにされていたことがわかってしまうから、などと取りざたされています。証拠として不十分であったから棄却された、とする意見もあります。

アメリカの主要メディアは、選挙の不正を言い立てるのはトランプ氏やその支援者によるでっち上げ、陰謀、などと報じました。おまけに、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブなどのビッグテックは、トランプ氏とその支援者たちのメッセージを削除しました。これは、これらの人たちも、それらの勢力によって篭絡され脅迫されていたから、と取りざたされています。バイデン氏の側にいる彼らが、バイデン氏側にとって不利な情報(ひいては自分たちにとって不利な情報)が表に出されることを恐れたから、とも取りざたされています。

不正にかかわる情報が表に出されることを恐れるというのは、その不正を行った人たちが自分たちの行動が恥ずかしいことであった、つまり普遍の摂理に反していると認識しているからに他なりません。誰もが普遍の摂理に反することを恥ずかしいことで人に知られると困ると奥底で知っているのです。

日本の主要メディアは、アメリカの情報を分析し確認することもなく、アメリカの主要メディアの報道そのままに、バイデン氏を好意的に報道しました。

2021年1月6日、選挙のこの結果をもとに、議会はバイデン氏が次期大統領と認証しました。トランプ氏に近い議員たちも、それらの勢力によって篭絡され、脅迫され、バイデン氏側についていた、と取りざたされています。

もしそうであれば、トランプ氏によって任命された連邦裁判所の判事や、トランプ氏に近い議員たちは、アメリカという国のいく末を考えること(義)よりも、またトランプ氏への恩義や感謝に報いることよりも、それらの勢力による脅迫などから逃れることを優先した(実質トランプ氏を裏切った)、ということになります。

もしこのような状態で、選挙の不正がまかり通るなら、それは、アメリカ合衆国建国の精神を踏みにじり、憲法を尊重せず、民主主義を蹂躙し、人々のもっとも大事な権利である投票権をないがしろにするもの、と言われるでしょうもはやアメリカは国民不在で国の体を為しているとは言えない、と思われるでしょう。

人は不正を不快に感じるように創られています。大きな不正があったと思っている多くのアメリカ人は、バイデン氏が臆面もなく大統領に就任することに、違和感を感じていることでしょう。

トランプ氏が7千数百万もの票(一説には8000万もの票)を得たことはまぎれもない事実です。アメリカ人のみならず、世界中の人が、トランプ氏が大統領選挙の真の勝者であることを知っています。

1月7日、トランプ氏は”政権移譲を行う”旨の声明を出しました。またその翌日には、1月20の大統領就任式には参加しないというメッセージを発しました。こうした声明やメッセージを見聞きする限り、トランプ氏は組織的な不正(犯罪)を追求する矛(ほこ)をおさめてしまったのでは、と思えます。

バイデン大統領、ハリス副大統領になると、さらなるグローバリズムの推進(特色ある国を無くした世界統一計画の推進)が世界中で広がる恐れがあると思っている人は多いようです。また、中国共産党は貿易の振興や軍事力の増強を大きく進展させる恐れがあると思っている人も多いようです。

一般にささやかれているのは、共産主義の国は、言論統制が厳しく、彼らに不都合な意見はことごとく抹殺され、意見を言った人はすぐ逮捕され拷問され罰せられる、非民主的な息苦しいところ、ということです。多くの人は、それが世界中に広がっていくことを恐れているようです。

ところで、大統領選挙に外国勢力が介入したとなると、不正にかかわった人たちの行為は国に対する反逆ということになります。

1月6日、トランプ氏の支援者が何万人もワシントンの議会周辺に集まりました。あろうことか、その一部の人たちが議会に乱入し暴力をふるった、という事件が発生しました。その乱入はトランプ氏の意向によるもの、と断ぜられ、報道されました。いずれ真実は明らかにされると思われますが、この時、真っ先に乱入したのはトランプ氏の支援者になりすました、バイデン氏の側にいる極左暴力集団のアンティファやBLMの人たちであったとされています(その証言があり、また顔認証などの証拠からも明らかのようです)。その前日の1月5日、トランプ大統領は、極左暴力集団のアンティファをテロリストと再認定した覚書を発していました。

大統領は、これらのことをもとに、大統領選挙で不正に関わった人たちや、暴力行為をはたらいた人たちを、国家反逆罪やテロ行為を行った犯罪者と位置付けることができ、(司法によらず)軍の裁判にかけて裁くことが可能になります。これはトランプ氏の最終的なカード、とされています。

元禄時代、大石内蔵助は赤穂義士を率いて義(喧嘩両成敗の原則を逸脱した幕府の裁定を正すこと)を貫くために、最初は筋を通し、何か月もかけてお家再興を図りました。しかしそれがダメとわかると、最終的には仇討ちという行動によって幕府を諫めました。仇討ちが大石内蔵助にとって最終的なカードであったのです。そのカードを切ったことによって、結果的に大石内蔵助と赤穂義士は、民衆をはじめ、間違った裁定をした幕府からも、彼らは義士であると絶大な好評価を得ました。

トランプ氏には、ずっと法を守り憲法を守ることによって不正をした巨大な勢力を抑えることによって(自由と民主主義の国)アメリカを守るという方針をとっていました。しかしもはや、法を守り憲法を守るやり方ではどうにもならないことがわかったのです。憲法を守ると言うのなら、その不正は憲法に違反していることなので、それを正すことが憲法を守ることになるのです。

トランプ氏はこの最後のカードを切るのでしょうか? (2021年1月9日)

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2021年、与えられたミッションを遂行いたしましょう! 私たちの誰にも与えられているミッション、それはいったい何?

2021年、明けましておめでとうございます。

本年は激動の年になると思われます。アメリカ大統領選挙の結果や中国共産党の影響などを受け、世界には大きな混乱があるでしょう。

私たちはそれぞれに足元を固め、為すべきことを為す、つまり私たちは、それぞれの持ち味を発揮して、与えられたミッションを遂行いたしましょう。

私たちの誰にも等しく与えられているミッションとは、「漂える世をつくり固めること」です。このミッションを遂行することによって、「日本と世界の基盤をアップデート」できるのです。

詳しくは、紀元塾の勉強会や講座でお話しさせていただいておりますが、日本は素晴らしい国です。そして日本人は素晴らしい国民です。この150年ほど、日本人はその伝統を忘れてしまっているようです。

なかなか気がつかないかもしれませんが、日本は今相当に劣化しています。世界の中で確固たる行き方をしておりません。

今のままでは、混乱した世界の中で方向を見失い、また他国から大きな影響を受け、国としての体を為さなくなる恐れすらあります。

これを避け、国を立て直すのは結局は私たちなのです。

そのために、私たちはんなことをしたらよいのでしょう? その解答は紀元塾でお話を聴いていただくとすぐにお分かりいただけると思います。

皆さま方にとって、2021年が輝かしい年になりますことをお祈り申し上げます。

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新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント8 会社社長より

「栄養失調の現代人に命を吹き込む本を出していただき、御礼を申し上げます。

中高生どころか、成人すらも大人になるための著書です」会社社長TK

 

新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント7 会社社長より

「大変興味のあるテーマであり、また非常に読み易く書かれており、新しい発見等を含めて、改めて論語について拝読し、勉強させて頂きます」会社社長 TS

安全保障と経済の分離はよくないのでは?! 菅さん、舵取りを間違えないで!

2020年11月、日本は、コロナ禍で遠のいていた中国とのビジネス交流を本格的に復活させました。一方では、国の安全保障は中国と大きく対立しているアメリカに依存しています。これは安全保障と経済を分離したやり方です。

中国は尖閣諸島周辺の日本の領海に公船を日常的に侵入させています。そしてあろうことか、中国は日本固有の尖閣諸島を自国領土であると広言し、日本の領海での日本漁船の操業を非難するありさまです。尖閣諸島への侵犯は日本国の主権への侵犯です。そして日本はアメリカと安全保障を約して、その中国に相対しています。

広く世界で知られていることですが、中国は、チベットやウイグル自治区での人権蹂躙問題(奴隷労働させられ、大量虐殺もあったと言われています)、ブータン領土への侵入、香港での民主的な活動の弾圧、先進技術や人気キャラクターの盗用問題などで、ほとんどの西側諸国から非難されています。

経済は中国と組み、安全保障はアメリカに依存、というやり方は、世界では通用しません。それは日本の信用を低下させる元になるのではないでしょうか。外交にせよ何にせよ、二股をかけるやり方を採る国は世界で信用されないのです。 

2020年3月、安部内閣は、中国への依存体質(脆弱な体質)を改め、サプライチェーンを中国から他国に移す企業や生産拠点を中国から日本に戻す企業を支援する施策を講じました。しかし何故、今この施策をさらに押し進めることもなく、中国への依存体質をむしろより強固にする方向に進めようとしているのでしょうか?

中国とかかわりがある多くの企業(経団連参加企業など)が、中国との関係を今止めることは難しいということからでしょうか? 彼らは、とかく目先の利を追っているだけのように見られるのですが。

先般(2020年11月)、日本はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を締結しました。RCEPは端的に言うならば、中国主体の多国間経済協力と言われています。インドはRCEPへの参加を断りました。

今中国は世界の中で四面楚歌といってもいい状態です。チベットやウイグルの人権蹂躙問題や香港の民主的な活動の弾圧問題、そしてコロナ禍などで、一部を除く西側諸国からそっぽを向かれているのです。

日本が中国と経済的な関係を強固に結ぶことによって、日本の西側諸国での立ち位置は相当にゆらぐものになる恐れがあるのではないでしょうか?

日本はあくまでも西側の一員です。一部を除く西側諸国では、中国をサプライチェーンとしていた企業が歯を食いしばって、徐々に中国との縁を切りつつあります。例えば、オーストラリアは鉄鉱石や農産品の最大の輸出先が中国ですが、南沙海やウイグル自治区での中国の横暴なやり方に反対し、自国の貿易などによる利益よりも、筋を通して信を得ることを優先しています。

こうしたこと以前に、今、中国経済は崩壊寸前と言われています。もし中国が経済崩壊したら、多くのモノづくりその他で中国に依存している(依存し過ぎている)日本の企業そして日本の経済は大きな損失を被ることでしょう。リーマンショックの時の日本の損失額は約200兆円でした。中国が経済崩壊したら、日本はこの6~7倍の損失を被ると言われています。財界の人はこうしたことを折込み済みなのでしょうか?

そういう状態であるのに、何故、今なお中国に入れ込もうとしているのでしょうか? 

中国から撤退することは、経済面で大きな犠牲を払うことになるでしょう。しかし短期的にみても、中国とは距離を置いた方が、日本にとって経済的にも信用を守るためにも得策と考えられるのです。

同盟国のアメリカは、日本が中国との経済交流をさらに強固にしようとすることに不快感を持つのは間違いないでしょう。そして一部を除く西側諸国は、日本は無償で奴隷労働させられているウイグル人たちによってモノづくりが下支えされていることを容認する、つまり日本は中国の人権蹂躙を容認する国と思うことでしょう。

菅さんはどのような価値判断で、日本の領海を侵犯するような中国、技術にせよ何にせよ日本のよいものを自分たちのものにするとされる中国、そして経済的にもとても危うい状態と言われている中国との関係をより強固にしようとしているのでしょうか? 

日本は底力がある国です。他にないモノづくりの技術や優れた感性を感じさせる芸術や文化など、素晴らしいものを持っている国です。その素晴らしさは世界中で認められています。

中国との関係、西側諸国との関係、アメリカとの関係のバランスを欠くことによって日本を国際的に弱体化させ、亡国に向かわせるようなことがあってはならないのです。

これまで何百年もかけて、日本に底力をつけ、ものづくりの技を洗練させ、外国に確固たる信を築いてきた先人たちの努力を無にするようなことだけは避けなければなりません。 

(2020年12月6日)

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アメリカの大統領選挙があらわにしたもの(3)アメリカを席捲する大きなパワー

(3)アメリカを席捲する大きなパワー

今回の大統領選挙は、アメリカ政府を転覆させ、世界秩序を壊して世界中を左翼的な政権に変えたいという意図をもって、あるところから操作された、などと取りざたされています。

こんなことってあるのでしょうか? 選挙を操作したるところとは一体どこなのでしょう?

軍関係者の宣誓供述書によれば、D社の票の集計シスがテムに中国やイランその他の国からアクセスがあったとのことです。もしそうであれば、こともあろうに、中国など外国の人たちが、自分たちにとって都合よく動いてくれそうな人をアメリカの大統領にしたかった、ということになるのではないでしょうか? また、元国防情報局士官によれば、選挙の不正には中国共産党、そしてCIA,FBI,国土安全保障省などが関与しているとしているとのことです。

あるところとは、中国やアメリカCIAやFBIなどなのでしょうか? CIAやFBIも?

世界制覇を広言している中国がアメリカの民主主義を壊してアメリカを思うように動かせるように動いた、また、ディープステート(国際金融資本家とされる)がアメリカを思い通りに動かそうとしている、という説もあります。

中国もディープステートも、大多数が働き蜂で、ごく少数が利益を得る、富める者はどんどん富むという姿は共通しているようです。

本当のところは、一体どうなっているのでしょう?

フランクフルトでアメリカ軍がCIAと戦って、D社の集票システムのコアの部分を奪還したとのこと。この一件からすると、CIAがD社の票集計システムのサーバーなどを管理していたことがうかがえます。

今回の選挙で、もし不正があったとしたら、アメリカ全土にわたる、組織的でとても大掛かりなものと思われます。今や大きく左翼に傾いているとされている民主党の要人(大統領経験者を含む)、政府の要人、州の要人、司法関係者、企業の人たち、主要マスメディア、その他さまざまな人たちが関与していることは間違いない、と取りざたされています。

今回の選挙不正は相当準備していなければ到底なし得ない規模ということになります。もし中国が関与しているのであれば、中国は何年もかけて周到にそうした人たちと関係を持って篭絡していたとしか思えません。

もしそうであれば、何故そうした人たちは中国に篭絡されたのでしょう? そうした人たちはアメリカの立ち位置、何よりも自分自身の立ち位置をわきまえているのでしょうか? それが世界に大きな混乱を巻き起こすことを考えているのでしょうか?

彼らは、左翼活動家が始めたとされるBLM(黒人の命は大事)の運動に一般の人たちを連動させました。BLMの創設者の一人、パトリック・カラーズ女史は「自分たちはマルクス主義者であり訓練されている」と言っています。そんなBLMに一般の人たちが連動されているのです。

彼らはまた、極左暴力集団アンティファの人たちの略奪や暴行を止めようとしたトランプ氏を強く非難しました。

一般の人たちを連動させたBLMの人たちからすれば皮肉なことでしょうが、今回、黒人たちの多くが、選挙ではトランプ氏に投票し、黒人たちの多くが、大きな不正があったとして選挙の無効をうったえています。

民主的に秩序と調和を保つこと、そして真実と正義を貫くことによって、国も人々も必ずよい方向に向かう、これが「普遍の摂理」です。人の道に沿わない不正は「普遍の摂理」に沿うものではありません。

アメリカ人はどのようにして次期大統領を決めるでしょう?(2020年12月1日)

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アメリカの大統領選挙があらわにしたもの(2)メディアの不思議

(2)メディアの不思議

メディアは公正で中立、真実を報道をするのが使命です。メディアはこの使命を果たすことによってこそ、人々は本当のことを知ることができ、良識と良心を働かせることができ、しかるべき判断と選択ができるのです。

アメリカの主要新聞やテレビ(ニューヨークタイムス、CNNなど。以下、主要メディア)は相当に偏った報道を続け、人々をミスリードしていると言われています。

トランプ氏は過去4年の大統領任期中、規制緩和や大幅減税などによって製造業の活力を復活させ、第3四半期のGDPを30パーセント以上増やしました。就業率を高めて失業率を大幅(過去最低レベル)に縮小しました。エネルギー自給率100パーセントを達成し、石油の輸出国にしました。また世界の国々と平和条約を締結しました。トランプ氏は公約をほぼ達成する成果を上げています。これほどの成果を上げた力量は並はずれたもの、と言えるくらいです。こうしたことから、トランプ氏はアメリカのマイノリティからも大きな支持を得ているようです。

主要メディアは、トランプ氏のこうした業績を一切報じません。一方、主要メディアは反トランプ氏一色の偏向報道で、バイデン氏が有利になるようアメリカ国民を導いているように見えます。

このことは、ツイッターやフェイスブックなどのビッグテックも同様です。言論の自由といいつつ、現職大統領であるトランプ氏をはじめ、トランプ氏を支援する人たちの意見を検閲し、時にはそれをブロックしてバイデン氏側に不都合な意見を表に出さないようにしているといいます。

それにしても、なぜ主要メディアやビッグテックはこのような姿なのでしょう? その姿は全体主義、共産主義の国におけるメディアやプラットフォーマーの姿と同じではありませんか。

もしマスメディアやビッグテックがそういう姿であるとしたら、彼らは、このままいったらアメリカはどうなるか、アメリカ人はどのような暮らしになるか、そして世界全体がどうなるか、を考えているとは思えません。とても不思議に思われます。

実は日本のマスメディアにも、これと同じところが見られます。

今回の大統領選挙に関する報道では、例えば、某テレビ局では、バイデン氏が大量の票を獲得したことに異を唱えたトランプ氏に対し、トランプ氏は投票結果にケチをつけている(男性)、不正を調べるのは悪い影響を与える(女性)と発言していました。どのテレビ局も、おしなべて、バイデン氏の勝利(得票数が多かったこと)を歓迎し、トランプ氏は早く敗北を認めるべきという論調でした。

何故、日本でもメディアがこのようになっているのでしょう?(2020年11月30日)

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アメリカの大統領選挙であらわになったこと(1)アメリカに正義があるかどうかが問われる事態になっている

(1)アメリカに正義があるかどうかが問われる事態になっている

「不正によって地位や利益を得てはならない」これは地域と時代を超えた「普遍の摂理」です。主義主張や理屈などではありません。

さて、今回の大統領選挙では、大きな不正があった、と取りざたされています。 

ペンシルバニア州やミシガン州などでは、票の集計作業を中断している夜中に、突然バイデン氏の票が何十万票も増えたとのことです。

後日行われたペンシルバニアの公聴会では、突然増えた票は、バイデン氏の票が70万票、トランプ氏の票がたった3200票であったと報告されました。70万票対3200票というのは、あり得ない票差です。この票数のあまりの差に、公聴会では失笑が沸きおこったと言います。

ミシガン州では投票率が120パーセントを超えた郡があるとのことです。宣誓供述書によれば、ミシガン州のある郡では投票率が700パーセントを超え、何十万票もの票がバイデン氏にカウントされたそうです。こうした状況は、組織的な操作がない限り起こり得ないでしょう。

ある調査(中立)によれば、28州で導入されたD社の票集計システムそのものがバイデン氏の票数が必ずトランプ氏の票数を上回るようにプログラムされ、また国内をはじめ中国、セルビア、イランなど外国からも票数が操作されたといいます。この調査を行った人は「大統領選挙は100パーセント操作された」と言っています。

今回導入された郵送による投票も、バイデン氏の票が多くなるよう、消印の日を変え、亡くなった人やその地域に住んでいない人も投票したことにし、何万人もの人が二度投票したことになっていたところもあったとか。それに、トランプ氏に投票された分を大量廃棄するなどの不正があったと言われています。もしそれが本当であったら、よくもこのような荒っぽい手法で不正(すぐにわかるような不正)をしたものです。しかも、義憤に駆られて不正を告発した人は、告発を撤回するよう脅迫されたとのことです。

この種の脅迫は、公的機関の長、地方行政組織の長、そしてこともあろうに司法関係者にもあったとのことです。こうした脅迫は相当の不正が行われたことの現れではないでしょうか。また、不正が暴露されたくない人たちが相当に狼狽し焦っていることを示している証とも言われています。

こうした不正は民主主義を根本から破壊する行為です。古代ギリシャは民主的な運営を邪魔する人たちによって国が崩壊しました。それは「普遍の摂理」に大きく反しているのです。

選挙に不正があり、それがまかり通ってしまうようなら、アメリカでは今後とも正しい選挙が行われることはないでしょう。アメリカ人はこの問題をどのように解決するでしょう。(2020年11月29日)

 

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アメリカ大統領選挙であらわになったこと(次回からの3回シリーズです)

狡(ずる)いことや卑怯な行為は、いくら隠していても必ず表に現れ、人々に知られることになります。「不祥事はいつか必ず表に現れる」これは主義主張ではない、理屈ではない、地域と時代を超えた「普遍の摂理」です。

今回のアメリカ大統領選挙では、大掛かりな不正が行われていたと取りざたされています。もし不正があったとしたら、それは「普遍の摂理」にまったく合わないことが行われたということになります。

今回の大統領選挙では、次期大統領候補者は現職大統領トランプ氏(共和党)とバイデン氏(民主党)です。

2020年11月27現在、得票数ではバイデン氏が優勢とされています。しかし、選挙で組織的に大々的に不正が行われていたことが指摘され、トランプ氏は選挙の結果はまだ出ていない、としています。

大づかみに言いますと、トランプ氏は左翼勢力やグローバリストたち、そしてマスメディアと戦っており、バイデン氏は、逆にそうした人たちの支援を得ているとされています。

今回の大統領選挙で、かくも組織的に大々的に不正が行われていたとされるのは、アメリカ建国以来のことだそうです。アメリカは世界に大きな影響を与える国です。今や世界中の人たちが、今回の選挙で大きな不正が行われたという情報を得ています。今回の選挙をアメリカはどのように決着させるか、世界中の人たちがかたずをのんで見守っています。アメリカ人の正義感、誠実さ、勇気、アメリカの未来(世界の未来)を思う真摯さなどが、今問われていると言えるでしょう。

現時点で、今回の大統領選挙であらわになったことは、大きくとらえると、(1)アメリカに正義があるかどうかが問われる事態になっている、(2)マスメディアの不思議、(3)アメリカを席捲する大きなパワー、ではないでしょうか。

このコラム欄では、「人間学」そして「普遍の摂理」の観点から、この(1)~(3)について三回シリーズでお話しさせていただきます。(2020年11月27日)

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こんな外交ではダメだ! 

2020年11月24日、中国の王外相(中国では部長)が来日しました。この来日は中国側(中共政府)からの要請によるものでした。日本側は24日に茂木外相、25日に菅首相が王外相と会いました(双方の立場(位置)を考えると、そもそも首相が会うことはなかったのです)。日本側の中国に対する対応は弱腰そのものでした。おまけに、会談後の記者会見で、尖閣諸島は中国のものという印象を世界中に与えてしまったようです。

復習になりますが、これまで中国は、内にはウイグル人に対する強制労働や臓器移植という人権問題と香港人民に対する民主的な活動制限の問題などを抱え、外には(日本を含め)先進国には調略で政治家や大手マスメディア、企業経営者らを篭絡、経済的な結びつきを深め、日本やアメリカなどから優秀な技術をたくさん中国に移転しています。また、一帯一路計画で中国と西欧諸国とを結ぶ経済圏をつくることをもくろみ、アジアやアフリカの発展途上国に対しては戦狼外交を繰り返している、などが広く世界に知られています。

そして多くの国々、特に欧州の主要国やアメリカなどから、中国(習近平政権)は「やり過ぎ」の非難の声が上がっています。最近になって、中国からの借款やインフラ整備などの援助を(自国のためにならないとして)断る途上国が相次いでいます。

近年、尖閣諸島周辺の日本の領海に中国の公船が頻繁に出入りし、日本の漁船を追い回しています。そして、こともあろうに尖閣諸島は中国のものであると喧伝しています。

こうした中で王外相が来日したのです。この来日は、今経済の状態が思わしくなく、また多くの国々からそっぽを向かれている中国が、日本との関係をより確かなものにすることによって自国の立場をよくしたいという意向があってのことと取りざたされています。

さて、会談ではいろいろなことが話し合われましたが、尖閣諸島については、24日の両者会談後の記者会見で、茂木外相は「(尖閣諸島の領有権に関する)日本の立場を説明し、中国側の前向きな行動を強く求めていくとともに、今後とも意思疎通を図っていくことを確認した」と発言しました。

これに対して王外相は「日本漁船が釣魚島(尖閣諸島の中の魚釣島の中国名)周辺の敏感な水域に入る事態が発生しており(中国の海警局の公船などにより)やむを得ず反応しなければならない。主権は守らなければならない」と発言しました。

尖閣諸島の問題に関する記者会見での双方のこの発言について、皆さまはどう思われますか?

茂木外相は中国に気をつかっているためか、何を言っているのかとてもあいまいです。というよりも、とても弱腰に聞こえます。前向きって一体どういうことなのでしょう? これに引き換え王外相は、尖閣諸島は中国のものであるという前提で発言しています。

この記者会見の模様は世界中に発信され、両国外相の発言は、双方の政府の公式の見解を表すものになっています。世界の人たちは日本は親中の国と思ったことでしょう。

王外相が尖閣諸島は自国の領土であるかのように発言した後、なぜか茂木外相は一切反論せず、何と薄笑いを浮かべました! 後になって茂木外相は、尖閣諸島は日本固有の領土であると強く迫った、などと言いましたが、こうした後付けの言は全く効力はありません。あくまでも内向きの言い訳に過ぎないのです。茂木外相は親中派の自党幹事長から、中国を刺激しないようにと言われていたのかもしれません。反論して王外相からさらに厳しく返されることを避けたかったのかもしれません。

先に欧州を訪問した王外相は、フランスやドイツなど主要国の要人たちから、こぞって手厳しく対応されました。王外相が茂木外相との会談後の記者会見でこのように発言することによって、欧州での失態をリカバーしたかったのかもしれません。

誰もが、相手から自分が大事にしているものが棄損されそうになったら、それを防ぐ、あるいは反撃します。このことは、すべての生命体のDNAに書きこまれています。それは「普遍の摂理」なのです。

外交は骨のあるところを見せなければなりません。王外相から尖閣諸島は中国のものという言い方をされた時、外相は断固、反論すべきだったのです。日本は主権と国益を守る姿勢を見せることによってこそ、中国から一目置かれ対等に交渉できるのです。この記者会見をテレビで見た日本人は、なんだこれは、と情けなく思い、日本の政府の対応に大きく落胆しました。そして中国に怒りの感情をさらに強く抱いただけでした。毅然として時の大国に相対した聖徳太子に学ぶ必要がありそうです。

王外相がそのように日本国での記者会見で発言したことによって、日本人(現在、8割以上が反中国とされる)は、さらに中国憎しという気分を強めたことでしょう。今回来日して、日本とのつながりを確かなものにしたかったのであれば、日本人に怒りの感情をさらに強く与える発言をしたことは、中国側からすると大きな失敗でした。

それにしても、なぜいつも日本は中国(中共政府)に対して、かくも弱腰になるのでしょう?  そもそも、日本の外交は「普遍の摂理」に即していないようです。どうしたら改善されるのでしょう? (2020年11月25日) 

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新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント6 (主婦より)

「論語の文系ではないではない理系的な視点からの分析がユニークで、とても興味深く読めます」 主婦 RO

新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント5 (主婦より)

「難しい言葉をつ使わずに、わかりやすい言葉で表している。その都度、解説があり、過去の研究に裏付けられた説明がつけられているため、単なる著者独自の価値観によるものではないことがわかります」 主婦 RK

新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント4 (主婦より)

「論語に、一つひとつの字の説明がついていて、とてもわかりやすく、すっと頭に入ってきます。今の人たちによくわかる解説がなされていて素晴らしいです」 主婦MM

新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント3 (曹洞宗寺院 住職より)

「論語を現在私たちの生きている日本の状況に置き換えて、わかりやすく翻訳、解説することに挑戦し、大変読みやすい好書になっています。人は天命に従い自分の使命を知る時がきます。そんな機会の一つに本書がなればと思います」 住職 TO

新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント2 (元高校教師より)

「論語の本なのに固くなく、とても読みやすいし、素粒子や鴨長明、渋沢栄一の話がでてきたのにはびっくりしました。随所にオシャレなイラストが入っているのも素敵です」 元高校教師 TI

新刊「論語君はどう生きるか?」へのコメント1 (会社社長より)

「自分は『生かされて生きる』をモットーとしていますが、この本で、すべては心の持ち方ひとつと再認識しました。何度も気づきを与えてくれる内容で、心がきれいになり、勇気を与えてくれました。感謝!」 会社社長 KN

これからの教育

7月11日の大宮教室では、ルソーの教育論がテーマでした。

ルソーが言うように「民主政治が正しく行われるためには、主権者であるすべての人が正義を心得、また真実を見抜く知恵を備えていることが必要であり、子どもの頃から、そのための教育が不可欠」です。

日本の義務教育では、こうした視点からの教育は行われていません。

これからの日本の教育は、次の3点を重視すべきと思われます。

1.日本民族の歴史と文化を正しく学ぶ

2.本物を観る目を養う。

 特にマスコミの情報は偏向していないか、政治にたずさわる者は大局をみているか、人そのものは誠実で信頼できるか、そして世論の真偽を見極めることができるようになることが望まれます。

3.自立とは何かを教える。

 

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「コロナ禍があぶり出したもの」(5)日本の地位のさらなる低下(シリーズ最終回)

「コロナ禍があぶり出したもの」 皆様、是非お考えください。

(5)日本の地位のさらなる低下(このシリーズの最終回)

今の日本、経済力は、GDPが世界の24位、時価総額上位35社の下の方にトヨタ1社がかろうじて入っているという程度です。(かつてGDPは世界の2位、時価総額上位10社の約半分は日本の企業が占めていました) またGDPに占める教育への公的支出は35位、自由度は64位、寛容さは92位、そして幸福度は62位です。何という体たらくでしょう。日本の地位は今や先進国の中で最下位に位置付けられているくらいです。これは、潜在力ある本来の日本の姿ではありません。

コロナ禍のずっと以前から、日本はかなりピンチなのです。今の日本は、ピンチをチャンスにするどころか、コロナ禍の対応で、日本の評価をさらに低下させているようなのです。日本はピンチをさらにピンチにしていると言えるでしょう。

2月上旬、クルーズ船内で新型コロナウイルスの感染が広がりました。日本の担当者はいろいろな対策を講じたようですが、海外(特にアメリカ)では、船内で感染有無の検査も十分行われず、感染の防止策も十分ではない、日本の対応はよろしくないと大きく報じられました。

さて、日本での永住者や定住者(外国人労働者であることが多い)は特段の事情があるという理由で、外国人の入国が許可されています(入国する人の国籍はわかりません。このことについては法務省のHPをご参照ください)。入国する外国人は、感染の有無の検査はしているのでしょうが、その結果が出るまでなかなか指定のところにいてくれない、などの問題もあるとか。こうした状況では、新型コロナウイルスの感染の危険はおさまることがないのではないでしょうか。関連する情報は一切出されません。

感染有無の検査がなかなか受けられず、症状が出ていても何日も自宅待機を余儀なくされることや、感染者の数が他の国に比べると驚くほど少なく、感染の実体がつかめない(人口100万人当たりドイツは2万件以上、アメリカは1,1万人に対して日本は約900件)こと、そして検査ができなかったために早期治療がなされず病状が急速に進んで命を落とした方が何人もいること、などが海外で批判的に報じられています。

感染の実体(感染率)を把握することによって、感染の拡大を防ぎ、経済活動の再開をはじめ、しかるべき対策をより早く講じることができると思われます。統計的手法を用いることによって、感染の実体(感染率)を求めることは可能なのです。そのための検査の数を検討しては如何でしょうか(これは病床数や医療従事者数が少ないことを超えた問題)。また感染者の中に外国籍の人が何人いるか、といった情報は出てきません。報じられることもありません。

ここ一番、外出自粛を徹底し、日本の底力を見せましょう! 政治や行政の責任者の皆さん、真摯に国民と一体になって、日本の地位が下げ止まるようにいたしましょう。(2020年4月27日 樫野紀元)

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「コロナ禍があぶり出したもの」(4)テレビ番組への違和感

「コロナ禍があぶり出したもの」 皆様、ご一緒に考えてみませんか?

(4)テレビ番組への違和感

コロナ禍で外出を自粛して家にいる時間が増え、テレビを観る時間が増えています。そして、テレビの番組に大きな違和感を持つ人が増えています。

どのテレビ局も(教養番組を除いて)、朝から晩まで、健康、料理、バラエティ、芸能人ゴシップといった番組のオンパレードです。洗練された古典芸能、音楽番組、よくできたミステリードラマや気合が入ったドキュメンタリィ番組、そしてスポーツ番組はあるものの、バラエティ番組の多くは、本来の娯楽というよりも、ただ出演者が大騒ぎするだけ、そして彼らの自己満足を視聴者に見せつけているだけという感があります。おまけにその内容はどの局もほぼ同じなのです。出演者もほぼ同じで、どの局も同じ会社に外注しているのでは、と思われるくらいです。

時事の報道では、コメンテイターが建設的な政府の政策批判ではなく、対案なく単に政府を批判するコメントを出したり、ただただ反日、左翼的な方向に視聴者を導いていると思われても仕方ないようなコメントを出す例が多いようです。報道が偏向した内容になっている例がとても多いのです。いろいろな意見を言い合う方が、観ている方は参考になるのですが、そうしたコメンテイターに反対の意見を持っている人はほとんど出演しません。

人は、たまには、おちゃらけた番組を気晴らしで観ることはあるでしょう。しかし奥底では、心を打たれ感銘を受ける名画(古今東西の良い映画、なつかしい映画など)や苦しみを乗り越えて何かを成し遂げた人の話などをもっと観たいと思っています。コロナ禍で家にいる時間が長くなっているのに、こうした番組はあまり放送されません。テレビ番組への違和感の大きな原因は、こうしたところにあるようです。

テレビの番組ではあきたらないのでしょう、ネット配信の番組を観たり、DVDをレンタルする店に、普段よりも多くの人が行くようになっています。その店では来客が大幅に増えたため、感染の機会が増えています。

今、スポンサーの”広告シフト”が進んでいます。2019年度、スポンサーの広告料は、テレビに約1兆8000億円、ネットには2兆1000億円とのことです。人々の娯楽や情報源としてユーチューブやフェイスブックをはじめネットが隆盛になっているようです。個人が情報を得るだけでなく情報を発信できるネットがテレビに取って代わりつつあるのです。

スポンサーのテレビ離れは、番組が面白くないからでしょうか? あるいは、ある種の偏向報道に嫌悪感を持つからでしょうか? 人々の満足感が高い、よい番組を放送しないと、結局は視聴する人が減じ、スポンサーがつかなくなり、自分たちが損をするのです。このことが、コロナ禍で、あらためてあぶり出されています。(2020年4月26日 樫野紀元)

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「コロナ禍があぶり出したもの」(3)美質を表す日本人が減ったこと

「コロナ禍があぶり出したもの」 皆様、ご一緒に考えてみませんか。

(3)美質を表す日本人が減ったこと

もともと日本人は、和を大切にし、思いやりと利他の心があり、秩序と調和を大切にする心、そして高い学習能力と創意工夫する力堪え忍ぶ心を持っています。大震災の復興時、粛々と秩序を守って頑張った日本人は海外でも報じられ絶賛されました。こうした美質は、縄文時代から培われたもので、民族としての特徴でもあります。

海外のようにロックダウンせずとも感染防止のために外出を自粛し、コロナ禍を取り除くためにひたすら尽力する、これが日本人の美質の見せどころなのです。

ところが、今回のコロナ禍によって、もともと奥底に持っている美質を表す日本人が減り、自分勝手な日本人が増えていることが明らかになりました。緊急事態宣言が出され、外出自粛の要請が出されているにもかかわらず、感染機会が増えることが明らかなのに、観光地や景勝地に出かけ、遊戯施設に出かけ、居酒屋その他に出かける人がたくさんいるのです。ライブに行った中高年の人もいました。イベントを開催した人もいました。海外渡航を制限している中、感染者が多い欧州の国に出かけた人たちがいました。海外で感染して帰国し、電車やバスに乗って帰宅した人もいました。

子どもたちは、こうした大人たちの映像を見て、”外出してはいけないのにね”、と言っています。その人たちは、子どもたちにこのように言われて、恥ずかしくないのでしょうか?!

如何でしょう? この人たちは、新型コロナウイルスの感染防止よりも、自己満足を優先しているのです。3月下旬の連休で花見に出かけた人たちを取り上げ、フランスや香港のメディアは「警告にもかかわらず花見をする日本人」と報じました。海外の人たちの、日本人はまじめで規律正しいというイメージは、このところ大きく損なわれています。3月下旬の連休であちこちに出かけた人が多かったためでしょうか、4月上旬の感染者数が激増しています。

もちろん、多くの日本人は外出自粛要請を真摯に受け止めて家にいます。テレワーク(遠隔ワーク)を導入する会社も多いです。学校ではオンライン授業を進めたり、工夫して学習カードを作ったりして勉強を進めています。会社や商店が休業して仕事が無い人が農家の手伝いに行く例もあります。スーパーやデパートでは、レジできちんと間隔を空けて並んでいます。いろいろな団体などを通して、医療用エアテントや医療支援物資を提供する人たちも多いです。

多くの日本人はこのように、もともと持っている美質を表しているのですが、かなりの割合で自己満足を優先する人がいることが問題なのです。従前、日本人は他を慮(おもんばか)って自分勝手ではありませんでした。少しの人が、何万人もの感染者を生じさせることを忘れてはならないのです。

一人ひとりが短い期間、気をつけることによって、コロナ禍はおさまるのです。コロナ禍がおさまれば、いつでも観光地や居酒屋に行けるのです。何より、元気になって経済活動を再開できるのです。自己満足を優先する人がいると、いつまでたってもコロナ禍はおさまりません。楽しみも、活動も、ずっと後になってしまうのです。医療を崩壊させないためにも、一人ひとりが、他に感染させない責任を持たなければなりません。

コロナ禍に打ち勝つのは、結局は、国民一人ひとりの意識と行動にかかっているのです! 

今世紀に入ってすぐ、日本の多くの会社は新市場主義を是とし、会社は社会のためにあるという大原則を忘れ、大企業も自社の利益を最優先にするようになりました。その後、約40年、多くの会社は今もこの路線に沿っています。こうしたあり方が、もともと持っている美質を表さず自己の利益中心の日本人を増やすことに繋がっていることは否めません。

本当の利益は信用をもとにもたらされるものです。バブル崩壊の時、目先の利益にとらわれず、じっくり構えて自社の持ち味を発揮した会社は信用があるため立派に生き残り、成長しています。もともと持っている美質を表す日本人が経営する会社は安泰なのです。社会性が欠落し自己満足を優先する人は、人からの評価は低く、信用されません。自己中心の人は自ら大事な人生をスポイルしているのです。(樫野紀元)

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「コロナ禍があぶり出したもの」(2)リーダーの力量

「コロナ禍があぶり出したもの」 皆様、いろいろお考えいただけましたら幸いです。

(2)リーダーの力量

良いリーダー像については、このコラム欄に掲載させていただいた「だから私はこう生きる」シリーズ(14)で、お話しいたしました。(このコラム欄をさかのぼっていただくと、その記事は見つかります)

抽象的な言い方になりますが、国や自治体のリーダーの力量は、そのリーダーが、①現状をよく把握し、純に身体をはってコロナ禍と向きあっているか、②人々を心から思いやり、寄りそっているか、③情報を偽らずに開示し、よいアイデアは取り込み、対策を立てて自身の言葉で語っているか、の三点で観ることができるでしょう。

はからずも、コロナ禍で、国や自治体のリーダーの姿があぶり出されました。

国民は、国や自治体のリーダーを、自分たちを守ってくれる存在とみています。早期にコロナ禍をとり除かなければならない時なのに、こんなことを言うと人から批判される、この施策は異を唱えられる、などと及び腰になっているリーダーや、周りの声に左右されるようなリーダーがいます。このようなリーダーは、とても力量があるとは言えません。

リーダーは、国民をコロナ禍から守る、という強い思いを持っていないことには話になりません。そしてよく学習することが求められます。よく知っているリーダー、あるいは幹になることをズバッと指摘するリーダーに、人は畏敬の念をもつものです。あるリーダーの例ですが、テレビに写ってもまるで他人事のような話しぶりです。

稀にみる非常時なのです。部下を動かせないリーダー、人々を導けない無責任で頼りないリーダーでは、嵐の海を行く船長不在の船に乗っているようで、人々は不安が嵩じるばかりです。

医療体制との関係もあるとは言え、軽症の人でも医師や看護師が24時間体制で面倒を見てくれる施設が確保されていない、感染の有無を検査する体制が十分ではないなど、現状を憂うリーダーがいます。そのリーダーは、できない理由を探しているのです。リーダーはできることを探す、あるいは、できることをつくり出さなければなりません。

国や自治体のリーダーは、病床が足りなかったらホテルや研修施設を使う、そういう施設は法的位置づけが病院とは異なる(療養者として扱われる)ので医療が十分に行えなかったらそれを改める、検査体制が不十分であったら24時間稼働できるPCR自動検査器(国産、スイス製)を使う(人手をかけずに一日に7万人分の検査ができるとのこと)ようにする(国はその検査器の使用を許可する)、あるいは40分ほどで検査結果がわかる蛍光ランプ方式(国産)を使う、など果敢に実行しては!  感染者の数を把握することこそが、感染拡大を防ぎ、的確な対策を講じてコロナ禍を解消するもとになるのです。早期に外出自粛を解消して経済活動を再開できるのです。そして新型コロナウイルスを抑える効果が明らかにされている、既に(他の病気に使う)日本で認証されている薬をさっさと使う、などを迅速に実行しては! 

国のリーダーにせよ、自治体のリーダーにせよ、また官僚にせよ、緊急事態宣言は出されたものの、具体の方策を導入する段になって、やれ現行法がどうの、認可の手順がどうの、自分の面子がどうの、などと言って手をこまねいているようでは、当事者能力が無いと言われても仕方がありません。 

責任ある地位にいる国や自治体の人たちは、今まさに、とんでもないくらいの非常時であることを認識していないのでは? と思う人はとても多いのです。国民は、感染した人に弁当を無償で配ったり、自分たちができる範囲で、どんどん助け合いをしているのです。

施策が後手になっても、今更仕方がありません。誤った施策を出していたら直ちにそれを改め、遅きに失していると言われても、何と言われても、とにかく感染の拡大を抑えて人々が安堵できるよう、早期に自粛解除して経済活動を再開できるよう、今からでいいのです、国や自治体のリーダーは、自分自身が表に出て、どんどん発信し、しかるべき対策を実践してもらいたいものです。リーダーがやれ、と言えば皆動くのです。身体をはって、先頭に立ってやらないようでは、リーダー失格です! (2020年4月24日 樫野紀元)

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「コロナ禍があぶり出したもの」(1)一つの国への依存度が高いことの弊害

「コロナ禍があぶり出したもの」 皆様、いろいろお考えいただけましたら幸いです。

(1)一つの国への依存度が高いことの弊害

これまで、あまりにアジアのある一国にモノの製造を依存してきたことの弊害が、今回のコロナ禍で、あらためて明らかになりました。これまで、住宅、自動車、家電、衣類、ゲーム機、医療機器類や医療用具、マスクや薬品、その他、日本のほとんどあらゆるモノの部品やモノそのものをある国に発注あるいは日本の会社がその国に工場をつくって生産していました。

コロナ禍を避ける上でマスクは必需品です。特に医療用マスクは不可欠です。医療用マスクが無いと感染検査も治療もできないのです。そして国民は感染を防止するために一般用マスクを常備している必要があります。

しかし日本では今、何億枚ものマスクを供給することはできません。聞くところによると、一般用マスクも医療用マスクも、必要な原材料やマスクを作る機器類もその一国に集中している(その国が買占めている)とのことです。これが日本国内で医療用マスクや普通のマスクが足りないことの大きな原因になっているのかもしれません。(数は少ないですが、国産の品質がよい一般用マスクは売られています) 

話は変わります。戦国時代、駿河と尾張の国境で日常的に何度も小ぜり合いがあった時のことです。その幾度もの小ぜり合いで、駿河の今川義元は傭兵を雇って尾張と戦わせていました。そうしているうちに、今川の傭兵は戦(いくさ)のノウハウを学びましたが、今川の本隊は休んでいて戦をあまり学びませんでした。このためもあったのでしょう、桶狭間の戦いで今川の本隊は織田信長にあっけなく敗れてしまいました。今川義元は、小ぜり合いで自軍の損失を避け(目先の利を選択して)自軍の実力をつけていなかったために、いざ大事な戦で自らが滅んでしまったのです。

広く語られていることですが、日本の多くの製造業がコスト削減や利便性を求めて(目先の利益を優先して)、外国に発注し続け、あるいは外国に工場をつくってモノを生産し続けた結果、新幹線や電子機器の技術その他、日本の多くの優れた技術が外国に移転し、また大量の資金もその国に渡りました。

日本の多くの企業が本格的に大規模に、外国に大量にモノを発注あるいは工場を造って現地生産するようになったのは、今世紀に入る頃から、政府と財界が主導して進めた新自由主義、そしてグローバリゼーションに乗り遅れたくない、という意識が働いたからと言われています。約40年前、欧米の国々は人件費が安いその国を世界の工場にすることを考え、また巨大な新市場になり得るとも考えていたのです。こうしたことが、日本の一国への依存を高める要因になったのでしょう。

マスクの一件からも、その一国への依存度が高かったことの弊害が、あらためてよくわかります。

いずれにしても、日本は今川義元に大いに学ぶべきであったのです。(ちなみに2020年3月、政府はその一国ではなく、広く他の国々に発注あるいは生産の拠点移動する際は、その支援をすることにしています)(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(20)願いが叶う祈りのマナー(シリーズ最終回)

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(20)願が叶う祈りのマナー(このシリーズ最終回)

皆さんは、神社や教会、お寺にお詣りする時、何を祈りますか? 学業や事業の成就? 健康? 恋愛? 何を祈るにせよ、神様や仏様には、まずは、今、無事に生きていることを感謝し、自分の至らなさをあやまり、次に、世界の平和と皆の幸せを祈り、最後に自分の成功や健康を祈ります。

感謝し、あやまることによって、また皆の幸せを祈ることによって、神様や仏様は必ずこちらを向いてくれます。神様や仏様がこちらを向いてくれている時、自分の願いを伝える、これが願いが叶う祈りのマナーなのです。

多くの人は、神社や教会、お寺でお詣りする時、神様や仏様の前で、自分の願いごとだけを祈るようです。これは間違いです。神様や仏様は自分勝手な人を好みません。あくまでも、自分の願いは、二の次、三の次にすることです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(19)善いことを思うと長生きする?!

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(19)善いことを思うと長生きする?!

宇宙にある「意識のクラウド」には、愛や思いやりなど善の心(意識)と、卑怯、狡猾、虚言など悪の心(意識)が貯蔵されています。私たちの心の中にも、善い心と悪い心の両方が入っています。「だから私はこう思う」シリーズの(1)と(2)で、徳は宇宙にある、心で思うだけで親孝行になる、とお話ししました。徳や親を思う心(意識)のおおもとは、宇宙の「意識のクラウド」中にあるのです。私たちが善を思うと、それは宇宙にある「意識のクラウド」の善の部分と共振します。「意識のクラウド」にある心の働きとの共振によって、思っていることは実現するのです。悪を思うと、その悪の部分と共振し、悪が実現します。

ところで、愛や思いやりの心を表すと、オキシトシンというホルモンがたくさん分泌するそうです。オキシトシンは恐怖や不安、ストレスを減らし、免疫力を高めます。それで、若返りのホルモンとも言われています。善いことを思うと、長生きするのです。一方、悪を思うと、コルチゾールやテストステロンというホルモンがたくさん分泌するそうです。これらのホルモンは過剰に分泌すると、ストレスが多くたまって、体内に大量の活性酸素が発生し、がんなどの大病や老化のもとになるといいます。

心(意識)の持ち方は、その人の人生を心身ともに左右するのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(18)大きなことを成すには、小さなことからクリアする

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(18)大きなことを成すには、小さなことからクリアする

これは大変そう、と思う面倒なことは、分解すると、小さな困難の集合であることが多いのです。その小さな困難を順に処理していくと、時間はかかりますが、いつか、面倒なことはクリアできます。同じように、とても大きなこともクリアできます。

面倒なことに取り掛かっていると、その過程で、失敗することが多々あります。しかし、何回も失敗して、成功するのです。失敗は学びのもと、発見のもとです。失敗しないのが失敗なのです。小さなことを堪え忍ばないようでは、大きなことを進めることはできません。

坂道はゆっくり上がればいいのです。疲れたら休めばいいのです。小さなことなら早く処理しなければ、などと思うと、自分を縛ってしまいます。ごく普通に、気楽に進む、これです! (樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(17)誰もがパワフルな武器を持っている!

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(17)誰もがパワフルな武器を持っている!

この世では、思い通りにならないことがたくさんあります。勤勉が必ずしも報われるとは限りません。自分の人生で、次に何が起こるか予測できません。

家業が失敗して、それまでよりも小さな家に引っ越すこともあるでしょう。学校で落ちこぼれてしまうこともあるでしょう。病気になって落胆することもあるでしょう。これらは、自分に与えられた避けられないことなのです。

こんな時、焦ってはいけません。避けられないことは甘んじて受けるしかありません。うまく行かない時でも筋を通すことです。こんな時でも、筋を通すと、気高い人という印象を人に与えます。

どん底の経験や、落ちこぼれの経験、そしてそこから抜け出るよう頑張った経験は、その人にとって、とてもパワフルな武器になります。与えられた、避けられないことは、人を強くし、将来大きく成長するもとになるのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(16)負ける時は負けてしまえ

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(16)負ける時は負けてしまえ

言った、言わない、で言い争うことがあります。人前で自分を悪く言う人に反論することもあります。これらは、後でどちらが正しかったかわかることです。カラオケで点数を争ったり、ゲームで優劣を競ったり……。

後でわかることで争っても、結局は時間とエネルギーの無駄です。カラオケやゲームの点数にこだわっても仕方ありません。こんな時は、ああそうか、と負けておいたら? 寛大な人、平和をもたらす人という印象を与えるので、すごく恰好いいかも。

とは言え、理不尽は攻撃を受けた時や訴訟などで、自分が正しかったら、社会正義のために争います。理不尽なことに屈することはありません。

ピアノを誰よりも上手く弾けるのに、自分よりヘタは人が評価された、良いアイデアを出したら、あれはパクリだと言われた……。

自分よりヘタな人が評価されたら、しゃくにさわります。一生懸命考えて出したアイデアが、パクリ、と言われたら、とても腹が立ちます。

自分の実力や、ことの真実は、後で必ず知られることになります。その時は、しゃくにさわり、腹が立つでしょうが、後で振り返ると、あれは一時の出来事であった、で終わるのです。自分が理解されない時は耐えるしかありません。耐えるというのは、無理に我慢することではありません。耐えるというのは、時間の経過を待つ、ということなのです。

一方、自分は人がそんな思いをしないよう、きちんと評価するよう努めます。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(15)人生のクォリティを高める

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(15)人生のクォリティを高める

私たちには、生きていくためのモノとお金が必要です。それらがたくさんあって、安穏に生活する人生をクォリティライフと言っています。それはそれで結構かもしれません。人生のクォリティを高めるというのは、本当はどのようなことなのでしょう?

ある音楽会でのことです。出演者はAさんと高名なゲストの二人でした。その音楽会では、Aさんは自分の曲を主に演奏し、高名なゲストは、Aさんの曲を二曲を合奏して終わりでした。トークでは、Aさんは自分の売り込みの話ばかりで、高名なゲストは、ただAさんの傍にいるだけでした。自分が主役であることを、ことさら強調しても、人を惹きつけることはできません。会場は白けた雰囲気でした。Aさんは、人生のクォリティを高めるためには、まずゲストを立て、観客を楽しませることを主にすべきだったのです。

名声は人がもたらすものです。自ら名を売るというのは自己の満足度を高めるだけの小さな野心を表しているにすぎません。目の前にいる人が花咲くようにする人は、さすが、と言われます。その噂はネットや口コミで次第に広がります。その方がずっといいのです。自分も人もハッピーになる、それが人生のクォリティを高めることなのです。

高校野球でレギュラーになれず、練習の時に散らばった球を拾うなど、チームのサポート側にいる高校3年生がいました。彼は、チームの勝利に自分なりに貢献できるならと言って、ひたすらレギュラーの下支えに徹しました。それは実は彼の人生のクォリティを高めるものでした。彼の母親は、活き活きやっていればそれでいい、とわが子を支援しました。

大きな会社の役員になって、車にふんぞり返って乗り、豪邸に住んでいても、その人は見識が無く、その地位にふさわしい風格もなく、仕事もできないという例はたくさんあります。人事が正しく行われず、そんな人が高い地位にいること自体、恥ずかしいことなのです。一方、高い地位にふさわしい品格や見識、能力がある人が低い地位にとどまっている例もたくさんあります。これは社会の大いなる損失です。

品格や見識がある人は、高い地位を目指してあくせくしたところで何にもならない、そんなことよりも広い世界にいるたくさんの人々の役に立つことを考える方がずっといいと思っているものです。そうすることが自分の人生のクォリティを高めることを知っているのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(14)良いリーダー

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(14)良いリーダー

企業などの組織で、良いリーダーは弁舌よりも仕事に取り組む熱意と気配りを優先します。リーダーに熱意が無いと、下にいる人はついてきません。知らないことや能力が足りないところは、周りがカバーできます。しかし熱意はカバーできません。しかし、いくら熱意があっても、ひとりよがりになったり、自慢話をしたり、下にいる人を馬鹿にしたり怒鳴りつけたり、ではリーダー失格です。

企業では、良いリーダーは、社員一人ひとりが持ち味を活かして、張り切って働けるよう、取り組むべき課題をどこまでも追及します。優れた社員には仕事を任せます。社員は失敗しながら成長します。良いリーダーは、その失敗を共有します。何よりも、良いリーダーは下の人の意見をよく聴きます。

リーダーが指示は出すものの、あれだめ、これだめ、と言っていると、社員は自己抑制のかたまりのようになってしまい、指示を待つだけの存在になり、活き活きと活動できなくなってしまいます。おまけに社員は、生命の躍動感がどのようなものか知らないままです。これでは人材は育ちません。人材を育てない会社はつぶれます。

良いリーダーは、一人ひとりの社員に、世によりよいものを提供するために、自分に何ができるか考えさせ、創造的で活力ある社員になるよう導きます。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(13)自立している人ってどんな人?

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(13)自立している人ってどんな人?

自立している人は、まわりの環境や人の意見に左右されることはありません。人の目を気にしません。と言って、自分勝手ではありません。気にいらないことがあっても、とりあえずは自分を抑え、文句を言ったりしません。自分を憐れむことがなく、労力を厭うこともありません。そして、自己弁護することがありません。他の家族をうらやましく思うこともありません。人を批判したり、媚びることはありません。うまく行かないことがあっても、人のせいにすることもなく、くじけたり、やる気を失うことはありません。嫌なことを言われても、すぐ忘れます……。

どうですか? 皆さんは、この中のいくつ当てはまりますか? 若いうちは三つ以上当てはまっていたら、人格が優れた人と思われるかも。

もちろん、自立している人は人生の目標をしっかり持っています。自立していると、人から信頼されることもあり、宇宙からたくさん気をもらえ、ヴァイタリティが旺盛になります。仕事も勉強も、もしかしたら恋愛も? とてもよくできるようになります。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(12)なぜ勉強しなければならないの?

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(12)なぜ勉強しなければならないの?

”皆が平和で幸せに暮らせる世をつくる” このことは、いつの時代も人々に与えられた課題です。この課題を成し遂げるために、私たち一人ひとりが必要な知識を持ち、自ら思案し、ものごとの本質を見通す力を身に付け、創造する人になることが期待されます。

その期待に応えるために、私たちは勉強するのです。勉強は、必ずしも、有名大学に進学するためのものではありません。

実は、勉強するのは、宇宙にある「意識のクラウド」とのやり取りなのです。このやり取りをするほど「意識のクラウド」にアクセスしやすくなり、情報をさらに多く得ることができます。

まずは、自分の心がうきうきする分野を見つけ、その道を進むのが自分を世に活かす一番いい方法です。自分が選んだ道を進んでいると、必要な能力は自然に身に付きます。もともと、それに合う能力があるから、その道を選んでいるのです。楽しい勉強なら、やる気も出ます。上達も早いでしょう。それは創造する人になるもとでもあります。一番自分らしくしていられる場所で盛大に輝く! これです。

ではありますが、自分が学んだことや自分の価値観を、唯一絶対のものとしてはいけません。自分が学んだことから外れているものを認めたがらない人は多いです。それでは他の世界を知らず、ともすれば高慢な人になってしまいます。

この世に居る人は、いろいろな考えを持っています。自分の考えや価値観だけを正しいとし、それ以外は間違い、とは言えないのです。何にせよ、他の説にも向き合ってみることです。

ところで、剣道や柔道には型があります。歌舞伎には歌舞伎の型があります。スポーツにせよ、学芸にせよ、すべてのものに型があるのです。まずはその型を学ぶことが基本の勉強になります。日本の伝統技芸の型を受け継ぎ、後世に残すことは、私たちの使命です。こうした原点をつないでいくのも勉強なのです。

一つの分野にどどまらず、いろいろな分野の知識を身に付けるようにします。そうすることによって、さらに理解力が深まり、自信が持てるようになり、社会で広く活躍できる素地がつくられます。例えばですが、江戸時代は封建制で、身分の上下があって、能力があってもそれを発揮しにくい社会であった、と習います。しかし実際は、江戸時代はとても民主的で、市民が世界に冠たる文化(元禄文化など)を華開かせ、能力があったらしかるべき立場に取り立てられたのです。こうした目から鱗の勉強は、単に面白いだけではなく、自分の思考の枠を拡大させてくれるのです。

世は常にさまざまな問題を抱えています。そこには、実は、正解がありません。国際間では、民族も宗教も異なる人たちが、自分の考えこそが正しい、と主張し合います。そんな中で、自分自身で、いかに人々が共存し得るか、自分で考え、判断することが求められます。そのために、いろいろな知識を身に付けておく必要がある、つまり勉強する必要があるのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(11)本当のエリートってどんな人?

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(11)本当のエリートってどんな人?

周りの人がにっこり微笑み、癒され、元気になる人、そして話を聴いて、一つでも参考にできることがあって得をした気分にさせてくれる人が本当のエリートです。

一般にエリートというと、有名な大学を出て、社会の指導的な立場にいる人、を思い浮かべます。しかし、いくら有名な大学を出て、社会の指導的な立場にいるとしても、その人の存在によって周りの人の笑顔が消え、気分が滅入るようであれば、その人は全然エリートではありません。

本当のエリートは、人をなごませ、人を元気にし、人を向上させる人なのです。日常の一瞬一瞬で、善い心の働きを出すようにすることによって、誰もが本当のエリートになります。(樫野紀元)

 

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「だから私はこう生きる」(10)無心になる!

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(10)無心になる!

何によらず、ものごとの成功の秘訣は無心になって臨むことです。いざという時、無心になると、いかんなく自分が持っている力を発揮することができます。

まずは、試験やスポーツの試合、プレゼンの時など、よし、やってやろう、という気構えが無いと、人の期待を大きく裏切ってしまいます。でも、ここ一番の時、失敗したらどうしよう、恰好いいところを見せよう、などと思うと緊張し、その気構えが空回りして、自分が持っている力を十分に発揮できません。

そんな時は、何か他のことを思うことによって、緊張を和らげることができます。

例えば、野球の試合で、この打者をアウトにしたら勝てるという時、投手は、その打者をアウトにする力があっても、ヒットを打たれたら負ける、と思うと緊張し、持っている力を出せません。そんな時は、自分ならこれを乗り越えられると思う、あるいは、この試合が終わったら録画した映画を観るなど、楽しいことを思うと、不思議に緊張がほぐれ、投球に集中でき、自分の力を発揮できるようになるのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(9)人はいつも自分の器量をさらしている!

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(9)人はいつも自分の器量をさらしている!

あの人はケチだ、と言う人は、自分がケチなのです。あの人は疑い深い、と言う人は自分が疑い深いのです。(心理学では、このことを投射と言います)人は、自分の器量で人を観るのです。人も、こちらの器量をその人の器量で観ています。

人に厳しく自分に甘い? よく言いわけする? 自分をアピールする? 身だしなみは? すぐイライラする? 自分が話すことや、やっていることは、実は自分の器量をそのまま示しているのです。

実力が無い人ほど、人を侮って見下します。人を侮ると、この人はその程度の人か、と思われてしまいます。年若の店員さんなどに、上から目線で横柄にものを言う大人をよく見かけます。そんな大人は店員さんから心の中で馬鹿にされているのです。

一方、実力があるのに優しく謙虚で、細やかな気配りを忘れず、言葉づかいがていねいで、表には自分の意思や理想を示さないものの燃えるような心意気で大きな目標に向かって進んでいる、そんな人は、器量が大きく見えます。

そんなことどうでもいい、器量がないと思われてもいい、今楽しければいい、という人もいるでしょう。でも、変にいきがる人ほど、自分が人からどう見られているか気になるのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(8)義って何?  

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(8)義って何?

義というと、何やら古めかしく聞える言葉ですが、全然、難しいことではありません。ちょっと大げさなだけです。

義は、理に叶った人の道、そして、今自分が生きている空間で一番大事なことをやる、という意味です。自分にとって大事なことはたくさんあります。その中で社会的にもっとも大事なことを優先順位の一番上にするのが義なのです。それを実践することによって、結局は、自分の居場所が心地よくなるのです。自分が居るところを、よいふる里にするカギは、市民一人ひとりの義の実践にあるのです。やはり、ちょっと大げさかな?

続けさせてください。言うならば、義の実践は、私たちの必修科目なのです。

家庭では、お父さんやお母さんは、働いて家族を守り子どもを育てることが第一ですが、部屋を心地よくするためにテーブルに花を一輪飾るのも義です。義の実践は、こうした小さなことからでいいのです。小さなことでも、全体をよくするのが義なのです。

学校では、先生と生徒は、教室を心地よい場所にするのが義です。そう言うと、何だか、やな感じ? でも、先生と生徒が、それぞれの立場で、この世を背負ってるくらいの気持ちでいることが、義の実践に繋がるのです。先生方、一度そう思ってみてください。

企業は、人々が必要とする、品質のよいものを供給するのが義です。これは確かです。目先の利益を追うのは義ではありません。自社だけの損得も大事でしょうが、企業は社会のためにある、とするのが義です。経営者のみならず、社員一人ひとりが会社を背負っているくらいの気持ちでいることが、企業のため、ひいては心地よい社会つくりのため、結局は自分のためになるのです。

国や自治体のリーダーは、国や地域を発展させ、人々が安全に安心して健康に暮らすことができるよう、ぶれることなく、しっかり、迅速に、政治や行政を行うのが義です。気概も実行力もなく、些末な異論にとらわれ、保身を図り、言い訳し、次の選挙で当選することばかり考えているようでは、リーダーとして失格です。国や自治体のリーダーこそ、義を実践するため、国益と国民の幸せを第一に考えた施策を実践しなければなりません。一方、国民は、心地よい社会をつくることによって、その中で自分が幸せになれることを常に思い、時には自分が社会を背負って立つくらいの気持ちでいることです。そうした心構えを皆が持つことによって、社会は劇的によくなるのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(7)人に嫌われない生き方

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(7)人に嫌われない生き方

パワハラ、セクハラ、いじめは、自分より弱いと思っている人を対象とした、とても卑劣で恥ずかしい行為です。こうした行為をする人は、たとえ年輩の人でも、自信が無く、自己中心で、すぐ保身に走るような、自立していない弱い人です。

自己中で自分の考えを押し通そうとする、すぐに感情を表に出す、注意するとふてくされるか逆切れする、何でも悪い方に解釈する、自分の価値観に合わないことや気に入らないことがあるとチョームカツクーとなる、失敗を人のせいにする、人に知られたくないことをしつこく探る、人の批判をする、悪口を言う……。

こうした好ましくない心の働きは、そのすべてが宇宙にある「意識のクラウド」に入ります。そしてそれは、後で必ず、そっくり同じ心を傷つける波動になって自分に返ってきます。人を傷つけることは、実は自分の首を絞めることなのです。

力がある人におべっかをつかって、その力を分けてもらい、悪賢く人をだましてお金や地位を得る人がいます。そんな人は自分より優れている人をねたみ、自分より劣っている人には偉そうに振る舞います。このような人に怨みをいだき、憎らしく思う人が多くなるのは当たり前ですね。

人に迷惑をかけ、その証拠となる文書やデータを隠し、あるいは書き換えても、また偽りの証言をしても、それらはすべて、いつか必ず世に知られることになります。すべての人の思いは、その内容を問わず、すべて宇宙にある「意識のクラウド」に蓄積されます。人は誰もが、無意識にいつも宇宙にある「意識のクラウド」とやり取りしています。それで、いつか必ず、広く人々に、こと細かに、すべてが知られることになるのです。マスメディアを通して、ということもあるでしょう。

ところで、自分勝手、卑怯、怠惰、凶暴など、人に嫌われる心の働きを出していても、その人の心の奥底には、素直な心、善いことをする心の働き、つまり徳(良心)があります。このままではよくない、人に嫌われる心の働きを出すのは止めよう、と思うだけで、心の奥底にある徳が表に出てきます。周りでいくら注意し、意見を言ってもその人は変わりません。その人自身が気がつきさえすれば、すぐに、人から嫌われない生き方ができるように立ち直れるのです。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(6)自己紹介で話すこと

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(6)自己紹介で話すこと

皆さんは、自己紹介のとき、何を話しますか? 初対面の人たちに自分のことを少しでもわかってもらいたい? 仲良くしてもらいたい? よい人と思われたい?

親をはじめ、幼少期に周りにいた人たちは、自分の心の働き(意識)に少なからず影響を与えた人たちなので、話すことは自己紹介の一部にはなります。しかし、親が社会的に高い立場にいる、金持ちである、などを自慢すると、冷笑されるだけです。

出身校や勤め先は、一時期、そこに身を置いた、というくらいの意味しかありません。ましてや、出身校や勤め先が有名であることを得意げに話すと、反発されるだけです。

学んだことや、今やっていること、これからやりたいこと、趣味や自分が身に付けた技芸を話すのは、自己紹介になります。

自分はこれだけ儲けた、人より一ランク上にいる、ブランド品をたくさん持っている、有名人の知り合いがいる、などを話すのは、自分が自立していないことを示すだけです。

人の人生は、盛衰と浮沈など、相反する二つからなります。順調にことが運んでいるときもあれば、悲嘆にくれるときもあります。得意の絶頂にいたのが、突然、奈落の底に落ちることもあるのです。

失敗談を、自分をさらけ出して話す、これは十分、自己紹介になります。それは、他の人たちと手をたずさえて共にやっていける人、という印象を与えるとても効果的な話になります。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(5)心のカサブタ

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(5)心のカサブタ

すり傷が治る時、カサブタができますね。カサブタが取れた時、皮膚のその部分は前より強くなっています。同じように、心の傷にもカサブタができて、心は強くなります。生きている間には、幾度も心に傷を負うことがあるでしょう。そのたびに心は強くなるのです。

ところで皆さん、自分は何を理想としているか、心の奥底にある自分の声をよく聴いてみてください。こんなことを理想としたら、きっと人から笑われる、そんなの無理と言われる、などと思わないでください。口に出さなくてもいいのです。堂々と、自分の理想を持ってください。ダメになって傷つきたくない、だから理想など持たない、というのでは本当にダメな人になってしまいます。

試練があるほど理想に近づく、理想の実現には試練は不可欠、これが宇宙の掟です。地球にはだいたい1万年に一度、水をたくさん含む彗星が衝突しました。衝突するたびに大量の水が地球にもたらされました。彗星の衝突は地球にとって試練でした。誕生してから46億年の間、何万回もこの試練を経て、マグマの塊であった地球は今日、美しい水の惑星になったのです。

理想を持ち続ける人は強い人です。その理想に向かって進む姿に、人は感動します。スポーツにせよ、仕事にせよ、頑張っている姿に人は感動します。理想を持って進むと、その思いは「意識のクラウド」(このシリーズの(4)をご参照ください)にある同じ情報と共振します。それによって思いは実現に向かうのです。どんなことでも、人それぞれに、やりたいこと、やれること、やらなければならないこと、をやればいいのです。理想を追ってしっかり生きていると、挑戦心が養われ、生き抜こうとする活力(ヴァイタリティ)が旺盛になります。

理想の実現に向かって頑張るのは自分だけではありません。他の人も、それぞれ理想を持って頑張っているのです。個々の頑張りが、私たちがいるこの世を支え、発展させるのです。

一方、理想の実現は試練の克服と裏腹の関係にあります。心のカサブタが幾度もできる事態があるでしょう。そのたびに心は強くなるでしょう。とは言え、あまりに不当な扱いを受け、耐えられないくらいに心が傷つくような時は、理想を持って進め、などと言われても、とてもそんな気分にはなれません。これは耐えられない、心にカサブタができるというレベルをはるかに超えている、と感じた時は、思い切って、そこから遠ざかることです。そして一息ついて、また気分を新たに理想を持って進むのです。   (樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(4)意識って量子情報なの?

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(4)意識って量子情報なの?

アメリカ、アリゾナ大学意識研究センター所の元所長、S.ハメロフ博士は、「私たちの意識は量子情報として宇宙に貯蔵され、永久に存続し続ける」と言っています。また、ノーベル賞受賞者を30名以上も輩出しているドイツのマックス・プランク研究所の元所長H.P.デュル博士やC.ヘルウィク博士は、「私たちの身体は滅びても、意識は宇宙にある量子情報の中に入って生き続ける」としています。英国、グラスゴー大学のD.ハミルトン博士は、「私たちの意識は量子レベルで時空を超えて存在している」と言っています。日本ではこうした研究は、全然と言っていいほど為されていません。

実は、とても古い時代からこの概念は唱えられていました。古代インド哲学では、世界をつくっている五つの元素は、地、水、火、風、そしてアカーシアである、としていました。このアカーシアは、宇宙にある、宇宙の誕生以降のあらゆるできごとが記録されているもの、のことなのです。同じことを唱えた古人は何人もいます。今日、古人が唱えたことが科学で裏付けられているのですね。

ともあれ、科学的に明らかにされているのは、宇宙にはこれまで地上に現れたすべての人の意識が量子情報として貯蔵されている、ということです。過去に存在した、善い心の働き(意識。以下同じ)も悪い心の働きも、ぜーんぶ、宇宙に貯まっているのです。

「だから私はこう生きる」シリーズでは、私たちの意識は宇宙にある、を前提にしてお話を進めさせていただきます。そして、宇宙に貯蔵されている意識を「意識のクラウド」と呼ぶことにいたします。(「意識のクラウド」は、既に、紀元塾の会報や講座で幾度も使っています)(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(3)私たちが選べること、選べないこと

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(3)私たちが選べること、選べないこと

私たちは親を選ぶことはできません。生まれた時、親は既に決まっています。家を選ぶこともできません。家がお金持ちか貧乏か、生まれた時、既に決まっています。人種や性別を選ぶこともできません。国を選ぶこともできません。

そんな風に言うと、何だかがっかりしますね。でも、私たちは生まれた後の自分の生き方を選ぶことができます。家がどうであろうと、人種や性別がどうであろうと、私たちは、こうなりたい、こうしたい、などと思うことによって、自分の人生を新たにつくっていくことができるのです。これができるのは人だけです。

何を着るか、何を食べるか、何をして過ごすか、私たちは日々刻々、何らかの選択をしています。進学、就職、結婚、転職……、みな選択によって決まります。ことの大小はともかく、さまざまな局面で、いつも私たちは選択しているのです。

時には間違った選択をすることもあるでしょう。選択によって上昇下降を繰り返す、それが人生の筋道でもあるのです。

いずれにしても、はっきりした目標や希望を持って進めば、日々刻々、自ずと、その目標や希望に沿った選択をするものです。そして人生はその方向に向かいます。(樫野紀元)

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「だから私はこう生きる」(2)親孝行って何?

「だから私はこう生きる」 わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと!

(2)親孝行って何?

日頃、お父さんやお母さんが病気にならないように気を配り、病気になったら看病するのは、もちろん親孝行です。子どもが健康で社会貢献することも親孝行です。親に心配をかけないのも、もちろん親孝行です。

でも実は、親が無事に息災でいるよう、心の中で思っていることこそが親孝行なのです。親を心の中で思うだけで親孝行になるなんて、一体どういうことでしょう? この謎は、この「だから私はこう生きる」シリーズを読み進めていただいている間に、解けていると思います。(樫野紀元)

 

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「だから私はこう生きる」(1)自分の良いところを三つ上げてください

「だから私はこう生きる」わかっているようでわかっていない、本当に大切なこと! 

(1)自分の良いところを三つ上げてください

心を澄まして、自分の良いところを三つ上げてみてください。人に優しい、自然を守る、嘘をつかない、などいろいろあると思います。

いかがでしょう? 自分の良いところ三つには、何か共通するものがあることに気がつきませんか? その共通するものは何でしょう? 素直な心、あるいは善い行いをする心の働き、ではありませんか? それは徳というものです。

誰もが心の奥底に徳を持っています。そしてそれは宇宙からやってきたものなのです。

えっ? 徳は宇宙にある? この謎は、この「だから私はこう生きる」シリーズを読み進めていただいている間に、解けていることでしょう。(樫野紀元)

 

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世評・ニュースをどう見るか?

1月の講座は、「本物を観る目」(1)世評・ニュースをどう見るか? がテーマでした。

「論語」をもとに、新聞やテレビなどのマスメディアが出している情報を、私たちはどう判断したらよいか、意見交換を行いました。

「衆これを悪(にく)むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す」

(皆がそれは好ましくないと言っていても、必ず自分でそれが本当によくないことか見極めることです。皆がそれは好ましいと言っていても、必ず自分でそれが本当に好ましいものか確かめることです)

「それ達する者は、質直にして義を好み、言を察して色(しき)を観る」

(意訳;本当のジャーナリスト(達する者)は、ありのままに情報を伝えることを好みます(義)。情報源の人の言葉など(言)は細かく吟味します。そして目に見えている状況(色)を正しく分析します)

正しい情報は8割、フェイクが2割、などと言われているようです。裏取りしない情報、意図的に曲げられた情報、反日の情報(国益を損なう情報)などは、私たちを間違った方向に導きます。真実はいつか(時間がかかっても)必ず表に現れます(宇宙の理)。また私たちの奥底には、正邪を見極める力があるのです。そうした好ましくない情報を出しているメディアは、いつしか世の中から消え去っていることでしょう。

 

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つき合ってはならない人(論語より)

「不快な思いを匿(かく)して其の人を友とするは恥也」(論語)

(訳ー心中不快に思い、憎しみや怒りを感じる相手なのに、それを押し隠して、其の人と表向きにせよ友として仲良くつき合おうとするのは、心が広いというよりも、こちらの心がねじ曲がっていることを世間に示す恥ずかしいことなのです)

たとえ不快に思い、怒りを感じても、良きライバルである人、敵ながらあっぱれな人、思想は異なっても筋を通す立派な人……、こうした人は切磋琢磨できる、友としてつき合える人です。

一方、過去にとてもよくしてあげたのに恩を仇で返し、事実を歪曲して悪口をいいふらし、平気で約束を破り、いとも簡単に裏切り、否定的なことを少しでも言おうものならギャアギャア騒いで反論し、仕返しし、変にプライドが高く、上から目線で話し、自分の要求は押し付けるがこちらの要求は撥ねつける……。おまけに不都合はこちらのせいにし、強い者にはすりより、多くの人に自分の支援を要請する……。激高して暴力沙汰に及ぶ……。驚いたことに、この世には、こうしたマイナス面をすべて合わせ持つ人がいるのです。

こうした、善とは真逆の、人としての基本ルールも守らないダメな人には、誰もが不快を感じることでしょう。

このようなダメな人は、ガツンと一撃、ということもあるのでしょうが、とりあえずは受けた非礼を受け流し、決して深入りせず、今日はと挨拶するくらいの関係にして、一定の距離をおく相手なのです。

そのダメな人が、こうした態度をとるのは、きっと過去に、周りの人たちから(こちらからではない)酷いいじめに遭い続けていたために、心の底に大きな被害者意識をもっていて(被害妄想で攻撃的になる)、また自尊心が異常に大きいからに違いない、このことを理解し、可哀そうだから仲良くしてあげた方がいい、と言う人がいます。

孔子は、こういうダメな人に対して、こちらが仁の心(思いやりの心)を発揮し、好意的に接するのは間違っている、と断言しています。つまり、ダメな人には、いくらこちらが親切にしても、助言しても、まったく意味がない、自分で気がつかない限り、其の人は直らない、変に甘やかすとダメな人は自立できない、だから、そういう人には、基本的には一切かかわらず、放っておくのが一番いい、と言っているのです。

たとえ表向きにせよ、あるいは強力な人から仲良くせよと言われたとしても、こうしたダメな人を友だちとしてつき合うと、結局は、自分自身の尊厳を毀損し、大損し、あげくは、あんな人と友だちなのか、と世間で信を失って軽蔑されるだけ、と孔子は強く戒めているのです。

          

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いつも世の中を広く見渡していること(論語より)

「人、遠慮(とおきおもんばかり)無ければ、必ず近き憂い有り」(論語)

(訳ー目の前の満足によらず、いつも世の中を広く見渡していないと、必ず自分の身の周りに何らかの困難や心配ごとが起きるものです)

どこそこへ行き、美味しいものを食べ……。大きな問題もない満足した生活、結構ですね。

この洋服は流行に合っていない、このタレントを知らないと時代遅れと言われそう、簡単なことができなくて恥ずかしい……。友だちがそっけない、ラインでスルーされた、店員の対応が気に入らない、弟がいうことをきかない……。こんなことを気にしつつも、とりあえず何となくやって行けている、こんな日常も結構でしょう。

宇宙は絶えず不確定で変化しています。この世も常に不確定で変化しています。この世には、いろいろな国があり、人がいます。いろいろな産業や職業、文化や芸術があります。発展しているところもあれば、停滞しているところもあります。もめごとを抱えて困っている人が大勢いるところもあります。環境が破壊され、生態系の破壊も進んでいます。

そんな中で私たちは、自分が今どの位置にいるかなど、あまり考えることはありません。目の前の満足を大事にして、困っている人や生態系の破壊など気に掛けず、つい利己的な人生を送りがちです。

政治や経済のあり方によっては、この世の活力が大きく低下することもあります。予期しない災害に見舞われるかもしれません。そうなると、その中にいる私たちは、たちまち生活に困ってしまいます。今楽しければいいなどというのは、どこかへ吹き飛んで行ってしまいます。

人は、今いい思いをしたい、からなかなか抜け出ることはできません。孔子は、とかく人は視野が狭く目の前のことしか見えないものである、いつも自分がいるところがどのような状態か把握し(遠慮)、その中で自分はどのように人々に役に立つか考えた方がいい、そうしないと自分が困った時、あわてふためくことになる(近き憂い)、と言っているのです。

自分だけ、自国だけ、はますます意味をなさない状況になっていくと思われます。産業や経済その他が世界の国々で「いれこ」の状態になるグローバル化が進んでしまっているからです。

それに自国だけ、自国民だけ、は戦争をつくり出す概念でもあるのです。

ほとんど自分には関係がないと思いがちですが、人類全体の共存や環境保全などが図られてこそ、私たち個々人は平和で幸せになれるのです。どうしたらよりよい世をつくれるか考え、それを実行するのは、実は私たち個々人なのです。

たまには、どこそこへ行き、美味しいものを食べる……。それは大いに結構でしょう。

ともあれ、ひたすら自分だけ、そして今いい思いをしたい、というところから抜け出ることが、私たちに与えられた課題と思いますが如何でしょうか。

大きな視点で、多面的に考えることによって、自分の立ち位置が明らかになり、自分がこれから何をしたらよいか見えてきます。(具体的に何をどう見て、何をどうしたらよいか、は勉強会での基本テーマでもあります)

2500年前の孔子の言葉が、今とても参考になるなんて、やはり「論語」は時代と地域を超えた、すごいものなのですね。

 

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ガンディーの言葉

インド独立の父といわれるモーハンダース・カラムチャンド・ガンディー(1869~1948)は、弁護士、政治指導者です。

1908年に、弁護士として仕事をしていた南アフリカから帰国後、イギリスからのインド独立運動を指揮しました。マハトマ・ガンディーといわれますが、マハトマというのは偉大な魂という意味で、ガンディーの尊称です。

ガンディーは幾多の失敗から学びつつ、人生を真理の探究に捧げました。その彼の言葉をいくつか。

「歴史を通して言えるのは、いつも真理と愛が勝利したということ」

「すべての善の行動は、最後には必ず実を結ぶ」

「弱い者ほど相手を許せない。許せるのは強さの証」

「臆病者は数の力を求める。勇敢な精神を持つ者は、一人戦うことを誇りにする」

「苦が多いほど、勝利は輝かしいものになる」

「幸せになるには、何かをしていなければならない」

「武器は人類を救う役には立たない」

 

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宮澤賢治の共感覚

人間学を学ぶ「紀元塾」、月に一度の定例会。今回は宮沢賢治(1896~1933)の共感覚が話題になりました。

「銀河鉄道の旅」「風の又三郎」「注文の多い料理店」「雨にもまけず」など宮沢賢治の一連の作品によって、心が洗われる思いをし、また本当の幸せとは何か考えさせられる読者は多いと思います。

これらの作品が、年齢にかかわりなく多くの人に感銘を与えているのは、一つには、彼の共感覚がベースになっているためと思われます。

共感覚は、例えば陽の光に音を聴き、吹く風に声を聞くなど、一つの刺激に対して二つ以上の感覚を持つことをいいます。純粋に生き、謙虚で、優しく思いやりがある人は共感覚を持ちやすいとされています。

共感覚を持っている人は宇宙のエネルギー(宇宙の氣)を感じ取る力が強いといいます。そしてひらめきを得やすいといいます。

宮澤賢治は、若い頃、星座に熱中し、また原始仏典の「人の命は見せかけの生死を超えて無限に続く」という教えに大きな感銘を受けたといいます。彼の場合、こうした背景があったから共感覚を持っていたと言えるのかもしれません。また、純粋に生き、創作活動にいそしむことができたのは、裕福な実家が経済的、精神的に彼をサポートしたからでしょう。

ともあれ、共感覚を持っていることは、文学に限らず、音楽、絵画その他の分野で、人の心を打つ作品を創る一つのベースになるようです。

 

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選挙の原点(論語より)

「焉(いずく)んぞ賢才を知りて、これを挙げん」

19世紀の終わり頃に行われたわが国初めての選挙では、国民が国の指導者としてふさわしい人を見つけて立候補してもらい、あまりお金を使わずに選挙が行われました。

これが原点です。この当たり前のことが日本では長い間、行われていないように思われます。

指導者としてふさわしい人を見つけると言っても、ともすれば、器量があり真に指導者の資質がある人は間抜けに見え、滑稽に見え、大したことない人と軽んじられることがあります。このことは、孔子が注意しているところです。

誰もが心の奥底に、正しい判断をするルーチンを持っているはずです。まずは有用な人材を見つけるところから始めては、と思います。

今すぐ原点に帰って選挙をすることなど、到底できません。孔子が言ったことを頭の片隅に置いて、いろいろ思いを巡らせては如何でしょうか。

「主権は国民。責任も国民」

 

☆松下幸之助は、会社の幹部人事の際、孔子のこの言葉に即して人を選んでいたようです。

孔子の時代、選挙はありませんでした。今、主権は国民にあります。

今、国の内外で不安定の度を高めています。有用な人材をみつける、または育てることに躊躇してはならないと思いますが如何でしょうか。

 

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道元は量子力学の研究者の生まれ変わり?

道元(1200~1253)は、宇宙にある意識(魂)の量子情報について知っていた?!

日本曹洞宗の開祖、道元は14歳で出家、23歳から約4年間、宗に留学しました。43歳のとき、地頭波多野義重の招きにより越前に移住し、44歳で越前に大仏寺を開きました。その2年後、永平寺に改称しました。

さて、道元が言った「生き死に、悩み苦しむ生の自分は、そのまま全宇宙と一つの命である。人は動物も植物も、海も山も、風も雨も、万物みな繋がっている」は、すべてが素粒子でできていることを思えば、よく理解できます。

英国グラスゴー大学のD.ハミルトン博士によれば、私たちの意識(魂)は、量子レベルで時空を超えて存在するそうです。

(素粒子は波動であり粒子です。このような振る舞いをするものを量子といいます)

アメリカ アリゾナ大学意識研究センターのS.ハメロフ博士は、私たちの意識(魂)は、量子情報として宇宙に永久に保存される、としています。

素粒子は目に見える物質を造り、さらに目には見えない意識(魂)も創っているというのですね。

ノーベル賞受賞者を30名以上排出している、ドイツのマックス・プランク研究所のH.デュル博士、C.ヘルウィク博士は、私たちの身体は滅びても、意識(魂)は宇宙にある量子情報の中に入って生き続ける、としています。

日本ではこんな研究は、それ宗教?などと誤解されて、なかなか行われません。欧米では、こうした根源にかかわる研究が大々的に行われています。

ともあれ、この宇宙にある意識(魂)の量子情報は、スマホの情報クラウドに象って、いわば意識のクラウドと位置付けられると思います。

道元は「人は死んでも魂は死なない。5歳で死んでも、70歳で死んでも同じこと。その時その時を大切に生きるべし」と言いました。

つまり、いつ死んでも後悔せず! 今を大切に生きる!

ところで、今日の科学によれば、人の意識(魂)は、身体が滅した後、宇宙にある意識のクラウドにいったん入ります。そして、また新しい身体に入ります。転生を繰り返すのです。

素粒子の世界には時間の概念がない、とする説があります。この説によれば、意識(魂)が宇宙にある意識のクラウドから、古い時代における新しい身体に入ることも可能ということになります。

ひょっとすると道元は、今日の科学者が亡くなって、次に、何と鎌倉時代の禅僧に生れかわった?!

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つき合わない方がいい人(論語より)

「便僻を友とし、善柔を友とし、便佞を友とするは損也」

(強い者に媚びる人、強い者にへつらう人、口先が巧みで立ち回りがうまい人 を友として付き合うと、こちらの立ち位置や信用を損ないますよ)

「小人は諸を人に求む」

(器量がなく取るに足りないこせこせした人は、とかく自分の不都合を他人のせいにします)

「小人は利にさとる」

(小人は目先の利益を喜びます)

 

孔子が言う「つき合わない方がいい人」には、以下に示す1~10の特徴があります。これらは単に器が小さいだけではない、人の道を踏み外すダメな人の特徴です。このことは時代と地域、民族を超えて言えるでしょう。

1悪口をあちこちにいいふらす

2日常的に嘘をつく

3かげで狡いことをする

4自分の不都合を人のせいにする

5筋を通さず、すぐ感情的になる

6約束を守らない

7強い者に媚びへつらい、ひたすら保身を図る

8弱い者には上から目線で横柄

9他を思いやらず、自己の利益と満足だけを追う

10恩を仇で返す

 

たいていの人は、たとえ自分にこの1~10の要素があっても、それを表に出さないよう心がけます。出すとたちまちバカにされ、友を失い、世の信用を失い、嫌われ、つまはじきにされることを知っているからです。心の奥底にあるブレーキが作動するとも言えます。

「過ちあれば、人必ず之を知る」

(不祥事が明るみに出ないよう、どんなに糊塗しても、真実は必ず世に広く知られるようになります)

自分の都合のよいように真実を曲げ、捏造し、隠蔽し、偽証し、虚偽の報道をしても、後で大恥をかくだけです。

孔子は、この1~10を表に出す人は人間としてダメである、こんな人とつき合うと、こちらが傷つき、品格を失い、世間から蔑みを受けてしまう、とも言っているのですね。

「朽木はきざむべからざる也」

(すぐにぽろぽろ崩れてしまうから、腐った木に彫刻しても意味がない。つまり、人間としてダメな人は、周りでいくら意見しても、自分がダメなことに気がつかない限り直らない。意見するだけ無駄)

この1~10を表に出す人は、きっと育った環境が悪かったためでかわいそう、などと同情する方もいるでしょう。あるいは誰とも仲良くした方がいい、などと一見もっともらしく聞えることを言う人もいるでしょう。でも、こうした態度は、ダメな人をよりダメにしてしまうのです。(孔子は、こうした態度を「小人の徳は草也」と表現しています)

ダメな人間は、自ら改めない限り直りません。意見しても無駄です。一方、ダメな人から多大の迷惑をこうむったら、それはダメと言わなければならないでしょう。変に気をつかってマイルドな言い方をするのは間違っていると思います。そうした態度は、まさに「小人の徳」なのです。

「小人の徳」を表に出すと、一見、それは優れた行為であるという印象を他に与えることがあります。しかし「小人の徳」は、人の精神を貧しくするものです。ダメな人を、さらにダメにしてしまうものなのです。

人の精神が貧しくなると社会が貧しくなります。社会が貧しくなると、さらに人の精神が貧しくなります。そしてダメな人が増えます。そうなると社会はさらに貧しくなります。

孔子は、何によらず、物事はきちんと見るように、と言っています。

この1~10を表すことによって人の道に反する人は、とても憐れです。人間力が弱いから、自分のダメなところを改めることができないのです。

ひょっとして、会社レベル、国レベルで、この1~10を表に出すところがある?! もしあったら、そんなところとは、まともにはつき合わないことです。損するだけです。

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ニーチェの「超人」

何もしないで傍観している人より、活動する人が好き。(勉強会でのお話)

ニーチェの「ツァラトゥストラ」には「超人」と「末人」が登場します。端的に言うと「超人」は、幼子のように夢中に無心に活動する人をいいます。これに対し、あこがれも無く、挫折がこわくて冒険せず、ただ温もりを求めるだけで、社会のできごとを傍観しているような人は「末人」です。ニーチェは「超人」であろうとする人を愛しました。

今、若い人たちの多くは、自分を肯定する気持ちが少ないといいます。どうせ何やってもダメじゃん、どう頑張ってもダメだよ、という人が多いようなのです。その一方で、自己承認要求は旺盛です。こうして「末人」でいると、悦びを感じる力が弱くなるばかりです。

この背景には、主に日本社会の劣化と閉塞感が上げられるでしょう。また、例えば就活や婚活なども他と比較するばかりなど、世間の物差しで自己評価してしまうからでしょう。その一方で、世間から脱落したくないのです。

勉強会では、同じ生きるなら「超人」がいいという話になりました。

「その進むには与(くみ)する也。その退くには与(くみ)せざる也」(論語)

(訳ー前向きな人とは仲良くします。後ろ向きの人とはかかわりを持ちたくありません)

誰もが自分を向上させる力を持っています。誰もが、イェーイと心の底から叫べる人生を送ることができるのです。せっかく与えられたその力を使わないのは、とてももったいないです。

結局は自分の人生は自分が創るのです。ほんの少しでいいから、思い切って勇気と優しさを発揮してみては? 人からありがとうと言われると、すごく嬉しいものです。自分を苦しめているのが社会の劣化と閉塞感であるとしたら、少しのことでいいのです、それを改善するために自分は何ができるか考えてみては?

前向きの人は必ず悔いのない人生を送っているはずです。

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知的、文化的な活動は、政治的安定と経済的安心があってこそ

サクラモヒラ ギャラリーでの講座、偉人・聖人の生き方に学ぶ人間学、6月のテーマ、ゲーテにちなんだ話題より。

ゲーテは作家、政治家(ヴァイマル公国首相)、そして科学者(鉱物分野)でした。

科学者としてのゲーテはあまり知られていません。彼はヴァイマル公国で活動を始めた頃、鉱物を約10,000点採取し、体系的に分類整理して、世に役立つ資料にまとめました。その中で、針状鉱物のゲータイトは、彼の名前をもとに命名されました。

今回、ゲーテが哲学者ヘルダーの汎神論に大きな影響を受けた話や、「夢は叶う」彼の生き方についてお話をさせていただきました。

意見交換の中から。

ゲーテが知的な活動をなし得、一時代を画する文化を担えたのは、政治的な安定と経済的な安心があったから?! 困難な中でこそ知的活動が進み、文化芸術が花開く、という説もあります。そういうこともあるかもしれません。しかし、政治的な安定と経済的な安心という背景があってこそ、人々は知的な活動をはじめ、文化的、学術的、芸術的な大活躍が可能なのです。

天平文化、安土桃山文化、元禄文化……。世界をリードし、世界に誇れる繊細で美しい日本の文化は、世の中が落ち着き、人々が経済的に安心できる世であったからこそ花開いたのです。

千年以上、受け継いできた日本のソフトパワーを減ずるような世であっては、日本の未来は寂しいものになるでしょう。のみならず、世界の損失と思われます。

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上に立つ者は民のよい見本になるべし

5月15日の定例会では「徳川綱吉に学ぶ人間学」がテーマでした。

徳川綱吉は儒学を政治に活かすことを理想としました。そして武家諸法度をそれまでの武断政治から文治政治に改めました。それまでのように武力によるのではなく、学問や教育をもとに国を治めるよう改めたのです。何よりも、民が安心して暮らせるよう、民の負担を軽減する政策をすすめました。

この時代、まだ戦国の世の遺風があって試し斬りがあったそうです。また子どもや病人、年寄りなどの弱者に対して無慈悲な人たちが多かったようです。こうしたすさんだ世相を変えようとしたのが綱吉でした。綱吉のような画期的な改革ができる政治家が出てくるのは時代の要請かもしれません。

政策を変更するためには皆の意識改革が必要です。一丸となって取り組まないと、なかなか理想は活かされません。当初綱吉は上から目線でとりかかったために下の者の嫌気を誘い、なかなか意思の疎通が図られなかったようです。側近にもその意思が伝わらなかったそうです。おまけに綱吉は自分の意思が伝わらないことが理解できなかったといいます。しかし、たゆまず儒学の教えに沿って政策をすすめているうちに、次第に綱吉の意思は浸透していきました。

綱吉は、年貢を横領する代官を根絶し、自ら無駄を排して鷹狩をやめ、東照宮参拝をやめました。能力があれば小身の者も幕閣に登用しました。幕府の会計監査のため勘定吟味役を置きました。

そして「上に立つ者は民のよい見本でなければならない」を徹底するよう努めました。民のよい見本になるためのテキストは四書五経でした。武士は必ずこれを学ぶようにしたのです。綱吉は兵馬初めを読書初めに替え、自ら大名小名に講義をしました。(綱吉は湯島聖堂を建て、儒学の普及を図りました。新井白石、室鳩巣、山鹿素行などの学者を育てました)

犬公方などと言われ、評判が悪いところはありますが、自分の信じるところを敢然と政治に活かしたことが、綱吉以降の江戸時代に生きる人々の精神性を高め、識字率や創造性を世界でもっとも高い水準に引き上げることに繋がったのです。綱吉の時代、歌舞伎、浮世絵、俳句など日本史上初めて民が文化をつくりました。天文学や古典研究も進みました。絢爛たる元禄文化が花開いたのです。近松門左衛門、井原西鶴、松尾芭蕉などの文人が登場しました。これらは世界によい影響を与える日本のソフトパワー、日本人の底力として今日にも受け継がれているはずです。綱吉に謁見したドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルは綱吉を「とても才知ある君主」と評したそうです。

さて15日の定例会では、いつものように「人間力」を自己評価するクイズを行いました。

皆で騒ぐより一人でいる方がいいか? 悲観的で最悪のことばかり考えるか? 一途になるタイプか? 好奇心が旺盛か?

人によけいなアドバイスをするか? 必ず約束を守るか? 他人を試すか? 過去の成功例を得意になって話すか? おやじギャグを言うか?

など、今回は計30問、ワイワイ言いながらクイズを楽しんで定例会を終わりました。

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何故、原発再稼働に「ノー」と言えない?

「首都圏の6知事、再稼働賛否示さず」(東京新聞2019年5月11日朝刊、1面)

「命かかる判断 国に丸投げ」(同28面)

原発の本質は「魔法使いの弟子」です。「魔法使いの弟子」は、いくらか魔法を使えるようになった未熟な弟子が、魔法をかけたものの、それを収めることができず、師匠に大目玉をくらう、というお話です。

大量に発生する使用済み核燃料の処理も満足にできず、事故が起こった時の処理も十分にできないのに、効率がいいからなどと言って原発を推進、あるいは再稼働するのは、まさに「魔法使いの弟子」の姿そのものではありませんか。

〇原発は機械です。機械である以上、故障は避けられません。原発に使われる各部品には耐用年数があります。一般に機械系は、高度になるほど脆弱性が増します。その管理や点検のためのコストは計り知れません。燃料費だけで原発がローコストとは、決して言えないのです。

〇原発は多くの場合、人が住んでいないところに建てられます。だから原発を建てても人が住んでいないから安全と言います。しかし、そこは、かつて大きな災害があったから人が住んでいない、あるいは住めなかったところ、とも言えるのです。そこは、他の地域よりも自然災害を受ける可能性が高いところかもしれないのです。

〇活断層が無いところは地震の危険が無い、というのは大きな間違いです。活断層は過去に地震があったために生じたものです。日本では、どこでも大きな地震が発生する可能性があるのです。

原発の事故による災害は、災害の中でもっとも深刻です。

国民の大多数は、原発の廃止を求めています。これは、原発事故を懸念する国民の、心の奥底から発せられる、危険回避の声なのです。

いったん、事故が起きると、何十兆円ものコストがかかります。

放射線を防ぐ材料で十重二十重に覆って使用済み核燃料を地下に埋めたとして、安全が確認されるまでには、ざっと10万年かかると言われています。事故で発生した放射性物質の処理も、また然りです。

原発は利権に絡むという負のイメージもあります。

いずれにしても、原発そのものが国民生命の安全を脅かし、国の基盤を危うくする、この上なく怖いものと人々が気づいているのです。

知事さんたちは、エネルギー政策は国レベルの問題、とおっしゃいますが、そもそも、原発をエネルギー政策に入れること自体が、間違っているのです。

一人でも「ノー」と言ってくれる知事さんがいたら、その県の人たちはとても喜ぶと思いますが、如何でしょうか。

 

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講座に参加される皆様へ

講座に参加される皆様

2019年5月11日の大宮での講座、参考にしていただけましたら幸いです。

「偉人・聖人の生き方に学ぶ人間学」をテーマに12回シリーズです。第1回目、澁澤栄一でした。

毎回のことながら、この講座では談論風発、さまざまな意見が飛び交います。今回は、古墳、埴輪、古代インドのアカシア、カタカムナなど人間学のおおもとの話で45分。

そして初めて参加される方もいらっしゃるので、やおら講座の趣旨をひとくさり。

そもそもこの講座は、人間学を学んで自分の内奥にあるとても大事なものを呼び起こしていただく、そして世の中を良くするために自分は何ができるか、を個々に考えるのが目的です。

古典や偉人・聖人の生き方を学ぶだけで精神が爽やかになります。

さらに言えば、今や瀕死の状態ともいえる日本を健康体によみがえらせる処方箋を見つけられるかもしれません。

ようやく、澁澤栄一さんの話になり、彼が説いたこと「人を欺き、ずるいことをして利益を得ても、その会社はほどなく衰退する。利益は、世のため人のためという高潔な経営方針によってこそ得られる」などをお話しさせていただきました。

高潔な経営方針などと綺麗ごとを言っても始まらない、と言われながらも、澁澤栄一は、会社は社会のためにある、という信念を貫き、誠実に経営を行いました。結局は、それが、幾多の事業の成功を導き、またそれを長続きさせたのです。

「君子は貞にして諒せず」(論語)

今日、新自由主義の波にのまれ、言わば、とりあえずの利益(結果的に小利)を得んがための経営が多くなってしまったようです。こうした波は、必ず学びとしなければならないでしょう。

以前、虎の門での経営者セミナーでお話しさせていただいた「こんな会社っていいね」のレジメより(項目だけ)。

1.若手社員が張り切って働いている。社員が今置かれている立場で輝ける。

2.社員間で協力体制がある。部署を多く経験させ、多能的にしている。魑魅魍魎の中で花が咲く。

3.パワハラ上司がいない。パワハラする人は、自分自身を傷つける。

4.世に必要なものを提供し続けている。経営理念が社員に行き渡っている。

5.人材を育てている。必要なのは、基礎力と人間力。

などをお話しして終わりました。

いかがです? 紀元塾の講座は、とても盛り上がります。楽しく充実した時間を過ごすことができます。

どうぞ、おでかけください。

 

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自分の本質を知る

今,日本は教育、研究、経済、財政、外交、社会保障、どの面も低迷しています。今もっとも必要なのは、一人ひとりが日本の現状を知り、それぞれが自分の果たす正しい役割に気づき、それを迷うことなく遂行することにあると思われます。このことが、実は世直しに直結しているのです。

 そのためには、まずは知っているようで実は意外にわかってない自分の本質を知るところから、と思われます。

 2019年4月の「紀元塾」定例会では、自分の本質を知るためのクイズ(ソクラテスをはじめ古今東西の偉人・聖人の言葉や生き方をもとに頭を絞って作成した問題)で、皆さん、自己診断?! をいたしました。

 日頃自分の意見をひけらかす人は、いざという時、口をつぐんでしまう傾向があります。日頃強そうにしている人は、いざという時、尻込みする傾向があります。

 今回、自分の専門以外のことで、「評判や地位、財産のことは気にしても、思慮や真実を気にかけず、精神をできるだけ優れたものにすることに気をつかわないのは恥だ(ソクラテス)」などの言葉をもとに作った問いかけ、例えば「自分に不利になっても正直に語る?」「保身のために不正にくみすることがあるか?」などに、一人ひとりが虚心坦懐に自分をチェックしました。「すぐ腹を立てるか?」「いつもおだやかでいられるか?」「幅広く学びたいか?」といった問いかけも、もちろん入っています。

 自分の本質がわかると、自分は何ができるか、具体的に何をしたらよいか、が自然に見えてきます。

 特にリーダーたちに、今の自分を知ってもらいたいものです。

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原宿での「ほんわか音楽会」

4月5日、原宿ルセーヌ館での「ほんわか音楽会」。私の中学時代の友人が声掛けをしてくれて、高校生、若い声楽家の方たち、シニアの人たち、そして私の小・中学の時の友人たちが集まってくれました。

あわて床屋、雨降り、はるかな友へ、大きな古時計など(ドリーム合唱団)、シャンソン2曲(新村美佐代さん)、そしてエルビスプレスリーとビングクロスビーの歌、各1曲を私が歌いました。そして、おもいでなどを参加の皆様全員で歌いました。伴奏は、渡邊恵理さん(全国伴奏コンクールで最優秀賞)です。(渡邊恵理さんは合唱団の指導をしてくださっています。私は指揮をしています)

とても和やかで、楽しい時間を過ごさせていただきました。

櫻は天の被造物で、とても美しいです。人も天の被造物ですから、本来、その心は美しいはずです。今後とも、心を洗えるような歌を唱っていきたいものです。(樫野)

 

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道元は中国で「易」や古代インドの哲学を学んだ?

先の講座でのこと。

道元は「人の身体や心は宇宙の一部」と言ったそうですが、このことは、樫野先生は量子力学で説明できるとのこと。なるほど、です。

人は宇宙の一部という説は、遠い昔、中国の「周易」や古代インドのウパニシャド哲学などで、そのベースになるところが既に唱えられていた。だから道元は、中国に行って、こうしたことを学んだのでは、という説明がありました。情報のやり取りが盛であったこともあるので、この可能性はあります。

講座で、中国に渡る舟で、道元は「地球は丸い」を体得したとの仮説、これは理解できます。

(講座の一聴講者より)

 

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ゲーテの感性

以下は、紀元塾「偉人・聖人の生き方に学ぶ人間学」2月(第二回)の会での、聴講者のご意見です。

ゲーテが、ある山裾の花崗岩が広がる光景を見た時「そこには、地球が生成した過程、そして私たちがそこから得る養いの様が一挙にありありと展開していた」と感じたのは、彼が、自然界にあるもののエネルギーを感じ、自然界にあるものと会話ができた、ことを示すのではないか、という講座でのお話、とても興味深かかったです。

石工は石垣を造っている時、石が”ここに使ってくれ”という声が聞えるそうです。それで、的確に石を積めるそうです。こういう感性は、何につけ、とても大きな武器になるのではないか、と思いました。

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澁澤栄一の生き方に背骨が通る思いを

毎月1回開講される紀元塾の講座「偉人・聖人の生き方に学ぶ人間学」は、2019年1月から始まっています。

第一回目のお話、「澁澤栄一の生き方」は、江戸時代の大店の主人の生き方に似ているように感じました。特に江戸中期以降、大店の主人は町会所をつくり、災害があった時などに備えて、町民50万人が半年間、食べられる米を備蓄していました。また、大店の主人たちは、率先して私財を、困窮者の救済や民の医療、上下水道の維持、さらには長屋の家賃の補てんなどに投じました。自分の利益より、民の利益を優先したのです。

澁澤栄一は、目先の利益を追って経営すると、会社は必ず衰退する、会社は世のため人のためにある、という信念をもって、500もの会社をつくり、いずれも成功させました。甘いことを言っても始まらない、という人はたくさんいたようですが、彼は、一切、ぶれることなく正論を通し、それが、顧客の信用と信頼を勝ち取って、人々から支援され、結局は、本当の利益を得ることにつながりました。

彼の生き方を学ぶにつれ、背筋がしっかりする思いでした。(一聴講者より)

 

人の美を成し、人の悪を成さず

これは、今から約2,500年前、中国春秋時代の思想家孔子の言葉です。

「人のよいところを褒めるが、人の好ましくないところは他人には黙っている」

褒めることによって人は伸びます。褒められることによって、長所を大きく伸ばし、世で活躍する人は多いです。スポーツの試合などで、直前に、あれダメ、これダメ、とダメ出しされ選手は、たいてい、いい結果を出せません。

ましてや、欠点を指摘し、それを他人に言いふらすなどは、小人がすることです。

 

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2019年、紀元塾、プログラムが始まります

2019年、明けましておめでとうございます。今年がよい年でありますように。皆様のご健勝、ご発展をお祈りいたします。

本年は、「偉人・聖人の生き方に学ぶ人間学」を、月一回、12回シリーズで開講いたします。1澁澤栄一、2ゲーテ、3道元、4ソクラテス、5徳川綱吉、6ニーチェ、7宮沢賢治、8ガンジー、9上杉鷹山ん、10ルソー、11空海、12アリストテレス、です。

これらの人たちの生き方や言葉から学ぶことは何か? また、共通するものは何か? 新たな発見があると思います。

毎月第三水曜日、19時から、春日部西口大通り 檸檬で開講いたします。(参加費;お一人1000円)

お問い合わせ、檸檬、吉田美代子(048-733-0713)

 

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オツキミの噺 いかがでしたか?

10月に小淵観音院で開催した、オツキミの噺、いかがでしたか? 山門に上がって、月が出てくるところを観た方、ラッキーでしたね。大きな満月が、ゆっくり、真正面に上がってくるところが見えました。

お噺は、住職が樫野先生に質問する形で進みました。縄文時代、江戸時代、古き良き時代の人々の穏やかで創造的な暮らしの噺、宇宙の理、カタカムナの噺がありました。縄文時代の噺が長くなり、後の分が、端折り気味でしたが、今の日本人に伝わっているDNAは、理解できたかも。

また、同趣の企画を、と思っております。お楽しみに。(事務局)

 

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人の本質を観る

一見、弱そうに見えても、その人は、とても芯が強い、苦難に耐える気構えをもっている人かもしれません。

日頃、強そうにしていても、いざと言う時、怯えて、竦んんでしまう人は多いです。

優しい人は、本当は強い人かもしれません。強いから、人に優しくできるのです。

いつも、その人の本質を観るようにしたいものです。

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いつも自分の器量がはかられている

なかなか気がつきませんが、人は自分の器量で、相手を評価しています。

逆に、自分が話すこと、やっていることは、すべて、相手から器量をはかられるもとになっています。

例えば、相手を軽んずると、相手から、この人はこんな程度の人、と思われてしまいます。

間口をうんと広げて相手を観る、相手のいいところを見つける、など、自分の器量を上げておかないと、結局は自分が恥をかくことになるのです。

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蟻の一穴

「蟻の一穴」という言葉をご存知でしょう。 大きな堤防も、蟻がつくった小さな一つの穴によって崩れてしまう、という諺です。 実は、これとは全く逆の道理も成り立ちます。つまり、義を実践するたった一人によって社会を正すことができるのです。 (青島重利)

義って何? 人を観る目、社会を観る目ってどうしたら身に付くの? こうしたことを勉強するのが「紀元塾」です。 (事務局)

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今、君たちに必要なのは「論語」だ!

自分は一体どんな存在なのだろう? どんなふうに生きていったらよいのだろう? そんな問いかけに応えてくれるのが「論語」です。

「論語」は、今から約2500年前の中国の思想家孔子とその弟子が語った言葉(語)の中から、孫弟子が後世に残したい言葉を論議して(論)選択し、記録したものです。語を論議して言葉を選んだので「論語」というのですね。

「論語」にはざっと500余りの言葉が集められています。心が爽やかになり元気が出る魔法の言葉がたくさん入っています。それらは実は、宇宙の営みをもとに語られたものです。大昔に語られた言葉ですが、宇宙のお話がベースになっているので、「論語」は時代を超えて読み継がれるのです。

「論語」を読むと、自分の立ち位置や生き方がわかります。迷いや悩みが消え、きっと自信がわいてくると思います。

子ども論語教室「ピーワンちゃんの寺子屋」は、以前、朝日新聞の全国版で取り上げられました。この本は、一冊1000円です。当法人事務局(吉田美代子 048-733-0713)にご連絡をいただきますと、送料無料でお求めいただけます。

 

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為政者は「義」を大切に

市民の幸せ、世界平和と国家安泰、この達成を大きな目標として、今なすべきことを考える(周りのさまざまな”環境”を整える)、これが為政者が行う「義」です。

もう何年も、為政者や官僚たちは、市民ー生活者主体というよりも、自分たちの都合や勝手でものごとを動かしてきたという面が少なからずあるように思われます。

市民の側も、この「義」について思いを巡らす必要があります。優れた為政者は、よい市民によってつくられる、という側面もあるのです。

「義」を大切にし、世のため人のために何を為すかを真剣に考える人が、結局は尊敬され、大成するのです。

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このコラム欄の記事は、作者の記名が無いものはすべて、樫野紀元が書いたものです。

 

 

 

古事記の真説、古事記に学ぶ人間学は、この本を!

これまでコラム欄で、約30回、古事記の真説、そして古事記に学ぶ人間学について、お話しさせていただきました。

ここでお話ししたことは、樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)に載っております。詳しくお知りになりたい方は、どうぞ、この本をご参照ください。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子までお申し込みをいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

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古事記に学ぶ人間学(12)試練に耐えるとよいことがある

大国主命は、愛するスセリヒメの父、スサノオ命から、ムカデがたくさんいる部屋に泊められ、野に出ては草を焼かれて逃げ場を失うなど、度重なる試練を与えられました。大国主命は、強い意思で、こうした試練をすべて乗り越えました。そして美しい瑞穂の国をつくることができました。

自分の運命は自分がつくるものです。とはいえ、不都合なことが生じて、思うように進まないのが普通です。そんなとき、やる気を失い、自信を失い、少しのストレスでも心がくじけたりします。不都合なことは、試練なのです。試練は、その人を発奮させ、忍耐強くさせ、それまでできなかったことをできるようにする特効薬です。大きな目標があると大きな試練があります。大なり小なりの試練は、輝く未来が待っていることの前触れなのです。

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古事記に学ぶ人間学(11)直感は天の声

大国主命はスセリヒメと会ったとき、この人は自分のパートナーになる人、と直感しました。これをフトマニ(霊示)といいます。こんなことをするとヤバイ、などと感じるのもフトマニです。

フトマニは、太古の昔は鹿の肩の骨を焼いて吉凶を占う占術のことでした。その後、何百年も経て「古事記」がつくられたころは、フトマニは神がかりによってもたらされる天啓を指す言葉としても使われました。

懸案であった問題の解決策が突然わかった、何気なく本屋に入って棚を見ていたら自分が必要とする本があった、などというのもフトマニです。心が澄んでいるほど、フトマニを得やすくなります。

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古事記に学ぶ人間学(10)人それぞれに性格が異なるわけ

邇邇芸命(ニニギノミコト)は、宇宙の神様の分霊(わけひ)として、この世に降臨しました。人は受胎したとき、宇宙の神様のさじ加減によって、和、荒、幸、奇の四魂(しこん)が魂留(たまづめ)されます。(一説によると、魂留は、地球から約8000光年のところから、光の何倍ものスピードで、波動によってなされるそうです)

親は飲んだくれなのに子は利発で人望がある、兄は豪快なのに弟は臆病で神経質、姉は人を信じるのに妹は猜疑心が強いなど、親兄弟でも性格が異なることがあります。それは、四魂の与えられ方がそれぞれ異なるからです。例えば、幸魂はたくさん与えられているのに荒魂が少ないと、やさしいが覇気に欠ける、という性格になります。荒魂がたくさん与えられているのに、奇魂が少ないと、やる気は旺盛だが仕事はちょっと、という性格になります。

とはいえ、性格の大部分は、与えられた四魂に加えて、幼年期までに接する親や兄弟など周りの人や環境の影響、そして何よりも、自分はこうありたい、という想いによってつくられます。

詳しくお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)をご参照ください。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子までお申し込みをいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

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古事記に学ぶ人間学(9)私たちは無数の波動が飛び交う中にいる

大国主命は、兄神たちに殺され、粉々にされました。その粒子を集め、母神の乳でこねて一体にしたところ、大国主命は麗しい若者に戻りました。古代の人は、ものも人も、みな粒子でつくられている、と考えていたのですね。

ところで、すべてのものは粒子でできています。どの粒子も波動を出しています。水素や酸素は原子核と電子(粒子)から成ります。それらは波動を出しています。この二つが合わさって水になると、水特有の波動を出します。私たちは波動をキャッチすることによって、そのものを認識するのです。

人も波動を出しています。テレビやラジオが特定の波動に伝えたい映像や音声を載せているように、人の波動には、その人の”人となり”が載っています。私たちは、その波動をキャッチすることによって、その人の性格や技量を判断するのです。

ともあれ、私たちの周りには無数の波動が飛び交っています。私たちはその中にいて、休むことなく波動のやり取りをしているのです。

詳しくお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)をご参照ください。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子までお申し込みをいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

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古事記に学ぶ人間学(8)自己紹介で話すこと

天照大神は、いつまでたってもスサノオ命が自立せず、乱暴、狼藉の限りを尽くすので手を焼きました。スサノオを正し、自立させるには、この手しかない、と天照大神は岩屋戸にたてこもり、世の中を暗闇にしました。

自己紹介のとき、何を話しますか? 実は自己紹介でその人の自立度がわかります。一流大学を出た、一流会社に勤めている、などと得意げに話す人は、いつもちやほやされていたい、自立していない人です。親や親せきの社会的地位が高い、家柄がいい、有名人を知っている、自分はこれだけ儲けたなどと自慢する人も自立した人とは言えません。

学んだことや今やっていること、やりたいこと、特技など自分が身に付けたことは自己紹介になります。自分の来し方や失敗談を、自分をさらけ出して話す、これは十分、自己紹介になります。というより、他の人たちと手をたずさえ、共にやっていけることを知らしめる、とても効果的な話になります。

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古事記に学ぶ人間学(7)心のゴミを吹き飛ばす

イザナキの命は、黄泉の国へ行った後で、自分の心の穢れに気がつき、川の水で身体を清め、心の穢れを祓う(取り除く)ことを想いました。そして心の穢れを吹き祓い、天照大神が誕生しました。

心の穢れ(邪念など、心のゴミ)は、自分でそれに気がつき、それを無くそうと強く想わない限り、取り除くことはできません。周りでいくら意見しても、当人が自覚し自分で取り除かない限り、そのゴミは心の中から無くならないのです。

日本では、何それ、と言われてしまいがちですが、欧米では”想い”の研究が、とても進んでいます。アメリカでは、入院患者の病を、何千キロも離れたところから複数の医師が”想う”ことによって治癒したという報告例があります。

モノと想念とのパワーの差は、5対95です。”一念岩をも通す”というくらい、想いのパワーは強いのです。誰しも、何らかの邪念は生じるものです。邪念は、仕事や勉強などの他、対人関係などに好ましくない影響をもたらすことがあります。心に邪念(ゴミ)があると気づいたら、それを吹き飛ばしてやる、とひたすら想うことです。そう想うことによって、ゴミは吹き飛び、心が澄みわたり、爽快な気分になります。

2018319154421.jpgのサムネイル画像  (紀元塾では、邪念を吹き飛ばす「イス座禅」の会を開催しています)

古事記に学ぶ人間学(6)泣き方で、ミルク・おしめか、わがままかを見分けるべし

イザナキの命は、黄泉の国へ行って、自分の心が穢れていることを悟りました。自分で自分の心に気づくことはとても重要、と古事記は教えているのです。

人は生まれたとき、誰にも等しく、善い心が備えられます。しかし長ずる過程で、その善い心の働きが自分勝手、狡猾、卑怯、嘘など他を不快にする心の働きで覆い隠すようになります。このことは、主に周りの人によってもたらされます。特に、赤ちゃんや幼児の頃は、このことに注意が必要です。

ところで、赤ちゃんや幼児は泣くことによって周りの人の目を自分に向けさせます。それがミルク(空腹)やおしめ(生理)に係る要求なら、必ず応えなければなりません。しかし、赤ちゃんや幼児は、わがままで泣くことが多々あります。そんなとき、よしよし、とわがままな欲求をすべて満たすようにしていると、赤ちゃんや幼児は、命令する(泣いてだだをこねる)と周りの人はそれに従う、ということを学んでしまいます。欲求のままに何でも与えていると、子どもにある種の支配力を身につけさせてしまうのです。

ましてや、親や保育に携わる人はもとより、周りの人のわがままな(他に不快を与える)感情を赤ちゃんや幼児にぶつけるのは、最悪です。絶対にやってはならないことです。赤ちゃんや幼児はそうした心の働きをまともに身に付けてしまいます。

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古事記に学ぶ人間学(5)すべてのものに意思があるー八百万の神の真実

イザナキの命とイザナミの命は、私たちの周りにある諸々をつくりだしました。このことは、私たちの身の回りにある諸々はすべて、意思をもっていることを意味しています(八百万の神)。

例えば、太陽は地球に光や熱を供給しています。それは太陽の意思です。海は塩分の濃度をほぼ一定に保ち、大気は酸素や窒素などの量をほぼ一定に保っています。それらは海や大気の意思です。土は、五穀や野菜、果樹などを育てます。風や雷は気圧や電位を調整して、大気や土の電位の安定をはかっています。そして、あらゆる人工物は、それがつくられた目的を遂行しています。すべてのものは意思をもっている生命体と考えることができるのです。

この世に存在するものは、一つとして不要なものはありません。その中で私たちは恩恵を受けて生きている、いや、それら意思をもつものによって支えられ生かしてもらっているのです。

詳しくお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)をご参照いただきたく思います。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子までお申し込みをいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

 

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古事記に学ぶ人間学(4)5対95則

天照大神は、宇宙の霊力で地下のマグマを励起し火山を噴火させ、噴煙によって世を暗くしました。その霊力は、宇宙の広大な空間に満ちているエネルギーです。

ところで、古事記の冒頭で、タカミムスヒの神様(目で認識される物質の神様)とカムニムスヒの神様(目では認識されない想念の神様)が登場します。実は、宇宙の目で認識されるもの(星やガスなど)と目では認識されないもの(宇宙空間に満ちている素粒子など)の容積の比は、およそ5対95です。つまり、目に見える星やガス(モノ)と目には見えないもの(エネルギーなど)の影響力の差異は、およそ5対95ということなのです。

目には見えない宇宙のエネルギー(95)を作用させることによって、目に見えるマグマ(5)を励起させることなど、わけないのです。敷衍して言いますと、例えば、異性の心をつかむためには、モノ(装身具や宝石など)を贈るよりも、相手を思いやる心の方が、5対95で、よほど大きいということです。

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古事記に学ぶ人間学(3)内面から輝く

古事記では宇宙の創生、宇宙の氣のお話に続いて、人の心-意識の神様(アヤカシコネの神)が遣わされるお話があります。この神様の名前のカシコネは心-意識、の意味です。アヤは、とても大切な、を表す接頭語です。

何をするにしても、必ずその人の人柄が出ます。その人のそれまでの人生が現れると言ってもいいでしょう。例えば、ピアノで同じ音を弾いても、弾く人によって豊かな音になることもあれば、キンキン響くだけということもあります。それは、その人の人柄によるのです。

人は誰もが、人を心地よくさせる善の心の働きと、人を不快にする悪の心の働きをもっています。しっかり自立して、善の心の働きを主に出していると、目が澄み顔が明るくなります。爽やかで温かく力強さを感じさせるオーラが出るようになります。つまり内面から輝くようになるのです。

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古事記に学ぶ人間学(2)富や地位は、世のために活用すべきもの

古事記では、宇宙をつくった神様に続いて、宇宙のエネルギーの神様(ウマシアシカビヒコジの神)が登場します。この神様の名前にある、ヒコジ、は古伝などを参照すると、エネルギーを宇宙空間の隅々に拡げる力(今日、ダークエネルギーと言われるもの)と、エネルギーを引き寄せる力(今日、ダークマターと言われるもの)という、相反する二つの意味を合わせもっていることがわかります。

ところで、太陽は地球や土星などの惑星を従えています。太陽は惑星に光や熱などのエネルギーを与えています。力がある天体が力がない天体に、自分の力を分け与えているのです。こうしたことによって、宇宙全体の秩序と調和が保たれるのです。この世では、富や地位の違いが力の大小をもたらしています。富や地位がある者は、たいていの場合、それが無い者に大きな影響を与えます。

富や地位がある者が、それが無い者を支援することによって、この世の秩序と調和が保たれます。富や地位がある者が、それが無い者を見下し、あるいは自分だけがよければよい、と他を顧みないのは、宇宙のルールに反するのです。

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古事記に学ぶ人間学(1)誰もが善と悪の心をもっている

古事記は、古伝を参照し、そこで語られているやまと言葉を読み解くと、その冒頭で「宇宙は、物質(目に見えるもの)の神様と想念(目には見えないもの)の神様が協力してつくった」と語られています。なるほど、宇宙は、(目に見える)星やガスと(目には見えない広大な空間ーすべてをつくるもと)の相反する二つからなります。(想念と宇宙の空間との関係は、下記の本「生を尽くす」をご参照いただくとありがたいです)

私たちがいる地球にも、相反する二つが同時に存在します。例えば、昼と夜、寒と暑、男と女……。そして、私たちは身体(目に見える)と心(目に見えない)の相反する二つを併せ持っています。さらに、誰もが心の中に、思いやり、自立、誠実、謙虚、正々堂々、勤勉など「善の心の働き」と、自分勝手、甘え、狡猾、驕慢、怠惰など「悪の心の働き」の二つの相反する心の働きをもっています。(悪は人を不快にする、が原意です)

善の心の働きを出すと、多くの場合、身体によいホルモンがたくさん分泌します。それは、健康で長生きのもとです。一方、人を不快にする悪の心の働きを多く出していると、健康を損ないがちになります。私たちは、そのようにつくられているのです。

つい悪の心の働きを出してしまっても、(それが犯罪になるものでは困りますが)すぐに改めることによって、心の安定と身体の健康を保つことができます。私たちは、このようにも、つくられているのです。

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そもそも古事記って何?(3)古事記は人の生き方を教えてくれるもの

100万人の人がいたら、100万とおりの人生があります。姿かたちや性格、価値観、その他まさに人それぞれです。でもその100万人に共通するものがあります。それは、誰もが、この世に生き、自分を輝かせる力、そして豊かな人生を送る力が与えられていることです。そのヒントが古事記に示されているのです。

人の本質は何か、この世の本質は何か、自分にはどのような力が与えられているか、古事記を、そこで語られているやまと言葉を読み解くと、しっかりつかみ取ることができます。さらに、自分自身はもとより、日本人がもっている良いものを再発見することができます。悩みを吹き飛ばし、今すぐできる素敵なことを見つけることができます。

古事記は世界最高の哲学書なのです。

詳しくお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)をご参照ください。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子にお申込みいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

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そもそも古事記って何?(2)神話に出てくる天は、アマ? アメ?

古事記によく出てくる天は、アメと読む場合とアマと読む場合があります。アメと読むときは、天は宇宙全体を表します。アマと読むときは太陽系を表します。天之御中主大神は、アメノミナカヌシノオオカミ でアメと読みますから、宇宙全体の神様のことになります。天照大神は アマテラスオオミカミと読みますから、太陽系の神様のことになります。

高天ヶ原も、天をアメと読むときは、宇宙全体の神々がいるタカアメガハラです。アマと読むときは、太陽系の中の神々がいるタカマガハラです。

また、アメは極大のもの、と同時に、極小のものも表します。アメは宇宙全体(極大)を表し、同時に粒子(極小)を表すのです。勾玉はアルファベットのCの字に似た形です。勾玉の大きな丸い部分は宇宙全体(極大)を表し、細い部分の先端は粒子(極小)を表しています。大昔の人は勾玉を身に付けることによって、宇宙と一体感を持っていたのではないでしょうか。

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そもそも古事記って何?(1)スサノオ命の八岐大蛇退治の話はギリシャ神話から?

古事記は8世紀の初頭にまとめられました。古事記が書かれる前、天武天皇の命により、川島皇子、草壁皇子そして数名の連(むらじ-古代の姓で、神々の子孫と称する氏)が、「帝紀」(歴代天皇の系譜の記録)や「旧辞」(神話をはじめ地域の伝承の記録)の改訂版を作りました。

天武天皇は、若い舎人(とねり-天皇の傍にいて雑務をこなす人)の稗田阿礼(ひえだのあれ)に、その改訂版の暗記を命じました。稗田阿礼は,一読または一度聴いただけで、それを憶える聡明さがあったといいます。彼は、古伝や海外から入ってきた寓話も、たくさん記憶していたことでしょう。今から一万年以上前から、大陸や南方の島々と往き来があり、さまざまな文化やお話が日本に入ってきていたのです。紀元前2世紀の頃にはシルクロードを通って、インドやヨーロッパの思想や文化が日本にも入ってきていました。

古事記は、稗田阿礼の頭の中に入っている話の中から、天武天皇の3代後の元明天皇が適宜ピックアップした話を、漢学者の太安万侶が筆記し、まとめたものです。

古事記には「帝紀」や「旧辞」だけではなく、古伝や海外から入ってきた話も載っています。例えば、大国主命が兄神たちに殺され、生き返った話は、縄文時代には、すでに昔話として語られていたといいます。この話は、南太平洋メラネシア地方の言い伝えがもとになっているそうです。メラネシアからは、霊魂はあらゆるものに入っているという話も日本に伝わっていました。また、スサノオ命が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する話は、ギリシャ神話の、ペルセウスが怪物の生贄にされかかったアンドロメダを救って妻にした、という話がもとになっているそうです。

詳しくお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)をご参照ください。これらのことが示されている文献を載せています。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子にお申込みいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

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古事記の真説(12)大国主命が示す、運命は自分でつくる

スセリヒメと結婚するつもりの大国主命にスセリヒメの父スサノオ命は、あるときはムカデや蜂がいる部屋に泊め、またあるときは草原に矢を取りに行かせ、そこに火を放って追いつめるなど、さまざまな試練を与えました。

大国主命は、そうした試練をことごとく乗り越えました。厳しい試練を乗り越えることができたのは、大国主命が自分自身の未来を切り拓く強い意思を持っていたこと、そしてスセリヒメの陰ながらの助けがあったからです。

そして大国主命は、後に蘆原(あしはら)の国(日本)をつくりました。大国主命の話は、私たちに運命は自分でつくるものであることを教えてくれています。

詳しくお知りになりたい方は樫野紀元著「生を尽くす」(1350円税込み)をご参照ください。(048-733-0713 檸檬 吉田美代子にお申込みをいただきますと、安く、また送料無料でご入手できます)

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古事記の真説(11)まぐあいは互いに顔を見て相手の気持ちを推し量る、の意

スサノオ命のところに行った大国主命は、スサノオ命の娘スセリヒメと会いました。大国主命とスセリヒメはお互い目を合わせただけで、たちまち心を通わせ、結ばれた、と解されている文があります。伝わっているその文は「(大国主命が来たので)出(い)で見て目合い(まぐあい)し、相婚(みあい)して」です。

この文のもともとの意味は、『(大国主命とスセリヒメは)会ったとたん、互いに、将来を共にする伴侶として望ましい相手であると直感した』です。

目合い(まぐあい)は男女の交わりを表す言葉とされていますが、もともとは、互いに顔を見て、相手の気持ちを推し量る、という意味で使われていました。また、相婚(みあい)の相は、みる、そして婚は、縁組を意味します。相婚は、男女二人が同時に、相手が共に未来を切り拓くパートナーとして望ましい、と直観したことを意味しています。

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古事記の真説(10)私たちの中にある四魂(しこん)

天孫降臨の場面、「天照大神の孫、ニニギノミコトは高天ヶ原を出て、たなびく雲を押し分けて進み、いったん天の浮橋にすっくと立ち、日向の高千穂の霊峰に降りて行かれた」について解説いたしましょう。

ニニギノミコトは、古伝によれば、天津日子番能邇邇芸命(あめつひこほのににぎのみこと)です。天津は宇宙の、の意味です。日子は霊凝(ひこ)の当て字で、魂留(たまづめ)された、という意味があります。また、番(ほ)は秀麗な、という意味です。ニニギノミコトはそもそも瓊瓊杵尊と記されます。瓊(に)は光輝く珠のことです。つまり、ニニギノミコトは宇宙の神様の分霊として、秀麗な光の塊となって雲を突き抜けて、地上に天降り(あもり)された、としているのです。

ついでですが、世界中で読まれている「ハリーポッター」は、悪者が自分の魂を日記帳や宝冠など七つの品に分霊し、その七つの品を、主人公のハリーポッターと仲間たちが一つ一つ破壊して悪者をやっつける、というお話です。

さて、古事記にもありますが、古代の人は、人には四魂(しこん)が魂留(たまづめ)されている、と考えていたようです。この四魂は、①和魂(にぎみたま)-秩序と道理を守り、正々堂々、安定、協調、誠実を大切にする心、②幸魂(さちみたま)―他を思いやる心、③荒魂(あらみたま)ー目標設定、挑戦、進化向上する心、④奇魂(くしみたま)ー学習、創造する心、です。人への四魂の入り方は、人それぞれに異なります。2018319154421.jpgのサムネイル画像

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古事記の真説(9)人は粒子が集まってできている!?

大国主命は、兄神たちによって殺されました。しかし、母神や神御産巣日神(想念の神様)のおかげで生き返ることができました。古伝を参照し、やまと言葉を読み解くと、大国主命が生き返った場面は次のようになります。『粉々になった大国主命は、身体を構成していた粉(粒子)を集めて整形し、母神の慈愛を浸透させたところ、澄んだ目の逞しい若者にもどった』

水は水滴(粒子)の集まりです。土器は砂粒のような土でつくられます。昔の人は、ものが粒子でつくられていることを悟っていたのでしょう。そして、人もまた粒子が集まってつくられている、と考えていたようです。

ホツマツタエや天津古世見などの古伝には「あらゆるものは、ムスヒという粒子でつくられ、ムスヒの奥にはさらに小さな粒子ヌチがあり、そしてヌチの奥に極小のアメという粒子がある」とあります。如何ですか? まさに今日の素粒子論に通じるではありませんか。昔の人の知恵には本当に驚かされるではありませんか。

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古事記の真説(8)天照大神の岩屋戸隠れの真実-甘えとわがままは神様がもっとも嫌うもの

古事記の神話の中でもっともよく知られているのは、天照大神が弟スサノオの命のあまりにも自分勝手な行動に手をやいて岩屋戸(いわと)に隠れ、世の中を暗闇にした、という話でしょう。この話の真意は次のようです。

『スサノオの命の甘えとわがままを直すには、この方法しかない。天照大神は、地中の奥深く入り、宇宙の霊力を使ってあちこちの火山をいっせいに噴火させた。噴煙が地上を覆ったので、日の光が届かなくなり、皆困ってしまった』 このお話は神の厳愛(いずあい)がテーマです。

原文は「天照大神、見畏み(かしこみ)て、天の岩屋戸、閉(た)ててさしこもる」です。古伝を参照し、やまと言葉を読み解くと、見畏みて、は宇宙の霊力を操るのは宇宙の神様に畏れ多いことながらという意味になります。岩屋戸は地中深くにある岩盤を指します。閉てて、は戸を閉めるに加え、身を投じる、の意味があります。さしこもる、は挿し籠るで、深く入り込む、です。天照大神が地中の奥深くに入って行ったのは、身を隠すためではなく、閉じ込められている火山のエネルギーを解放するためだったのです。

この場面は日食であった、とする説があります。しかし日食はほんの一瞬です。天照大神に岩屋戸から出て再び地上を明るく照らしてもらう(岩屋戸開き)ために、神々がいろいろな策を講じる記述が長々と続くところからも、地上が暗闇であった時間は長かったことがわかります。

M8,M9の大地震があると、連動して数年の間に火山の噴火があることが知られています。古事記では、スサノオの命が地上から天界に向かうとき、大きな地震があったと書かれています。それは、火山の噴火の前兆であったことを示しているのです。

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古事記の真説(7)禊 ー清らかになりたいと一途に想えば穢れは消える

イザナキの命が禊(みそぎ)をする場面は、「吾(あ)は、しこめしこめき穢(きたな)き国に到りて在りけり。御身(おおみま)の禊祓(みそぎはらえ)せむ」と語られています。この本当の意味は次のようです。『私の心は邪念によって穢れていた。禊祓いして清らかな状態に戻ろう』

吾は自分のこと、しこめは(女の鬼ではなく)邪念を表します。穢き国は、清らかな心の向こう側にある(仕切られた)穢れた心という意味です。到りて在りけりは、そういう状態にどっぷりつかっていたという意味です。

人が生まれたときに授かった清らかな心を素下霊(すくひ)といいます。素下霊の人を真人(まひと)といいます。禊祓いは、身添氣祓い、つまり想い(氣)で穢れを祓い(取り除いて)、真人に戻ることをいうのです。水で身体を清める禊は、水滌(みそぎ)祓いのことで、水で身体の穢れを洗い流すことをいいます(今日では、手や口を水ですすぐことで清めとすることが多いです)。イザナキの命は、この両方を行いました。

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古事記の真説(6)自分の心の穢れを見る

イザナキの命が黄泉の国に行ったときのことです。そこでイザナキの命が見た、イザナミの命のなきがらが蛆に噛みしだかれ雷撃を受ける光景は、イザナキの命自身の心の穢れを現すものでした。

そもそも黄泉の国は、死者の魂が天界に通じる雲梯(うなで)を上る準備をするところです。(国は、仕切りで分ける、のこと)イザナミの命がイザナキの命に自分の姿を見られるのをいやがったのは、化粧しているところを他人に見られたくないのと同じで、雲梯を上る準備をしている自分の姿を見られたくなかったからです。にもかかわらず、イザナキの命は今すぐ妻に会いたいという気持ちを抑えきれず、自分勝手に行動したため、妻の心を深く傷つけてしまいました。

古代の人は、自分勝手、高慢、狡猾、卑怯、嘘、むさぼりなどは、心の穢れがもたらすものと考えていました。

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古事記の真説(5)イザナキの命、イザナミの命に与えられたミッション

イザナキの命とイザナミの命、この妹背の神様(夫婦の神様)は、水、樹木、川、山や野、風など自然界の諸々をはじめ、私たちの身の回りにあるもののほとんどを神様としてつくり出しました。そもそも宇宙の神様は、イザナキの命とイザナミの命に、次のミッションを与えていました。

それは「この漂っているくにをしっかりしたものに修理(つくり)固めなさい」というものでした。この真訳は『今とても不安定な状態にある地上を、生命を健全に育み、しっかり養える場所にしなさい』です。

ところで、くに(州)には、天に対する地、生命を育むところ、の意味があります。つくり固め、は安定させるという意味です。このミッションを受けて、イザナキの命とイザナミの命は、まず人の生活の場としての島々をつくり、その島々に生れた生命を養うために、水や樹木、川などの神様、そして身の回りにあるものをつかさどる神様など、さまざまな役割を受け持つ神様をつくり出した、ということなのです。

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古事記の真説(4)日本列島は海底火山の噴火によってつくられた

さて次は、イザナキの命とイザナミの命の登場です。

古事記の解説書では「イザナキの命とイザナミの命は、天(あめ)の浮橋に立ち、天の沼矛(ヌホコ)を海に差し入れ、海水をかきまぜて引き上げたところ、その矛の先からしたたり落ちる潮が積もって島になった」としています。しかし、古事記で語られているやまと言葉を、古伝を参照して読み解くと、この真訳は次のようになります。

『イザナキの命とイザナミの命が天と地をつなぐ通路に立って、宇宙の神様からあずかった宇宙の霊力を海に差し入れると、海底火山の噴火が起こり、その噴火によって陸地(島)ができた」

天の浮橋は天の御柱の別称で、天と地をつなぐ円筒状の霊や魂が通る通路のことです。古伝では、この通路を雲梯(うなで)といっています。また、沼矛(ヌホコ)は、古伝によれば、大きな宇宙の霊力のことです。古事記を書くときに、ホコに矛の字を当てたため、ヌホコは大きな武具と解されたのです。その霊力が海底深くにあるマグマを励起して海底火山を噴火させ、その噴火によって海上にみるみる陸地ができた、としているのです。

ちなみに、ヌホコを海に差し入れるところは、原文では「潮こほろ(呂)こほろに画(か)き鳴(な)して」とあります。潮こほろこほろは、海底にヌホコを伝える様を表しているのです。ろ(呂)は連続して、の意味です。そして、画き鳴して、は海面上を、ここからここまで、と筆でなぞるようにヌホコを動かしたため、海面上に綿状に波が立ったさまを表しているのです。

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古事記の真説(3)身体の神様と心の神様

古事記では、続いて、人がこの世に誕生したとき生活に困らないよう、土地をつくる神様、木や作物を育てる神様、そして住まいの神様、計3組の妹背の神様が地上に派遣されたというお話があります。妹背の神様というのは夫婦の神様のことです。

そして、人の身体-姿形の神様(オモダルの神)と心-意識の神様(アヤカシコネの神様)が遣わされた、と書かれています。

オモダルは古伝によれば、面足る、で人の顔や姿形-身体の神様です。アヤカシコネのアヤは、とても大切な、を表す接頭語です。カシコネは心-意識のことです。宇宙の神様は、人に身体-姿形(目に見えるもの)と心-意識(目に見えないもの)の二つを合わせ持たせたのですね。オモダルの神様とアヤカシコネの神様は妹背の神様(夫婦の神様)です。

(このシリーズでは、ホツマツタエ(縄文時代からの真に秀でたものの伝承)やモトアケ図(宇宙における神々の配置図)などの古伝を参照しています)

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古事記の真説(2)宇宙の氣ー宇宙にはエネルギーのもとが満ちている

古事記の出だしのところでは、さらに宇宙のお話が続きます。

「世界がまだ固まっておらず、ふわふわの状態であったとき、葦が芽をふくように勢いがよい神様、ウマシアシカビヒコジの神が現れた」

この真意は『宇宙がまだ混沌としていたとき、まず、宇宙の氣の神様がそこにエネルギーを供給した』です。

ウマシアシカビヒコジの神って、長い名前ですね。実はこの神様はウマシアシカビの神とヒコジの神の二柱の神様が合わさって一柱の神様になっているのです。

さて先頭のウマシは、尊い、とても大切な、を表す接頭語です。アシカビは葦芽の当て字で、一般の植物より勢いよく成長する葦の若芽を指します。この神様は宇宙に充満する生命を養うエネルギー、すなわち宇宙の氣の神様です。古代の人は目には見えないが、身の回りに感じる氣(気配)は果てしなく広がる宇宙空間にもあると悟っていたのでしょう。そしてこの氣は私たちの活動のもとになるエネルギーと考えていたようです。

ヒコジは、古伝によれば、宇宙の氣を宇宙空間の隅々に拡げる力のことです。同時に宇宙の氣を引き寄せる力という意味もあります。

いかがですか? 古事記に書かれている、やまと言葉や古伝を解読すると、今日の宇宙物理学のもとを語っていることがわかるではありませんか!?

ちなみに、古い言い伝えや記録を古伝といいます。このシリーズでは、古神道のもとともされるホツマツタエ(縄文時代からの真に秀でたものの伝承)やモトアケ図(宇宙の最高神を中心に神々が配置されているもの)などを参照しています。

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古事記の真説(1)古代の人が語るビッグバン

古事記の神話は、そこで語られているやまと言葉の真意をもとに読み解くと、何と! 古代の人はすでに宇宙の仕組みや物理の法則をある程度解明していたことがわかります。

さっそく読み解いてみましょう。古事記の出だしは次のようです。

「天地が創られたとき、高天原(たかあめのはら)に、天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)がお出ましになった。次に、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と神御産巣日神(かむみむすひのかみ)がおみえになった」

この真訳は次のようです。

『宇宙は、宇宙の神様の命により、物質をつくる神様と想念の神様が協力し合って瞬時につくられた』

こんな訳になるなんて全然信じられない、と思われるかもしれません。実は古事記に登場する神様たちの名前には、それぞれに意味があるのです。最初に登場する天之御中主大神についてお話ししましょう。天(あめ)は宇宙全体を表します。御は尊重すべき、または平和に治めるという意味があります。中は中央、主はあるじです。つまりこの神様は宇宙の中心にいる宇宙のあるじで、もっとも偉大な大神様というわけです。古伝によれば、この大神様は天御祖神(あめみおやかみ)です。この神様はギリシャ神話のゼウスやローマ神話のジュピター、仏教の大日如来のように、すべてを創り出し、そのすべてを治める最高神を言うのです。

次に登場する高御産巣日神と神御産巣日神は、宇宙の大神様を補佐する二柱の神様です。古伝によれば、高御産巣日神は天並神(あなみかみ)です。並は、二つのものが合わさって目に見える物質をつくる、という意味です。高は敬意を表す言葉です。つまりこの神様は、尊敬すべき物質の神様という意味なのです。神御産巣日神は古伝によれば、天元神(あもとかみ)です。元は大きな力のもとという意味です。古代の人は大きな力のもとは想念である、としていました。つまりこの神様は目に見えない想念の神様という意味なのです。

今から数千年以上も前から、日本には、宇宙は物質と想念が掛け合わさって瞬時につくられた、という言い伝え(カタカムナ)がありました。古事記はこの言い伝えを参考にして語られたと思われます。

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古事記の真説ーこれから連載します。本居宣長も間違えた! 誤訳が生じる訳

このコラム欄では、「古事記」の神話が伝える本当の意味を、ご紹介させていただきます。神話の中から10のお話をピックアップしいたします。

あまり知られていませんが、「古事記」の神話は、古伝(ホツマツタエや天津古世見など、何千年も前からの真に秀でたものの伝承や記録)を参照し、また、そこで語られているやまと言葉を読み解くと、「古事記」は、実は宇宙物理学にもとづいた、世界最高の哲学であることがわかります。

ところで、「古事記」の筆記を担当した太安万侶自身が「自分は稗田阿礼が語るやまと言葉を記録する際、単にその発音に合う漢字を当てた(音写)箇所が多々ある。そうした箇所は、もとの(やまと言葉の)意味が伝わらないかもしれない」と述べています。

「古事記」は(平城京の完成祝いに献上するため)約四か月という短い期間でまとめられました。その頃、すでに日本古来のヲシテ文字ややまと言葉が使われなくなってから400年以上経っていました。音写の部分が多いのは、やむを得なかったのかもしれません。しかし、音写の部分は、ともすれば、当てられた漢字の意味が独り歩きします。例えば、天のヌホコには天沼矛という字が当てられています。そもそもヌホコは宇宙の霊力のことです。しかし、矛の字が当てられているので、もっぱらヌホコは武具の意味で解されているのです。このような誤訳は「古事記」のあちこちにみられます。

このコラム欄では、できるだけ古伝を参照し、また、やまと言葉を読み解いて、可能な限り「古事記」の真実に近づけるようにしたいと思います。

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大丈夫って、本当はどんな意味?

「大丈夫」は、広辞苑には「立派な男子、しっかり危なげがないこと」と出ています。「大丈夫」の所以は、孟子の「目指す地位が得られたら人民とともに正義を行う。目指す地位が得られなかったら、自分一人で正義を行う。それが大丈夫の男子」の言にあります。

邪な人でもお金や地位があると、人はもてはやします。正しくてもお金や地位が無い人は、たいてい見向きもされません。しかしお金や地位が無い人にもていねいに接する、つまり、正しい人には正しく接する、それが大丈夫の人なのです。

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大切なものを手放す 可能な限り身辺には何も置かず

亡父が旧制高校に入学した昭和12年、祖父は父のために豪壮で重厚な机と本箱を誂えました。

それらは私が幼少の頃から学生時代、そして社会人になってからもずっと傍にありました。その机と本箱を私は、転職にともなう引っ越しをきっかけに(財)家具の博物館に寄贈しました。ぜいたく品を好まない私は、豪壮な家具を身辺に置くことは筋が通らないとずっと思っていたこともあります。

その机と本箱は、まさに父の形見であり、何年も使っている間に私の分身になっていたのですね。寄贈して後、何年もの間、それらを手放したことを強く後悔することがしばしばでした。時々、夢にも見ました。

あるとき、私は家具の博物館に行きました。そして机が展示されているのを見て、思わず引き出しを開けました。芳香を出す木を使っているためでしょう、そこから、懐かしい香りがただよってきました。

老子(中国戦国時代の思想家)は「何もかも手放し、他人に与え、自分はさらに心豊かである」と言いました。大切なものを手放しても、ひたすら頑張って理想の境地について想いを巡らす、それが今の私の方針です。(樫野)

 

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君子と小人は紙一重。君子でいると楽しいことが多くなります

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君子は行い正しく人徳がある人、小人はこせこせして器量がない人、をそれぞれ指すことが多いです。実は、誰もが君子と小人の二面をもっています。

おだやかでさりげなく気をつかい周りの人が心地よくなるようふるまうと君子になります。一方、つい自慢したり自分勝手な行動をとると小人になってしまいます。上から目線の人、パワハラやアカハラをする人も小人です。

君子でいると人が寄ってきます。情報も集まります。そして楽しい時間を過ごすことが多くなります。君子でいることを志向する方が、気分がいいし、身体によいホルモンがたくさん出ます。人はそう創られています。(樫野)

自分のもち味が生かされないときや立ち位置がはっきりしないときは潜龍になりましょう

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器量の無い者が高い立場に立ち、理不尽なことがまかり通る世の中で、自分のもち味が生かされないときや立ち位置が定まらないときは、ひたすら勉強して力をたくわえることです。

能力があるのに下積みがつづき、表に出られないときは、とかく落ち込みがちです。でもそんなときは、実は力を蓄えるいい機会です。とかく思い通りにいかないときは、地下にもぐって力をつける、つまり「潜龍」になりましょう。

世のため人のために活動すると気分を爽快にするホルモンがたくさん分泌される

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世のため人のために活動すると、気分が爽快になるホルモン(セロトニンやβエンドルフィンなど)がたくさん分泌するそうです。

カトリックの修道女マザー・テレサさんは、インドのコルカタというところで、貧しい人や孤児、病に臥せっている人たちを救うために献身的に活動しました。それによって身体によいホルモンがたくさん分泌したのでしょう。マザー・テレサさんは健康で長生きし、人々からとても慕われました。

日光東照宮の三猿・本当の意味

日光東照宮の建物に三匹の猿の彫刻が掛けられています。それぞれの猿は目、耳、口を両手で隠しています。これは世の中の悪いものを見ざる、聞かざる、言わざる、という叡智を猿に掛けて表しているとされています。

しかしよく見ると、この三匹の猿は子どもの猿であることがわかります。この三猿は、親は子どもに悪いものを見せない、聞かせない、話さないを表しているのです。子どものうちから生きていく上で大事なことを身に付けるよう教えているのです。

大人は、悪いものがあったら、しっかり見て、聞いて、それを改めるよう声を出すのがいいのではないでしょうか。大人が見ざる、聞かざる、言わざるというのは、保身にはなるかもしれませんが、どこか、大事なことから逃げているようではありませんか。

「生きるってどういうこと?」

「生きるってどういうこと? 私たちは何のために生きるの?」

祖先が残したよいものを継承し、子どもたちによい日本を残すこと、そのために私たちそれぞれが進化向上を図ること(目標をもつこと)、そして何ごとによらず、純に筋を通してまっすぐに生きること、これが私たちに与えられた一つの大きな使命です。

私たちはその使命を果たすためにこの世にいるのです。

私たちには、その使命を果たすための心の働きと尽きないパワーが与えられています。そして、与えられ続けます。

それは、具体的にどのようなもの?

それらについては「紀元塾」でお話させていただいております。

このお話は、樫野著「生を尽くす」にも載っています。

(この本に関するお問い合わせ、048-733-0713 事務局)

社員の人間力を評価する尺度

社員の人間力を評価する尺度にはさまざまなものがありますが、とりあえず次の①~⑤は役に立つと思われます。

①人を侮ることなく丁寧で謙虚であるかどうか、②気持ちがゆったりして懐(ふところ)が深いかどうか、③誠実で約束をしっかり守るかどうか、④他に対してこまやかに気を配り、きびきび動くかどうか、そして何よりも、⑤他に対して思いやりがあるかどうか。(孔子の言を参考に作成)

これら①~⑤について、各項、・よく当てはまる、・まあ普通、・あまり当てはまらない、の三段階に分けて評価します。

社員を評価するとき、それぞれの分野での仕事の能力や成果をもとにすることが多いようですが、人間力を的確に評価することは意外に少ないようです。実際、上の①~⑤にそれなりに当てはまる人は、仕事に対する意欲も能力もあり、成果に期待できるのです。

例えば、①によく当てはまる人は侮られることがありません。②によく当てはまる人は頼もしい人と思われ、人がついてきます。③によく当てはまる人は役職に就けるに値します。④によく当てはまる人は仕事がよくできます。⑤によく当てはまる人には人がよく従ってくれます。

特に、昇任・昇格させるときなど、仕事に対する能力がほぼ同じなら、この①~③の評価がより高い、つまり人間力がより高い人を選ぶことが望まれます。

現実には、多くの会社で、上司の気に入りの部下やおもねたりおべっかをつかう部下を取り立てる例が多く見受けられます。こうした人事を重ねていると、いつしかその会社は衰退していきます。

客無視の販売主義が幅をきかせるという風潮は、長くは続きません。これまで、世の人たちが本当に求めているモノについてのしっかりした分析も無く、単に今は売れるという見込みでモノをつくって世に出している例は多いです。これからの多品種少量生産・消費の時代、世の人たちが本当に求めているよいモノを見極め、それをつくって提供し続ける限り、その会社は発展することはあっても、つぶれることはありません。

会社のミッションは、世の人たちが本当に求めているよいモノをつくって提供することです。

ここで評価される人間力が高い人は、そもそも能力があるだけではなく、人を観る目、世の状況を観る目をもっているものです。そして自分の持ち味やそれを生かす道も心得ているものです。

人間力が高い人が一人でも多くいる会社は、企業文化が洗練され、心地よい職場環境がもたらされます。企業文化が醸成され、洗練され、若手も働きやすい環境になります。社員は不安もなく、生き生きと活動できます。個々の社員の”お役たち力”も向上するのです。

                                                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間力を評価する尺度

孔子の言を参考にすると、人間力は、とりあえず、①丁寧で謙虚であるかどうか、②気持ちがゆったりしていて懐(ふところ)が深いかどうか、③誠実で約束をしっかり守るかどうか、④周りに気を配ってきびきび動くかどうか、そして⑤他に対する思いやりの心をもっているかどうか、について、それぞれ、よく当てはまる、まあ普通、あまり当てはまらない、の三段階で評価できます。

会社の人事考査では、それぞれの分野における仕事に対する能力評価を基本とし、人間力に関する評価はあまりなされていないようです。人間力は、この①~⑤の項目について、それぞれ三段階で評価するやり方が結構役に立つと思われます。

昇格させるときなど、仕事に対する能力が同じなら、この①~③について、よりよく当てはまる人を選ぶことが会社発展のもとになります。今日、上司の好き嫌いによる人事、おだてたり阿る部下を取り立てる、などの人事が多く見受けられます。こうした感情中心やエコひいきによる人事を重ねて会社が衰退していった例はたくさんあります。

 

一般論ですが、会社のミッションは、本当によいものをつくって世の中に提供することです。世の中の需要に的確に応えるモノを提供し続けるかぎり、その会社はつぶれることはありません。いや、発展し続けます。

今、世の中では、”客無視の販売主義”が幅をきかせているように思われます。これから多品種少量生産・消費の時代になっていくことは明らかですが、世の中の人が本当は何を望んでいるか、しかるべき分析がなく、その時点でとりあえず売れそうなモノをつくって買ってもらえればよい、という企業文化があることは否めないでしょう。

 

端的に言いますと、ここに示す①~③でよい評価を得る人は人間力が高い、と言えます。人間力が高い人は、概して人を観る目、社会の情勢を見極める目をもっているものです。また、自分の持ち味と役割が何であるか、そしてそれをどう生かすかを明確に知っているものです。さらに、志を高くもっているものです。

人間力が高い人が一人でも多くいる会社は企業文化が洗練され、伸びしろがより大きくなるのです。      

 

 

 

 

「生きるってどういうこと」(「論語」教室のご案内)

私たちは、何らかの役割をもって、この世に出されています。
論語によれば、「自分が進む道をみつけ、技芸がみについたら、それを世のために発揮する。それが、生きること」なのです。
人それぞれに、与えられた持ち味と能力は異なります。まずは、自分がやりたいこと、やらなければならないこと、を見つけることですね。
それが、当面、自分が進む道なのです。
 

 

 

会社経営者、社員研修のすすめ

「5対95則」をベースにした

「こんな会社っていいね」研修のお知らせ

詳しくは活動案内をご覧ください。

第2回「ビジネス人間学」講座のご案内

樫野紀元による「ビジネス人間学講座」

ningengaku2.JPG 第2回ビジネス人間学講座のご案内です。

人によって違いますが、心の癖とでも言うものを持っています。私達は意識無意識の中で様々な判断と選択を繰り返しながら、日々生活を送っています。

 特にビジネスシーンにおいては、この判断と選択が成果、評価、報酬など様々な有形無形に反映され来ます。原因があり結果があります。

 また、原因と結果だけではなく原因+縁=結果

的に言われる事があります。性はこの縁をトリガーとして様々な結果となって現れるのではないでしょうか。

 ビジネス人間学講座を是非、「縁」として頂いて、ビジネスにも実生活にも最良の「果」を得て頂ければ幸いです。

予約なしで、ご参加頂けます!

活動案内をご覧下さい!

 

塾頭代行 徳地良行

「政治のリーダーを選ぶ目をもとう」

「政治のリーダーを選ぶ目をもとう」

「そのなすところを視(み)、その由(よ)るところを観(み)、その安んずるところを察すれば、人いずくんぞかくさんや」(「論語」為政編)

 (その人がやっていることに注意し、その言動がどんな価値観や知識にもとづいているかを確かめ、その人がどんなことで心が安らかになるかがわかれば、その人がどのような人であるか、が明らかにわかります。到底、かくせるものではありません)

 特に、政治のリーダーがどのような人であるか、よく見極める必要があります。

 具体の例はあえてお話しいたしませんが、政治のリーダーが君子であれば、市民は安心して仕事に励み、豊かな生活を送る希望を持てるようになります。一方、リーダーが小人であれば、世に悪がはびこり、市民はすっきりしない不幸な日々を送るようになります。

 (君子は、人格が立派で尊敬される人。小人は、徳や器量が無い人)  リーダーが、正しい心をもって筋を通し、理想をもって市民を導けば、必ず賛同者が増え、よりよい社会をつくることができるのです。

 私たちは、国や自治体のリーダーには、必ず君子を選ぶ要があります。

 そのために、一般市民である私たちは、いつも、今ご紹介した「論語」のこの言葉を参照する要があります。

 一つの例ですが、先日報道された、某自治体のリーダーであった人(元知事)の記者会見での話と地方議会での証言は、自分にとって都合が悪いと自らが感じたであろうところについては、それは役人や専門家、議会が決めたこと、記憶がないなど、責任のがれや自己弁護が多いという印象でした。おまけに、時々声を荒げ、傲慢ともとれる言もありました。

 「小人は諸(これ)を人に求む」(小人は自分の失敗などを人のせいにする)、「小人は驕(おご)りて泰(やす)らかならず」(小人は傲慢で思い上っていて、ゆったりしていない)、「小人は文(かざ)る」(小人は言い訳する)(以上「論語」より)

 なすところをみれば(記者会見での話と議会での証言に限り)、その元リーダーは、まさに「論語」で示される小人、と思われてもしかたがありません。

(「論語」に興味をお持ちの方は、樫野紀元著「心を元気にする論語」青春新書をご参照いただけましたら幸いです)

「階層や序列をつくるのは人間の性(さが)」

「階層や序列をつくるのは人間の性(さが)」

樫野紀元

 私たちは、家族、会社や学校、地域社会、国という階層に属しています。また、会社を例にすると、社長、役員、部・課長、係長、一般の社員というような階層があります。

 階層が上位であるほど、力があります。序列は力の大きさによって決まります。序列が上であるほど、概して収入が多いです。また、何らかの会合の際、席順は、参加者の地位や職責をもとに決められます。

 そして人は、自分が属する会社組織などで、より上の地位を求める傾向があります。

 宇宙には何億もある銀河団、個々の銀河、その銀河の中にあるいくつもの恒星、その恒星が引き連れている惑星、惑星が引き連れている衛星、という階層があります。恒星は惑星より力があり、惑星は衛星より力があります。

 会社組織をはじめ、社会のいろいろなところで階層がつくられているのは、私たちがいる社会が宇宙の縮小版(相似象)であるからです。

 自分が属する会社組織などで、より上の地位に就きたいと思うのは、ごく自然のことかもしれません。

 ところで、「論語」には次の言葉があります。

 「富と貴(たっと)きは是(これ)人の欲するところ也。その道をもってしからずんばこれを得ても処(お)らざる也」

 (たいてい、人は、財をため高い地位に就きたいと思うものです。しかし、人の道を踏み外すようなやり方で富を得、高い地位に就いたのであれば、その富や地位は自分のものにはなりません。いつか失うことになります)

 いつも、誠実に真摯に、他人の怨みをかうことなく、正々と仕事に取組むことです。思いやりをもって他の人と接することです。より上の地位は、そのうち、向こうからやってきます。

 堂々と仕事をした結果それなりの地位に就いた人を、その地位から外そうと邪に考える人がいるとします。その邪な考えをもった人が会合を仕切って、意図的に席順を下げるなどの手段をとって、その地位にいる人を貶めることがあります。

 そんなとき、貶められて嫌な思いをしても、しずかにその場をやり過ごすのが君子です。

 いたずらに上位の席順を求める人、人を貶めるために席順を下げる人、などは二流の人です。こんなとき地位や席順などにこだわらないのが君子なのです。

音楽も「5対95則」-歌は心で歌う-

樫野紀元

イラスト 加藤深雪


○カラオケでいい点を取る人は歌がうまい?

 カラオケの点数は、音程やリズム、声の大きさ、こぶしの有無などによって良くも悪くもなります。これらをきちんと歌って点数が良いと、うまいね、と歓声をあげたりします。

 でも、カラオケの点数は必ずしも歌唱力を評価するものではありません。そこには、歌う心を評価する仕組みが入っていないからです。いくら音程などを正しく歌っても、心がこもっていないと、聴く人に感銘を与えることはできません。その人は歌がうまい、とは言えないのです。

 実は、音楽も「5対95則」です。音程やリズムなど音楽の技術は5,演じる心が95なのです。歌の場合、気分がいいとき、鼻歌が出ますね。たとえ音楽の技術に沿っていなくても、そばで聴いていて心地よいものです。森繁久弥さんが歌う船頭小唄など、聴いてしみじみしますね。それは、そこに歌の心があるからです。

 もちろん、ある程度、音程やリズムなど音楽の基礎技術がないと聴くに堪えないでしょう。でも音楽はあくまでも心なのです。

 さらに言えば、心が清らかな人の歌は、耳にとても心地よく、感銘を与えます。よこしまな人の声はどこかいやらしく、聴いていて不快になります。

 指揮、歌、楽器の演奏も同様です。品格がある人の音楽は格調が高いです。がさつな人や自己中心的な人の音楽は心が落ち着きません。

○心を込めて歌うには、まず曲想をつかむ

 歌には歌詞があります。歌を作るときは、まず歌詞があり、その歌詞に合う曲を作る、というのが一般です。

 心を込めて歌うには、何よりも、その歌の曲想をつかむことが必要です。歌詞にどのようなメッセージが込められているか、そのメッセージがどのようなメロディラインに載っているか、そして、その歌のどの部分でそれを強調しているか、をつかむことが必要なのです。これが、曲想をつかむ、ということです。

○音楽に親しむ

 学生時代、東大の音楽仲間とよくつき合っていました(今でもつき合っています)。東大には、東京芸大の指揮科を出た若い人が来て、助言してくれていました。

 学生の頃、N響のコンサートマスターであった海野義雄さんのソロリサイタルによく行ったものです。熟達した技術と彼の人間力が奏でる音に、私は完全に魅せられていたのです。

 また、母の幼な友だちの、当時日本を代表するソプラノ歌手中澤桂さんのオペラやソロリサイタルに、頻繁に行っておりました。当時私は中目黒に住んでいましたが、家が近かったこともあって、中澤さんはよくたずねて来られました。そんな折り、歌のお話をよくうかがっておりました。中澤さんの練習場にも出入りさせていただきましたが、その厳しさを目の当たりにして、私は脂汗を流したことを覚えています。

 その後、縁あって、日本フィルハーモニー協会合唱団に入り、合唱指揮の灰谷先生から歌の指導を受けることになりました。おかげをもって、私は日フィル協会合唱団の団員として、日比谷公会堂、東京文化会館、新宿厚生年金会館、渋谷公会堂などに、幾度も出演させていただきました。

 オケや合唱をまとめ、音を紡ぎ出すのは指揮者です。日フィル育ての親である渡邊暁雄先生は、悠揚せまらざる雰囲気の、人を温かく包み込む大きなお人柄で、先生のオケや合唱の指揮とご指導に私は深く感銘を受けました。日フィルが当代一流のオーケストラであるのは、渡邊先生のご指導による、とつくづく思ったものです。

 渡邊先生が二千人を超える客席を背景に指揮をされる姿は、今でも、はっきり覚えています。その姿は、東大の工学部一号館の教室で、窓外の木々や緑色の板(黒板)を背景に講義をされる色白の優しい松下清夫先生の姿と、よく重なりました。

○ドリーム合唱団

 紀元塾で「人間学」の講座が始まった翌年、私は事務局の吉田さんと、ドリームという合唱団を結成しました。そこで私は、渡邊先生や灰谷先生から習ったことを活かすつもりでした。

 ドリームの皆さん、おしなべて、お孫さんがいる方々です。それに、練習の場(檸檬)は、ドリームの皆さんにとって、心楽しく談笑するサロンでもあるのです。ドリームの皆さん全員が心から楽しんで練習できることが一番です。皆さんが楽しいと、私も癒されます。

 初代の伴奏を務めていただいた国立音大のピアノ科出身の渡邊先生と相談して、音楽の基礎技術の練習はほどほどにし、心を込めて、を中心にしました。これなら全員が楽しく練習に臨めます。

 このことは、さきほどのカラオケの点数を上げる話と似ています。カラオケの点数をことさら上げようとすると(音楽の技術を高めようとすると)、一般には、ついそちらに気が向いてしまって、歌に心を込めることが希薄になるのです。

 歌に限らず、音楽の本質は心から楽しく演じ、心から楽しく聴くところにあります。音楽の技術を高めると、表面的には、うまい、という印象を聴く人に与えるかもしれません。しかし、実際には、心を込めて楽しく歌う方が、よほど聴く人に感銘を与えるのです。

 それに、ドリームの皆さんは人柄がよいからでしょう。聴いていて心地よいのです。これは必ず生かさなければなりません。

○合唱の練習

 練習は次の手順によることにしました。これは、どの合唱団でも、どの曲にも適用できる普遍性ある練習法です。

 (1)まず、曲想を理解してもらう。歌の流れを知ってもらう。さびの部分を知ってもらう。

 (2)次に、呼吸で歌のエキスをつかんでもらう。(このことは、コールユーブンゲンに載っています)極端にいうと、宇宙との相互息づかいを意識し、宇宙の波動との共振を試みるのです。ドリームの場合、私が「人間学」を標榜する以上、こうしたことを取り入れないと特徴が出てきません。

 (3)そして、ある程度歌になじんだら、幾度もフレーズの練習を繰り返し、フレーズごとにインバイト(フレーズ内での演出)を試みる。

 (4)最後に、聴く人の呼吸に合わせるように間(音符と音符との間)をとる練習をする。これも「人間学」の一環です。

 呼吸のあり方は、とても重要です。このことは歌だけではありません。オーケストラの指揮でもこれが一つの基本になるようです。ヘルヴェルト・フォン・カラヤンや小澤征爾といった一流の指揮者は、呼吸のあり方をとても大切にしているといいます。これによって、音楽の神髄、そして(宇宙ともかかわる)潤いと深みを感じ取れるよう、演奏する者の心と聴く人の心を整えて繋いでいるのです。

○ドリームの場合は、より自由に

 もちろん、音楽の基礎技術を身につけることは、歌の練習の基本ではあります。ドリームでは、より高齢(失礼!)の方、初心の方も含めて全員が、楽しんで参加できるよう、音の高低や強弱、リズムなどは、可能な限り自由なテンポやリズムで対応(ルバート)することにしました。

 これは、歌に心を込める上でも、とても効果的なやり方です。

 ちなみに、世界的に有名なイヴリー・ギトリスというヴァイオリニストは、そんな弾き方は音楽の基本にないなどと指摘されるくらい、リズムを自由に(ルバート)演奏しています。高齢になってなお、彼の演奏は聴く人に大きな感銘を与えています。

 世界的に活躍している多くの指揮者をはじめ、今人気の若い指揮者トゥガン・ソヒエフも、同様に、自由なスタイルで指揮をしています。

 実際、指揮者によっては、このやり方によって格調の高さを醸し出すこともできるのです。

 さて一般に、合唱団の人たちは、一人ひとり声の質が違います。発声にも個人差があります。しかし団員の心が一つになったとき、その歌はすごいパワーを発します。

 ドリームでも、そのパワーを少しでも出せるようにするのが私の役割でした。練習のときは、幾度もフレーズを繰り返す緊張もあれば、冗談を言い合って笑うことも多く(緊張と緩和を交互に)、楽しくやらせていただきました。

 そして練習では、「夢路より」の他、斉唱の歌何曲にも、下の音をつけました。

 二代目の伴奏者栗岡先生は、私のこのやり方をとてもよく理解してくださいました。栗岡先生は、単に私のやり方をそのまま肯定するというのではなく、練習の開始時も練習中も、適宜、意見交換し、またいろいろ助言をくださいました(楽譜にはメモがたくさん書き込まれました)。

○ドリームのステージ

 ステージに立つのも練習の一環です。吉田さんや栗岡先生と相談して、ドリームは幾度か演奏会に臨みました。

 庄和町でのライブや学士会館での会が思い出されます。いずれも好評でした。昨年七月の学士会館での会では、ドリームの歌が終わったとき、聴いていた大勢の人たちが、もう終わり? と名残惜しそうにしていました。

  昨年末は、春日部のふれあいキューブでクリスマス曲と日本の名曲を歌いました。上階にいる人たちが身を乗り出すように聴いてくれていましたし、涙して聴いていた人がいたくらいでした。

 本年四月から、また渡邊先生にご指導をいただくことになりました。私は仕事の関係で、しばらくの間、合唱の練習にうかがえませんでしたが、またドリームの皆さんとお会いする日を楽しみにしております。                      (おわり)

東京講座「生きることの意味」を聴いた人たちの感想

                                         事務局より

  2月に開講した東京講座、「生きることの意味」を聴いた皆様からの感想文をいくつか

 ご紹介させていただきます。

○とても興味深い話を聴かせていただきました。深い話なので、もっと長い時間、

 お話を聴けるとうれしいです。子どもたちにも教えられるような形を知りたい。

 学校の教職員にも。

○「5対95則」とても興味深く、納得しました。ありがとうございました。

○「5対95則」、うなずけることがあります。5が輝くように、95を大切にしたいと思

 います。

○子孫に禍根を残さぬよう、最期まで、運命を切りひらく力をもたねば、と思い

 ました。

○本日は、ありがとうございました。興味深く拝聴させていただきました。うなずく

 とばかりでした。生活の中に生かすことが大切だと再確認させていただきました。

○今回で二回目ですが、お話を聴くと、その都度「あっそうか?!」と思うところがあ

 り、とても勉強になります。自身、「人間学」の見える化をはかって行きたいと思い

 ます。ありがとうございました。

○「5対95則」勉強になりました。

○普段はまったく考えることのないテーマでしたので、非情に楽しく聴かせていただ

 きました。

○一時間だと、聴き足りないような気がします。

○お忙しい中、講話をありがとうございます。また参加させていただきます。素晴ら

 しい内容ですね。今後とも宜しくお願いします。

○カルマを刈り取ることの困難さを感じて、日々過ごしています。何をどこまで行え

 ばよいのか、の物差しがありませんので悩むこともあります。今回のお話のよう

 に、それは「積極的に耐える」ことなのですね。

       NPO主催の平成29年1月からの「人間学講座」ご紹介

「アンガーマネジメント(怒りの制御)」

 先日、埼京線で高齢の男性が乗ってくるなり、優先席に座っていた若い男性に向かって「ここはジジイ、ババアの座る席だ!お前は席を譲らないとダメなんだ!どけ!かわれ!何やってんだ!早くどけ!どけって言ってんだろ!」と大声で怒鳴ってキレまくっていました。最近「キレル老人」などの文字が見受けられますが、この事だなぁと思いました。そこで「怒り」に関する話題をお届けしたいと思います。 平成25(2013)年9月に発表された『平成24年 労働者健康状況調査(厚生労働省)』において、「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレス」の第1位は「職場の人間関係の問題」です。この統計から、多くの人は職場でイライラを抱えている状態だと言う事が分かりました。  皆さんは「アンガーマネジメント」とか「アンガーコントロール」と言う言葉をお聞きになった事はおありでしょうか? アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで始まったアンガー(イライラ、怒りの感情)をマネジメント(上手に付き合う)するための心理教育です。 怒りの根本には、実は様々な感情が隠されています。その感情が何か? 怒りが起こる原因は一体どこからなのか? アンガーマネジメントとは、怒りのプロセスなどを学ぶ事によって、自分自身の怒りを理解し、コントロールしたり、癒したり、ポジティブなものへ変換させたり、自分の中でたくさんの変化が生まれ、感情がさらに豊かになり、職場での問題解決や、夫婦や友人、人間関係全般、自分の周りに関係するあらゆる物事に良い循環にしていく手法です。 「怒りの6秒ルール」と言うものがあります。諸説あるのですが、怒りの感情のピークは最大でも6秒程度と言われ、怒りを感じてから「6秒間」ただ待ち続けるだけで和らげることができると言われています。「カチン」と来てから6秒以内で発する言動は感情的になってしまう事が多く、アンガーマネジメントでは、「反射的に怒らない」ということを強調しています。 「反射的に怒らない」、「売り言葉に買い言葉を言わない」ことは、「あんなことを言わなければよかった」という自己嫌悪防止につながり、そのためには「最悪の6秒間」を耐える(やり過ごす)習慣付けをしておく必要があります。 このトレーニング方法として「呼吸リラクセーション」、「ポジティブ・セルフトーク」などがあります。最近特に注目を集めているとのが「マインドフルネス」でしょう。瞑想を基本に自分自身の内面を観察し、「反射的」反応をコントロールすることが出来るようになるトレーニングです。正しい判断基準を持つ事と、自分自身の感情をコントロールすることが、これからの社会、家庭の両面において不可欠なスキルとなるでしょう。  心理学博士でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマン博士のプロスペクト理論などについて、今後ご紹介させて頂きたいと思います。

(徳地)

NPO主催の平成29年1月からの「人間学講座」ご紹介

-1月のテーマ「生きるってどういうこと?」- 塾頭代行 徳地良行

 

私たちが「生きる意味」について樫野紀元塾長は、次のように言っています。抜粋してご紹介させていただきます。

(以下、樫野塾長の言より)

・人としての意識や心の働き、五感、周りにあるもの、そして“5対95則”を与えられてこの世にいる以上、これらを受け入れ、生を全うする。 その目的は、不安定な社会や個々の家庭をしっかりしたものにすること。

・「与えられた天命は人である」

・どのような立場も仕事も、その時点で与えられたもの。人それぞれに、その与えられた役割を“進化向上を図りながら”果たしていくとき、私たちの魂はとても喜ぶ。魂が喜ぶと、人は自ずと輝く。だから、この世で自分が輝くことができるものを見つけよ。

・宇宙は慈しみ(思いやり)の波動で満たされている。地球の周りはα波で覆われている。人は宇宙の一部だから、宇宙にある慈しみの波動と共振するとき、人は最高の至福感を得られる。 つまり、心から人を思いやるとき、最高の幸せを得ることができる。それを言動で現わせないときは、心から想うだけでよい。例えば、あの困っている人、救われるといいな、と心から想うだけでよい。“進化向上”を望んでいる人に対しては、その背中を押してあげるだけでよい。

・こうしたことを実践する姿を他に示すことが生きることの意味。

・そして、子孫に禍根を残さないことも使命。自分がつくってしまったカルマは自分で刈り取る。親や祖先がつくったカルマを自分が刈り取る。それによって、子孫に禍根が残らない。これが、この世で生きる意味。

○これらの詳細をお知りになりたい方は、樫野紀元著「生を尽くす」をお読みください。 Amazonでも高い評価を頂いております。

また、講座は、毎月第二日曜日、午後1時30分から約1時間、春日部ふれあいキューブ(県の施設)会議室で開講しております。

(参加費‐一般の方は1000円。当NPOの会員の方は800円)

(講座のお問い合わせ、ならびに「生を尽くす」のご注文は、檸檬・吉田美代子 048-733-0713まで)

 

「ビジネス人間学」講座のご案内

平成29年2月5日(日)学士会館にて開催

テーマ:生きるってどういうこと?

全4回シリーズで開催されるビジネスに役立つ考え方満載です!

各回のテーマなど詳しくは活動案内でご確認下さい。

平成29年講座案内

平成29年の講座案内を更新いたしました!

詳しくは活動案内をご覧下さい!

「5対95則」にもとづく「人間学講座」としてスタート致します。

多くの方の参加をお待ちしております。

新年のご挨拶

2017.1.1 新年明けましておめでとう御座います。本年も宜しくお願い申しあげます。

ぽぽら会館4周年記念イベント-「論語ライブ」公演

 ふれあいキューブ-ぽぽらの会館4周年記念イベントで、先の庄和町での公演に続き、再び「論語ライブ」を公演しました。併せて、ぽぽらカフェも開店しました。

 樫野先生から「『論語』は誰もが本当は当たり前と心の中で思っていることを、わかりやすい言葉で表したものです。『論語』を聞くことによって、自分が思っていることは間違っていないことがわかって安心するのです」というお話がありました。

 ライブでは、わんわん村の小学生ピーワンちゃんが、日々の冒険の中で生きていく上で大切なことを学ぶ、樫野先生の作「ピーワンちゃんの寺子屋」から5話をピックアップして朗読し、それぞれの話に関連する「論語」の解説と合唱がありました。ほのぼのとしたお話と歌で、参加の皆様は、とても癒されたようでした。(事務局)

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平成27年の「人間学」講座-修了証

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これまで、紀元塾が主宰する「人間学」の講座は、

・「新論語」

・「ラーニング&リバース」

・「古事記に学ぶ人間学」

・「人生相談&今日の日本が抱える問題」

・「論語教室」

などが開講されました。参加者は延べ1200を超えます。

 平成27年は「古今東西の偉人の言葉に学ぶ人間学」でした。この講座(全12回)に休むことなく出席された方、お二人が、平成27年12月6日に修了証を受けられました。    

樫野先生の新刊案内

「生を尽くす」 ―古事記に学ぶ神秘の法則―   [悠雲舎]

 

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〇 古代の人は、宇宙の仕組みや法則を、既に知っていました。このことは「古事記」に示されています。 えっ、「古事記」? 天照大神や大国主命が活躍する「古事記」に、そんなことが?

実は、「古事記」で語られている、やまと言葉の真意を探ると、このことがよくわかります。さらに、そこに示されている宇宙の法則をもとに「人間学」の基本が導かれるのです。本書によって、この世はこうつくられている、人はこうつくられている、私たちにどのような力が与えられているか、そして「生を尽くす」とはどのようなことか、をしっかりつかむことができます。何よりも、「古事記」の真意がわかり、新たな発見も生まれる書。

         【目次】

Ⅰ これが本当の「古事記」の世界だ!

―1300年を経て、ようやく明らかになった「古事記」の真実

「古代の人が語るビックバン」「日本は海底火山の噴火によってつくられた」「宇宙の気」他

Ⅱ そもそも「古事記」は、こうして作られた        

Ⅲ 「古事記」でわかる、こんなこと

Ⅳ 人生に活かす「古事記」 -「生を尽くす」7つの知恵―        

四六判 並製  164ページ  定価:(1,250円+税)

【著者紹介】 樫野 紀元(かしの のりもと)  『「人間学」研究家 建築社会学者 工学博士 1級建築士 』 1974年、東京大学大学院卒。建設省入省(上級職・研究職)建設経済研究室長、研究部長 を経て、公立前橋工科大学大学院教授(2001~20011年)。現在、NPO法人「ミレニアム教育・環境研究普及協会(MEE・紀元塾)」代表。

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春日部市、新市政10周年記念イベントで、「論語」ライブを公演しました

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 庄和町が春日部市に合併して10年経ちました。これを記念するイベントが南桜井の正風館で開催され、NPO法人「MEE・紀元塾」は、「論語」ライブを公演しました。

 

 

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「論語」ライブは、樫野先生の著作「ピーワンちゃんの寺子屋」をもとに構成されてい ます。この本は、きれいな日本語の響きによって心地よく読め、読んだ後で、“よし、自分も頑張ろう”という気分にさせる「魔法の本」と言われています。以 前、朝日新聞の全国版でも取り上げられました。こども向けの本ですが、大人が読んでもとても面白いお話が14話、入っています。

 

 

 今回のライブでは、その14話の中から5話を取り上げて朗読し、関連する「論語」を紹介し、皆で素読しました。また、それぞれのお話に関連する歌を、春日部の女性コーラス「ドリーム」が唱いました。参加した小学生と保護者の皆様も一緒に歌いました。

朗読にはピアノのバックグラウンドがつき、歌のときは、ピアノの伴奏にヴァイオリンの演奏も加わりました。

 午後のひとときを、とても心豊かに過ごすことができたライブでした。

 

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(事務局)

 

 

松尾芭蕉の話

「樫野先生、松尾芭蕉を語る」

 

 春日部の400年の歴史ある小淵観音院で、円空仏7体が御開帳され、ゴールデンウイークの期間中、お天気にも恵まれて、多くの人が参詣されました。

荒削りですが、円空の「気」が籠っているためでしょう、高さ2メートル近い「観音立像」からは、大きなエネルギーが迸っているように感じられました。(次回の御開帳は11年後です) 

 さて、5月4日、その観音院境内で、この「円空祭」イベントの一環として、「樫野紀元の人間学講座」がありました。今回は松尾芭蕉でした。

いつもながらの先生独特の語り口で、松尾芭蕉の人となりや、俳人として世に残したもの、などについて、お話がありました。

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       [人間学の青空講座のもよう]    [観音院の山門(仁王門)]

 

 

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[観音院にある芭蕉の句碑(「もの言えば唇寒し秋の風」]

1.芭蕉って、どこの人? いつ頃の人?

 芭蕉は、1644年(寛永21年)、今の三重県、伊賀上野で生まれました。伊賀上野は、芭蕉が生まれる10年前、荒木又右エ門による「伊賀越えの仇討」があったところです。同じ年、曲垣平九郎が江戸愛宕山の石段を馬で駆け上がっています。伊賀上野は、築城術日本一と称された藤堂高虎が藩主でした。

 

2.どうして俳人になったの?

芭蕉を俳句の世界に導いたのは、芭蕉が18歳のときから料理番として仕えた藤堂良忠でした。藤堂良忠は京都の俳諧師北村季吟に師事していました。北村季吟は、俳諧の方式のもとをつくった松永貞徳に学んだ人です。

藤堂家は代々、才がある人を登用し、好きなことをやれ、が家風でした。その伝統を継いだ良忠が、一介の料理人である芭蕉の才能を見出し、北村季吟のもとに連れていったのです。季吟の指導のもと、芭蕉はめきめき腕を上げました。

 

3.いつ江戸に出てきた?

芭蕉が30歳のとき、師匠の北村季吟から俳諧作法書(「俳諧埋木」)を伝授されました。いうならば免許皆伝です。江戸は情報発信の中心地でした。ならば、一つ中央でやってみよう、思い立ったら即実行です。上昇志向を持って、芭蕉は江戸にやってきました。

芭蕉の江戸での生活は日本橋で始まりました。とはいえ、最初から俳諧で身を立てることはできません。水道工事(神田川の分水工事)に携わって生計を立てながら、胸の中では、俳諧で世に出ることを想っていたようです。

 何しろ、ときの宗匠、北川季吟から卒業証書をもらっています。江戸の俳人たちとの交流が始まりました。江戸俳壇の後見人である磐城平藩主が主宰する会にも顔を出すようになりました。

 そして、34歳のとき、桃青と名乗って念願の俳諧師、宗匠になりました。桃は邪気を排するとされる果実であり、青は純粋を表す字です。芭蕉は桃青という俳号で、自分は純粋に素直に行きますよ、という姿勢を示したのです。そして、36歳のとき日本橋から深川に移りました。深川の住居は、後に芭蕉庵と言われました。

 

4.どんな生き方を望んだ?

芭蕉は3代将軍家光の御世に生まれ、6歳のとき4代将軍家綱、36歳のとき5代将軍綱吉という、儒教を国の津々浦々まで広めつつある時代に生きた人でした。

芭蕉が13歳のとき、朱子学が、国の教育の中心に置かれました。秩序、調和、進化、礼、信をいつも考え、仁を大切に生きる。それが朱子学の基本的な教えでした。

また、朱子学では「人は天地と併存する」としていました。天にならって生きることこそ、人は本然を発揮でき、安らぎが得られる。自然の中で生きることこそが第一。芭蕉は、わび住まいの芭蕉庵も旅の笠も同じ、笠は最小の庵である、と考えたといいます。そして旅の中に身を置きたい、と想っていたようです。

この生き方が純粋な詩としての「蕉風」をもたらしたのです。

 

5.どんな俳句を作った?

 その頃江戸では、軽い口調で滑稽味を出す談林風といわれる句が流行していました。しかし芭蕉は、そんな流行にとらわれることなく、北村季吟やその師匠貞徳が大切にした伝統的な漢詩調、そしてそれを発展させた破調を活かした独自の吟調をつくっていきました。

そして、ごく身近な日常の題材を、趣向、作意を加えず、素直に表す詩句をつくるようになりました。伝統的なものを平易な言葉で伝えながら日常の情景をたんたんと詠むという句風をつくっていったのです。これは「蕉風」と言われました。

「行く春や鳥なき魚の目はなみだ」「春なれや名もなき山の薄霞」

「枯れ枝に烏のとまりけり秋の暮れ」「秋深き隣は何をする人ぞ」

「名月や池をめぐりて夜もすがら」

 芭蕉は、門人が談林風など「蕉風」とは異なる俳句を作っても、特に意見を言わず、容認した、といいます。藤堂家の環境にいたことが影響しているのかもしれませんね。

 

6.どこへ旅した?

 芭蕉は生涯で四回、旅に出ています。四回とも、故郷の伊賀に帰っています。

40歳のとき「野ざらし紀行」と言われる旅に出ました。江戸、伊賀、大和、吉野、また伊賀、そして木曽、江戸という旅程でした。旅で見聞きしたものを素直に詠んでいます。「野ざらしを心に風のしむ身かな」 有名な、「古池や蛙とびこむ水の音」は、実は旅から戻って、江戸で詠んだ句です。静寂を際立たせる手法を考えていたようです。

 43歳のとき「笈(おい)の小文」の旅に出ました。笈は仏具や衣類、食器などを入れた、修験者たちが旅のとき、背負った箱です。このときは、お伊勢参りが主でした。故郷の伊賀にも寄っています。

 45歳のとき、「奥の細道」の旅に出ました。約2400キロの旅でした。    江戸、下野、陸奥、出羽、越後、加賀、越前、伊勢、伊賀、京都、江戸という旅程で、45歳ででかけ46歳で戻っています。多くの門人ができた旅でもありました。

「夏草やつわものどもが夢のあと」「しずかさや岩にしみいる蝉の声」

「五月雨を集めて早し最上川」「荒海や佐渡によこたう天の川」

 そして50歳のとき、伊賀、奈良、大坂への旅に出ました。芭蕉は大坂で体調をくずし、死去しました。「旅に病んで夢は枯野をかけまわる」

 

7.俳句を通して、何を残した?

芭蕉が俳句を通して残したものは、「純粋な詩の精神」でした。

いつも自然体で、難しいものをわかりやすく説く、「松のことは松に習え!」それが芭蕉の基本的なスタンスであったと思います。

(事務局)

 

○なお、当日ご参加をいただいた、俳人、嶋青桜さんによる、観音院に関する俳句をご紹介いたします。

「青葉風眼も掌も落としなほ仁王」(嶋青桜)

「円空の七仏たてる若葉かな」(嶋青桜)

 

樫野紀元の「人間学講座」の感想

樫野紀元の「人間学講座」第3回のソクラテス、第4回のゲーテ、それぞれの講義の感想の一部をご紹介します。

 

「ソクラテス」

○話がまとまっていて、とてもおもしろかった。

○ 話が、とても深くて、よかった。

○ 「偉人、聖人の言葉の根っこは同じ」に感銘をうけました。

○ ソクラテスについて、勉強しようと思った。

 

「ゲーテ」

○LOVEの語源が、わかりました。どんなものにも存在する意義がある、と言う言葉が印象にのこりました。

○万宗同根、オキシトシン、人の目的は生きること、を解説してもらい、前を向いて生きて行こうと思えた。背中を押してもらいました。

○自然の偉大さに心を打たれることが多くあります。その時は、純粋に感じているからだと言うことを知りました。

○ゲーテの活力の源について知り、その人柄がわかったような気がする。

○ゲーテという名前だけは勿論しっていたが、人生を通して、一生恋愛をしてきたことが面白く、自然の摂理を学んだ。

樫野紀元の「人間学講座」の感想

樫野紀元の「人間学講座」全12回がスタートしました。第1回は一休さん、第2回は、吉田松陰でした。それぞれの講義の感想の一部をご紹介します。

 

「一休さん」

先生の講義で一休さんの本当の姿がわかりました。

一休さんの名前のいわれは、ウロ路(煩悩がある心)からムロ路(煩悩が無い心)への一休みからきている、という話を聞いておもしろかったです。

哲学というのは、むずかしいというのが通り相場だと思っていましたが、今日の講義で「人間学」にとても興味をもちました。

 

「吉田松陰」

松陰の第一の憂いは、“国が良くない状態になっていることを国民が知らないこと。”それは、まるで現在の日本にそのまま通じると思いました。

松陰の人間関係、背景がわかり良かったです。

奥の深い話でした。もっと聴きたかった。講義の時間、もう少し長い方がいい?

激動の時代を生きた松陰の短い人生。 多くの人に影響を与えたのですね。

 

 

毎回の講義に、樫野先生の情熱を感じます。以上、2回目までの感想例でした。

 

ところで、2回目の吉田松陰の講義の前に、「人間学」とは何か?という問いかけに答えて下さった先生の答えは「心地良い環境をつくることの学び」ということでした。えっ、それが樫野流「人間学」!先生の回答の意外性に皆さんびっくりした様子でした。

「人間学」の熱い講義、楽しみです。

(吉田美代子)

ポポラ春日部オープン3周年記念イベント  NPO「MEE・紀元塾」講演会

ポポラ春日部オープン3周年記念イベントの一環として、NPO主催の講演会が開催されました。以下は、その梗概です。

「愛ってなんだ? 本当の愛って何?」

-偉人・聖人の言葉に学ぶ-

樫野紀元

 

愛という言葉から何を連想しますか? 

まずは、愛という言葉がどのように使われるかみてみましょう。 

親兄弟の愛(子への愛、家族愛)、男女の愛、隣人愛(貧しい者や弱者への愛)、帰属するところへの愛(会社、学校、故郷、町、国)、仕事に対する愛、師弟愛、友人愛、好きなことに対する愛(趣味、嗜好品)、「気」が入っているものに対する愛(職人技)、伝統に対する愛(城郭、寺院建築、浮世絵、刀剣、伝統工芸)、そして動物や自然に対する愛……。

素敵なものや可愛いものを、愛する対象にする場合もあります。

 さまざまに、愛という言葉が使われますが、実は、「世話をする、思いやり」が愛という言葉の本質なのです。これは、英語のloveの原意でもあります。その愛によって、自分も周りも、とても心地よくなります。

関連しますが、美という言葉は愛に通じる言葉です。美は心地よいと感じるもの、を言います。心地よく晴れた日は、英語でbeautiful(美しい)と言います。

 ギリシャの哲学者、プラトン(前427~前347)は、「神々の間では、愛、美しいものへのエロス(思慕の情―恋)がもとになり、その上に万事が整えられ、秩序立てられている。何故なら、醜いものへのエロスはあり得ないのだから」と言っています。愛がすべてのもとになっている、と言っているのですね。

 エジプト生まれのギリシャ系哲学者、プロティノス(205頃~270頃)は、「人の究極の目的は美であり、それは愛のみなもとである神とのエクスタシス(秘合)によってもたらされる」としました。自分の精神が、物質志向ではなく、非物質である神様(愛)の精神と一致することが、内面から輝き、美しく生きるもと、と説いているのです。

「物質志向ではなく、よい精神を持つことを大切にする」。これは、かつての日本人の価値観でもありました。 

 人は愛を実践するとき、オキシトシンなどのホルモンが分泌されます。それらのホルモンは、免疫力を高め、若返りと長寿のもとになるそうです。

本当の愛によって、人生はとても充実し潤うのです。