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コラム

いつも世の中を広く見渡していること(論語より)

「人、遠慮(とおきおもんばかり)無ければ、必ず近き憂い有り」(論語)

(訳ー目の前の満足によらず、いつも世の中を広く見渡していないと、必ず自分の身の周りに何らかの困難や心配ごとが起きるものです)

どこそこへ行き、美味しいものを食べ……。大きな問題もない満足した生活、結構ですね。

この洋服は流行に合っていない、このタレントを知らないと時代遅れと言われそう、簡単なことができなくて恥ずかしい……。友だちがそっけない、ラインでスルーされた、店員の対応が気に入らない、弟がいうことをきかない……。こんなことを気にしつつも、とりあえず何となくやって行けている、こんな日常も結構でしょう。

宇宙は絶えず不確定で変化しています。この世も常に不確定で変化しています。この世には、いろいろな国があり、人がいます。いろいろな産業や職業、文化や芸術があります。発展しているところもあれば、停滞しているところもあります。もめごとを抱えて困っている人が大勢いるところもあります。環境が破壊され、生態系の破壊も進んでいます。

そんな中で私たちは、自分が今どの位置にいるかなど、あまり考えることはありません。目の前の満足を大事にして、困っている人や生態系の破壊など気に掛けず、つい利己的な人生を送りがちです。

政治や経済のあり方によっては、この世の活力が大きく低下することもあります。予期しない災害に見舞われるかもしれません。そうなると、その中にいる私たちは、たちまち生活に困ってしまいます。今楽しければいいなどというのは、どこかへ吹き飛んで行ってしまいます。

人は、今いい思いをしたい、からなかなか抜け出ることはできません。孔子は、とかく人は視野が狭く目の前のことしか見えないものである、いつも自分がいるところがどのような状態か把握し(遠慮)、その中で自分はどのように人々に役に立つか考えた方がいい、そうしないと自分が困った時、あわてふためくことになる(近き憂い)、と言っているのです。

自分だけ、自国だけ、はますます意味をなさない状況になっていくと思われます。産業や経済その他が世界の国々で「いれこ」の状態になるグローバル化が進んでしまっているからです。

それに自国だけ、自国民だけ、は戦争をつくり出す概念でもあるのです。

ほとんど自分には関係がないと思いがちですが、人類全体の共存や環境保全などが図られてこそ、私たち個々人は平和で幸せになれるのです。どうしたらよりよい世をつくれるか考え、それを実行するのは、実は私たち個々人なのです。

たまには、どこそこへ行き、美味しいものを食べる……。それは大いに結構でしょう。

ともあれ、ひたすら自分だけ、そして今いい思いをしたい、というところから抜け出ることが、私たちに与えられた課題と思いますが如何でしょうか。

大きな視点で、多面的に考えることによって、自分の立ち位置が明らかになり、自分がこれから何をしたらよいか見えてきます。(具体的に何をどう見て、何をどうしたらよいか、は勉強会での基本テーマでもあります)

2500年前の孔子の言葉が、今とても参考になるなんて、やはり「論語」は時代と地域を超えた、すごいものなのですね。

 

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