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コラム

上に立つ者は民のよい見本になるべし

5月15日の定例会では「徳川綱吉に学ぶ人間学」がテーマでした。

徳川綱吉は儒学を政治に活かすことを理想としました。そして武家諸法度をそれまでの武断政治から文治政治に改めました。それまでのように武力によるのではなく、学問や教育をもとに国を治めるよう改めたのです。何よりも、民が安心して暮らせるよう、民の負担を軽減する政策をすすめました。

この時代、まだ戦国の世の遺風があって試し斬りがあったそうです。また子どもや病人、年寄りなどの弱者に対して無慈悲な人たちが多かったようです。こうしたすさんだ世相を変えようとしたのが綱吉でした。綱吉のような画期的な改革ができる政治家が出てくるのは時代の要請かもしれません。

政策を変更するためには皆の意識改革が必要です。一丸となって取り組まないと、なかなか理想は活かされません。当初綱吉は上から目線でとりかかったために下の者の嫌気を誘い、なかなか意思の疎通が図られなかったようです。側近にもその意思が伝わらなかったそうです。おまけに綱吉は自分の意思が伝わらないことが理解できなかったといいます。しかし、たゆまず儒学の教えに沿って政策をすすめているうちに、次第に綱吉の意思は浸透していきました。

綱吉は、年貢を横領する代官を根絶し、自ら無駄を排して鷹狩をやめ、東照宮参拝をやめました。能力があれば小身の者も幕閣に登用しました。幕府の会計監査のため勘定吟味役を置きました。

そして「上に立つ者は民のよい見本でなければならない」を徹底するよう努めました。民のよい見本になるためのテキストは四書五経でした。武士は必ずこれを学ぶようにしたのです。綱吉は兵馬初めを読書初めに替え、自ら大名小名に講義をしました。(綱吉は湯島聖堂を建て、儒学の普及を図りました。新井白石、室鳩巣、山鹿素行などの学者を育てました)

犬公方などと言われ、評判が悪いところはありますが、自分の信じるところを敢然と政治に活かしたことが、綱吉以降の江戸時代に生きる人々の精神性を高め、識字率や創造性を世界でもっとも高い水準に引き上げることに繋がったのです。綱吉の時代、歌舞伎、浮世絵、俳句など日本史上初めて民が文化をつくりました。天文学や古典研究も進みました。絢爛たる元禄文化が花開いたのです。近松門左衛門、井原西鶴、松尾芭蕉などの文人が登場しました。これらは世界によい影響を与える日本のソフトパワー、日本人の底力として今日にも受け継がれているはずです。綱吉に謁見したドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルは綱吉を「とても才知ある君主」と評したそうです。

さて15日の定例会では、いつものように「人間力」を自己評価するクイズを行いました。

皆で騒ぐより一人でいる方がいいか? 悲観的で最悪のことばかり考えるか? 一途になるタイプか? 好奇心が旺盛か?

人によけいなアドバイスをするか? 必ず約束を守るか? 他人を試すか? 過去の成功例を得意になって話すか? おやじギャグを言うか?

など、今回は計30問、ワイワイ言いながらクイズを楽しんで定例会を終わりました。

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